第38話 和解
「…………だったら、なんだって言うんだ」
和歌は胸の内を知られた事に不安を覚えたような表情を見せる。
同じ目に遭わせようと後輩を貶めようとしておきながら、嫌われたくはないと思っているらしい。
結花千はどうか知らないが、彩乃は特に気にしたりはしなかった。
良い部分だけを見せている和歌には、踏み込みづらいな、とは感じていた。
他の人から見れば全然そんな風には見えないくらい、彩乃は生意気ではあったが。
しかし本人の胸の内を明かせば、良い人過ぎるというのは逆に接しづらかったりする。
彩乃の、生意気に人の心へ踏み込んでいく方法は、手っ取り早く相手の懐に入るためのものなのだ。
そこまで行っても見えずに分からない事もある。
和歌がその人物の一人。
だが、今のやり取りで本物の彼女に出会えた気がした。
それが和歌の本質かと言えば別だろうが、彼女の弱い一面だ。
ただの良い人ではなかった事が、とても嬉しかった。
「和歌先輩の事、また好きになれそうだよ」
つまらなくはない和歌へ、加勢しようとも考えた彩乃が、気づいて指差した。
和歌の後ろ、そこに立つ人物を。
「……お姉ちゃん」
幼い声に和歌が振り向く。
五歳程度の少女が、不安を溜めた目で和歌を見ていた。
彼女は信仰者であっても和歌に設定をいじられてはいない。
和歌は範囲を六歳以上にしていた。
そのため、彼女は操り人形にはならなかったのだ。
まさかまだ生き残っているとは思わなかった。
もう全員、殺されてしまったのかと……この手で殺してしまったのかと思っていたから。
その子の後ろには、結花千が立っていた。
少女は、結花千の手をぎゅっと握っている。
その小さな手を結花千が握り返して、
「……この子、無神論者から逃げて、船でここに辿り着いたんだって。……ずっと、あの家に大人たちと隠れてたみたい。この子を保護してた大人は、多分、もう死んじゃったんだろうけど……」
四つの大陸が列車により繋がってからは、各国の人々は、ばらばらに混ざってしまっている。
和歌の大陸にいた少女が別の大陸の大人に連れられ、また別の大陸にいる事は珍しくもない。
暴動が起こり、世界が混乱している今であれば尚更だった。
そうか……、と和歌は少女を見る。
優しい笑みを向けるが、少女は足踏みをした。
彼女は和歌の元へ行きたいとさっきまで結花千に言っていた。
和歌の牧場で生まれた子なのだから。
だが、彩乃が見破った和歌の本性を知って、足がすくんでしまった。
それでもこうして二人を会わせたのは結花千だ。
当然、彼女も和歌の胸の内は知っている。
全部聞こえていたのだから。
その上で結論を出す。
つまり、嫌われてるって事?
「嫌われるのは慣れてるから別にいいよ。その上であたしは、ニャオを助け出すから」
やはり答えは変わらない。
やるべき事も、さっきと同じだ。
「――先輩を、倒してでも!」
和歌は顔を伏せた。
俯いた先には、少女の顔。
和歌が殺した子たちと仲が良かった。
一緒に生活をしていた。
その思い出がある。
そして、この世界で唯一、一人ぼっちになったと思っていた和歌のかつてを知る家族。
牧場の生き残り。
和歌は屈んで、気づけば少女を抱きしめていた。
少女もさっきまでの警戒はどこへやら、和歌を受け止めていた。
まだ、一人ぼっちじゃなかった。
それがとても嬉しかったのだ。
「……ゆか、先へ行きな」
と、和歌が少女を抱きしめ、結花千に道を譲る。
和歌だって、本当はニャオを見捨てたくはない。
何度も会話をした相手なのだから。
結花千は、和歌も一緒に――、と助けを求めようとしたが、少女を手放しては、先へは行けない。
たった一人の、生き残りなのだ。
今、手を放せば、今度はいついなくなっているか分からない。
だから和歌が傍にいる必要がある。
「先輩……、いいの?」
