三話♭奇跡
五限目が終わり、
電話をすると棗はすぐに出た。
万が一のことを考えて
駅で待ち合わせることにした。
大学から僕達の降りる駅は
乗り換えなしで五駅。
『ねぇ夕月、今日は外食にしない?』
珍しい言葉を聞いた。
棗はめったに外食しない。
年のせいもあるけど
人が多い所をあまり好まないからだ。
『珍しいですね』
『たまにはいいでしょ?』
まぁ、嫌ではない。
『そうですね、何処行きましょうか』
スマホをポケットから取り出して
近隣で安くて美味しそうな店を探す。
『こっち』
スマホとにらめっこしていたら棗が
僕の手を掴むと迷いなく歩き出した。
連れてこられた場所は居酒屋だった。
『いらっしゃい棗』
知り合い?
『久しぶりだね、今日は
連れがいるんだ、“恋人”の夕月だよ。
夕月、彼は僕の高校時代からの
友人の古宮、此処の店主だよ』
高校の頃からの友人とは凄い。
ちらりと彼の頭上を見ると、❰持病なし・余命五三年❱となっていた。
彼は八八歳まで生きるということだ。
しかも持病なし。
『そうか、こいつをよろしくな』
“恋人”ということには
注文を取る古宮さんがすごい。
『はい』
笑顔で答えたものの
内心では棗が後半月しか
生きられない悔しさと寂しさが
入り交じったなんとも言えない
気持ちになって複雑だった。
✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽
古宮さんのお店に行った日から一週間。
付き合いだして三週間。
今日は棗ん家に来ていた。
別れの
近づいていると思っていた。
だから、付き合いだしてからは極力
棗の頭上を見ないようにしていた。
だから、久しぶりに見て
表記されている言葉に目を見開いた。
❰持病あり・寿命五五年❱
持病はありのままだけど
五十年以上寿命が延びてる……
僕は棗に抱きついて涙を流した。
『どうしたの!?』
棗が慌てた声で訊きながら
涙を指で
泣き止んだ後、僕は棗に説明した。
『そっか、僕は長生きできるんだね。
夕月と出会って
“生きたい”って思ったからかな』
棗の言葉は生きることを諦めていたような言い方だ。
『最初はね二十歳まで生きられるか
わからないって言われてたんだ。
それでも若い頃は前向きに考えて
二十歳を過ぎた時ホッとしたんだけど
年を重ねるごとに後ろ向きな考え方になっていって
特に
恋愛することに関しては諦めていたんだ』
いつ、いなくなるかわからない棗は
きっと、相手に負担を
かけたくなかったのかも知れない。
相談できる人はいなかったんだろうか……
きっといなかったんだろう。
『だけど、夕月は違った。
気付いたら毎朝同じ電車に乗ってくる
一回り以上年下の夕月に恋をしていたんだ』
寿命が
余命一ヶ月だった棗。
『そうだったんですね』
僕と出会って“生きたい”
と思ってくれて嬉しいし、
それで寿命が延びたならなおのこと嬉しい。
『ねぇ棗、
これからも一緒にいてくれますか?』
その答えは……
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