転/のじゃ姫の罠




 かくして始められた『生餌でおびき寄せ、ウホッいい男』作戦。


 何故かミューラは派手なけばけばしい衣装に身を包んでいた。



「あの格好にどんな意味が?」



「うむ。第一に目立つ。第二に目立つ。第三にウホッじゃ」



「第三の意味が分からない」



 ミューラはクネクネと身体を揺すりながら歩く。


 衣装と合わせて胸がものすごーく強調されていた。



「さて、何時来る?」



「その自信の根拠が知りたい」



 と――突然ミューラがユラユラと不自然に身体を揺らしだした。



「あっ、甘い物ですぅ~」



 何かに引き寄せられる様にフラフラーっと歩き出す。



「ヒーットじゃ!」



「マジか……これで引っかかるなんてどんなアホだよ」



「追跡じゃ!」



 少し距離を空けてミューラの後を付いて行く。


 ミューラは通りの角を曲がり、行き止まりに辿り着いた。


 不意にミューラの身体をネバネバしたモノが覆いつくす。



「ミューラ!」



 あわててソーヤが駆け出すが、突如黒い影が上空から姿を見せた。



「何者だ!」



 黒い影はミューラの前に降り立った。


 その姿は黒いローブを纏った男の魔導師。



「わっはっは!  おなごはもろたでー!」



「くそっ、しまった!」



 ミューラの身体は水色のネバネバに包まれて身動き一つ出来ない様だ。


 それ以前に身動きをしようとする素振りさえ見えない。



「お前がロキソじゃな!」



 フェルシアの言葉に魔導師の男が反応する。



「クックックッ。せや、ワイがロキソや! お前らはここで遊んでるがええわ!」



 ロキソの言葉と共に地面に魔方陣が描き出された。



「ぬぅ。召喚陣か?」



「ミューラ!」



 召喚陣から光が溢れ、その光の中から次々に獣がその姿を見せる。



『なーぉ』



「なっ!」



 フェルシアが驚きで動きを止める。


 その間も獣は次々と現れ出てはフェルシアとソーヤへと向かってくる。



「か、可愛いのじゃーー!」



 にゃんにゃんおーがいっぱい現れた。



「ほんとに遊ぶんじゃねーか!」



 にゃんにゃんおーは次々と身体を摺り寄せてくる。


 まるで遊んでー遊んでーと言うかの様に。



「こ、これは手出しが出来んのじゃ」



「くそっ! くれぐれも姫は攻撃しないでくださいよ!」



 ソーヤも無邪気なにゃんにゃんおーには攻撃をする気にもなれない。



「分かっておるのじゃ。そやさんや、れいさんや、少しこらしめてやりなさい!」



「御意」



 不意にフェルシアの背後から声が聞こえる。


 其処にはメイド服を身にまとった少女の姿があった。



「レイさん!? 一体何時からいたの?」



「メイドの慎みでございます」



 そんなソーヤの質問に一言で答えると、レイはそのままにゃんにゃんおーに向かって進んでいく。



「ちょ、レイさん。その暴力は……」



 レイはにゃんにゃんおーの前で急にしゃがみ込むと、ハタハタハタと手に持ったものを調子良く振るう。



『なーぅなーぅ』



「なっ、ね、猫じゃらしーー!」



 レイは必殺の猫じゃらしーを武器に、にゃんにゃんおーにたった一人で立ち向かったのだ。



「うむ。さすがはレイじゃな」



 何故かその手には聖剣猫じゃらしーが握られている。



「ほーれ、ほれ」



 フェルシアの元にもにゃんにゃんおー達は集まって来る。


 一生懸命前足を使って聖剣に対抗しようとするにゃんにゃんおーの姿に頬が緩む。


 それから少しの間、手に汗握る聖剣とにゃんにゃんおーとの壮絶なバトルが繰り広げられたが、フェルシアの頬は緩みっぱなしだった事を書き添えておこう。



「さて、姫様もご満足頂けたようですし、そろそろ決着を付けましょう」



 そう言うとレイは懐から袋を取り出し、両手でパンと叩き潰した。



「この濃厚でいてくどくなくさっぱりとして酸味の利いてるこれは……みんな大好きマタタービではないか!」



「いや、どこの食レポですか!?」



『ナーォ……ゴロゴロゴロ』



 にゃんにゃんおーがまるで酒に酔った様に地面に丸まってゴロゴロとし始める。



「ふっ、強敵じゃったわ」



「いや、アンタら遊んでただけだからね!」



「姫様、賊が……」



「くっ、逃げられたか」



「そりゃ逃げられるでしょーよ、遊んでりゃ」



 ソーヤは白けた目で見つめる。


 だが先ずは逃げたロキソを追いかけなければいけない。


 ミューラだけではない、ハナちゃんや他の娘たちも助け出す必要があるのだ。



「姫様、賊は王都の外れにあるボロ屋敷潜伏した模様」



「ちょ、レイさん。そんな情報を何で知ってるの?」



「メイドの慎みでございます」



 ここにメイドの万能説が証明された。



「取り敢えず、さっさと追いかけるのじゃ」



「御意」



「うぃーす」



 レイの案内に従いフェルシア達はロキソの潜む廃屋目指して駆け出すのだった。





 廃屋に辿り着いたフェルシア達は宅内を散策する。


 と、あっさりとレイが地下への隠し通路を発見、そのまま乗り込む事となった。



 地下には光は無く真っ暗な闇が満ちていたが、レイが魔法で灯りを灯すと昼間の様な明るさを取り戻した。



「いや、ほんと何でも出来るんですね」



「メイドの慎みでございます」



 三人は一塊となってそのまま通路を進むと広間に辿り着く。


 そこには囚われていたミューラだけでなく、他の娘たちの姿もあった。


 地面には魔法陣が描かれており、どうやら何かの配置によって娘たちが寝かされていると思われた。


 突如現れた三人にロキソが驚愕の眼でこちらを見つめる。



「うぬぅ、あれだけの包囲網を!」



「いや、確かに包囲されたけどさー」



 他にどう反応すればいいのかソーヤには理解できなかった。



「取り敢えず、皆を助けなけりゃな」



「ソーヤさん、お待ちください。これを……」



 レイは手ごろな石を魔方陣に向けて投げるとバチッと音がして石が弾かれる。



「結界が張られてる?」



 踏み出そうとした足を押し留める。



「クックックッ。その通りよ。そして…出でよ、我が僕達よ!」



 その言葉と共に新たな魔方陣が地面に描かれ、光が溢れ出した。


 と、その光の中から水色の物体が飛び出してくる。



「なっ! これは……スライムか?」



 スライムがわんさかと魔方陣から溢れ出してくる。


 見た目は可愛らしくキュートな瞳がプリティである。



「何かやりにきーな」



 ピョンピョン跳ね回るスライム達に三人は用心して密集陣形を取る。


 その内の一匹が飛び掛かって来てソーヤの腕に食い付いた。



 カプリ…ハムハム。



「い、いや全然痛くないんだけど……」



 まるで甘噛みされている様で何かこそばゆい。



「取り敢えず一網打尽にします」



 レイは再び懐から何かを取り出すと、バッとその辺に撒き散らす。


 途端にスライム達がそれに向かって飛び込んでいく。


 まるで餌の取り合いをするかの様に仲間内でも争いが発生している。



「大丈夫ですよ。まだまだありますから」



 再び何かを撒き散らす。


 撒き餌に食らいつく魚の様に一斉に飛び掛かっていく。



「レイさん。一体何を撒いてるんですか?」



「うふふ。たんと召し上がって下さい。はい飴ちゃん」



「飴かよ!」



 思わずツッコミを入れる。


 と、飴を体内に取り込んだスライム達が一斉に動きを止める。そしてそのまま地面に倒れ込むとピクリとも動かなくなった。



「こ、これは……」



「毒入りです」



「えげつな!」



 ソーヤの顔が引き攣っている。



「ご安心を強力な睡眠効果を持たせただけです」



「じゃあ、殺してないんだ」



「はい。一生目覚めないだけです」



「ダウト! ダウトダウト!」



 既に動いているスライムは何処にもいなかった。



「姫様、これを……」



「ふむ。てりゃ!」



 フェルシアがレイに手渡された小銭を魔方陣のある一点に向けて投げ放つ。


 狙い違わず、地面に描かれた魔方陣の一部に当たるとパリンと音がして結界が破られた。



「ふむ。やはり銭投げは最強か」



「分かる人にしか分らんネタはやめれ!」



「それよりソーヤさん、皆様を」



「は、はい!」



 ソーヤは急いでミューラの許へと駆け出すのだった。



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