「今回を逃せば、先導者を見つけて暴動を抑える事は難しくなると思って、今回を決着の場に選んだんだ……でもいいさ。またみんなで見つければいい。案外、ニャオを救い出した後にあっさりと見つけられるかもしれないしな」
それは結花千を想って言った方便だ。
きっと今を逃せば決着をつける事は難しくなる。
先導者をもう見つけられなくなる可能性もある。
相手が勝ち誇ったと思っている今が、最初で最後のチャンスなのだ。
だが、仕方がないのだ。
和歌は結花千に負けた。文句を言う筋合いはない。
「ニャオを救う手伝いはできない、けど。……信仰者のみんなを、守る事はできる」
それが、和歌の役目でもある。
「ゆかちー」
すると、海の方を向きながら、彩乃が呼びかける。
呼んだ理由を聞くまでもない。
結花千の目が、状況をはっきりと捉えている。
海には、大量の帆船が浮かんでいた。
結花千たちを追いかけていた無神論者たちが、さんの島に追いついたのだ。
目に見えるその数と、耳で感じる怒声の塊によって、女の子が怯えてしまっている。
「大丈夫、お姉ちゃんがついてる」
和歌の言葉に、少女の震えが止まる。
目尻に溜まった涙を拭いて、いっそう強く、頼れるお姉ちゃんを抱きしめた。
「早く行った方がいい、あれに追いつかれたら面倒どころの話じゃない」
「あれに捕まったら終わりだねー。もうぼっこぼこだよ」
殴るジェスチャーを交えながらなぜか嬉しそうに彩乃が言う。
多分、彩乃は反撃をする気でいるだろう。
だが、それをしてはいけないと釘を刺しておくべきだ。
多くの衆目がある中で神の力を使い、反撃するのは問題だろう。
全滅させる気ならば気にする必要もないが、そうなると世界の大半がいなくなる。
世界を今後も回すため、今いる人々を維持しながらも、神への敵意を失くしたいのだ。
信頼を取り戻すためには、反撃なんてあり得ない。
方法こそまだ思いついてはいないが、たとえ襲われても神は反撃せずに人々を受け入れる、そういう姿勢を見せておくべきだ。
結花千の言葉にできない考えに、和歌が代弁するとそういう事になる。
一番良いのは、降りかかる人々の危険を神が守るというシーンを作り出す事だろうか。
意図して作り出すのは難しい。
自分たちで演出したとしても、人数の多さはそのまま粗を探す目の事も言える。
僅かな綻びも見逃さないだろう。
演出だと知られれば、さらに信頼はがくっと落ちる。
今思いつける良い案はない。
そうしている間にも無神論者たちは船を港につけている。
「ゆか、まずはニャオを救い出すんだ。山積みの問題はそれから対処すればいい」
「そうだね――分かった! だから彩乃、襲われても反撃しちゃダメだよ!」
「はーい」
分かっているんだか分かっていないんだか……。
ニャオは高台の塔だ。
飛行すればすぐである。
二人が槍と箒に乗った瞬間だ――大勢の無神論者たちが、船から降り、港を駆けている。
「先輩ッ!」
「私とこの子は大丈夫だ。……一番狙われていて危ないのは、ゆかなんだぞ!」
無神論者は一目散に結花千を目指す。
和歌と少女の事は視界に入っていないかのように通り過ぎていた。
それを見届け結花千はふわりと浮き上がるが、無視論者の一人が、運動神経の良さを活かし、他人を踏み台にして大きくジャンプした。
結花千の足を掴み、地面へと引きずり落とす。
「ちょ――、きゃっ」
「あ、ゆかちーっ」
必死さが足りない叫びをあげた彩乃も他人事ではない。
彼女の足も、別の男に同じように掴まれていたのだから。
「……えぇ?」
がくんっ、と視界が一気に下がる。
安全圏の空中が遠く感じ、地面がとても近い。
ここは戦場だ。
人々の手が、結花千と彩乃を掴んでは引き寄せ、奪い合っている。
集団の暴力が、集中的に二人を襲い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます