綺麗なままでいたい

深山雪華

第1話


4月だと言うのに肌が粟立つほど寒い。

「雪で電車、止まんないかなぁ」

「これぐらいなら無理だと思うよ」

ホームから見える線路にうっすら雪がつもっている。いつだったかユカが「全部わたあめだったら美味しそうだよね」と目を輝かせていたのを思い出して少し笑ってしまった。

雪が甘かったらいいのに、と懲りずに口をとがらすユカを横目にはたと思い出した。体育着を玄関に置いてきてしまった。でも、今から戻れば電車に乗り遅れてしまう。


昔からこうだ。覚えてなきゃいけないはずの大事なことは頭から簡単に抜けてしまう。きっと私の頭には、どうでもいいことしか入らない呪いがかけられているんだ。



友達に必死に頼んで借りた体育着はサイズが大きすぎて着心地が悪かった。忘れた私が悪いのだけれど。

今日は体育着にプリント、昨日はノート。私の頭はいつも何かを忘れる。 そのうち、ご飯を食べることも忘れてしまいそう。

「昨日メモしたから、今日こそは何も忘れないと思ったんだけどなぁ」

「おてんばってわけじゃないのになんでだろうねー?」

「⋯⋯呪われてるから」

ユカに聞こえないようにそっと呟く。

「ん?なんて?」

「ううん、なんでもないよ。それよりお弁当食べよう?」

慌てて笑顔を作る。大丈夫、きっと上手く笑えてる。


体育の後の教室は制汗剤の匂いで溢れかえっていて、とてもお弁当を食べられそうにはなかった。

ピーチ、グレープ、シャボン。それぞれの匂いはいいのに、お弁当の匂いが混ざると劇的にカオスな匂いになってしまう。

「…今日は屋上で食べよっか」



私の頭には本当にどうでもいいことしか入っていない。誰かがサッカー部の先輩と付き合ったとか、誰かの好きな人が誰かとか。

薄っぺらくて、本当はどうでもいいことばかり。

そんなふわふわした話に「え?うそぉー」なんて相槌を打って顔に笑顔を貼り付ける。学校っていう狭い世界は気を抜くと振り落とされて、土に埋もれて生き埋めにされてしまう。

もしかしたら、そうならないように私の頭は呪われているのかもしれない。


事実は小説よりも奇なりなんて言うけど、ほんとその通りだなって思う。カースト上位から急に転がり落ちちゃう子もいれば、いきなり上位になっちゃう子もいる。だから私たちは誰といれば安全か、吟味しなきゃいけない。



朝は降っていた雪もとけてなくなったものの、肌寒いせいか屋上には誰もいなかった。

「めずらしいね、今日ついてるかも!」

これくらいのことではしゃげるユカが少し羨ましい。

「そうだね、少し寒いけど、晴れてるし」

大丈夫。私は上手く笑う方法を知っている。

「ねぇ、メイ。さっき言ってた、その…呪われてるって、何?」

一瞬頭が真っ白になった。

しまった。聞こえてしまったらしい。

ユカの心を見透かすかのような視線に思わず目を逸らしてしまった。

「別になんでもないよ。ただ、忘れ物でもする呪いがかけられてるみたいだなって思っただけ…」

「嘘だ」

「え?」

「メイ、嘘ついてるでしょ」

ぐいっとユカが顔を覗き込んでくる。

私は観念して口を開いた。

「本当は興味無いの。誰が付き合っただとか、誰が誰を好きとか、そういうの全部。私はきっと狭い学校の世界から振り落とされないようにどうでもいいことしか頭に入らない呪いがかけられてるの」

「うーん、メイさ、その呪いほんとのほんと?」

「うん、本当だよ」

「メイはさ、呪われてるんじゃなくて、自分に呪いをかけてるだと思うなぁ」

「何それ?どういうこと?」と聞くとユカは白い歯を見せて笑った。

「振り落とされるのが怖いから、自分はそういう呪いがかかってるって思い込んでるんだよ。それがメイの呪い。でもさ、あたしはメイが呪われてなくても振り落とさないからさ、無理して笑わなくていいし、メイはメイのままでいいんだよ?」

あぁ、やっぱりわたしはユカが羨ましい。ううん、真っ直ぐで素直で単純で、ユカにはきっと一生敵わない。

私が私にかけた呪いがすぅっと消えてゆく。本当の私でいたら、いつかはユカみたいになれるんだろうか。

本当の私は今、どこにいますか?



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綺麗なままでいたい 深山雪華 @miyamayuzuha

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