第36話 怒りの銃弾
実姫が屋上の穴から落下する。
箒を使えば助かる事もできたが、まだ慣れていない実姫は上手く扱えなかった。
そのため数十階下のフロアで、体が叩きつけられていた。
不運にも積まれた瓦礫の鋭い部分が上に向いており、実姫がそこに落下したため、背中を刃物で刺されたような衝撃と痛みが、体を痙攣させていた。
穴を覗くと、実姫が血を吐き出し、手を伸ばしていたが、力尽きた証明として腕がぱたりと倒れた。
神が死んだ場合、その場から消え、一番最初に目が覚めた場所で再生する。
結花千で言えば、いちの島である。
「彩乃……、なんで?」
――死体の消失を確認して、彩乃が結花千と向き合った。
彩乃は結花千を助けてくれた。
……助けてくれた?
と言っていいのか?
むかついたから個人的に落としてやった、と思えたが。
「ん? 理由? りゆうりゆう……うーん。ゆかちーと一緒の方が、面白そうだし?」
それは、なんとも彩乃らしい、理由だった。
実姫が目覚めた始まりの島には、ドーム状の壁があり、一時的にだが、彼女は閉じ込められた事を意味する。
誰がこんな事を……、と思えば、すぐに思い当たる顔があった。
満面の笑みでピースサインを向ける、彩乃の顔が思い浮かんだ。
「あ、あいつ――――ッ!」
「……、今、なにか聞こえなかった?」
「さあ? 負け犬の遠吠えじゃないのー?」
都市を出た後の海上で、結花千がなにかを聞き取る。
並走する彩乃が言うようなものではなかった。
聞こえたのは大勢の声が重なり合うような声。
それは遥か後方からである。
幻聴かと思ったが、二回目は確実に聞き取れた。
振り向けば見える。
……船である。
大勢の無神論者たちが船に乗り込み、結花千たちを追っているのだ。
「そりゃそうだよねー。引き渡しの場所が指定されたんだから、そこへ行けばゆかちーを狙えるわけだしー?」
後ろの船の数を見て結花千がぞっとする。
正直、集団に襲われてもなんとかできると思っていた。
しかし決して小さくない船が、青を埋め尽すほど海に浮かんでいる。
近くで見たら圧倒されるだけだが、遠くに見て初めて脅威を体感できる。
結花千が身震いした後、
「……ちょっと、速度上げるよ」
「その方がいいよ。追いつかれる前に終わらせないと、大変な事になるかもね」
かもね、ではなく、大変な事になる。
結花千と彩乃、二人でも処理できないくらいの乱闘だ。
中心に放り込まれれば、やられ放題である。
巻き込まれてもすぐに死ねればいいが、すぐに甦る神の特性を知っている者は殺さずに苦しませる方法を選ぶ。
拷問だ。
二人とも、耐えられる精神力を持っているわけではない。
だから、というわけではないが、恐怖を感じている結花千に彩乃が聞いた。
引き返して神の四人で協力しよう、と引き返せる最後のチャンスである。
「あれに巻き込まれたら、死んだ方がマシだって思える苦痛が長く続くだろうねえ……。ねえ、それでも行くの? ニャオを救いに。だって、あれって結局作り物だよ?」
彩乃だけは未だに人々を物扱いしている。
元の世界では輪の中心人物だが、意外にもこの世界での友達はいない。
ニャオのような存在がいれば、彩乃だって結花千と同じ状況になれば救うと言うはずなのだ。
どんな脅威があろうとも関係なく。
脅威が届く前に解決すればいい。
――結花千の答えは最初から変わらない。
「作り物でもニャオは友達だもん。助けるよ、どんな目に遭っても、さ」
痛いのは嫌だ、苦しいのも嫌だ。
それ以上に、ニャオがいなくなるのが嫌だ。
どんな目に遭っても助ける、と決意するには、じゅうぶんな理由だった。
彩乃は結花千を止めるのは絶対に無理だと悟った。
しかし諦めはしなかった。
諦める、と頭を働かせるほど彼女は結花千を止めようとは思っていなかったのだから。
面白そうだから結花千の味方をする、というのはさすがに冗談だが、結花千の味方をするのに他の人が納得するような理由はなかったりする。
ただ、結花千の思い切りの良さに心を動かされただけだ。
結花千が面白いのではなく、和歌と実姫が、つまらなかったと言える。
ニャオを物として扱う彩乃に、ニャオを救い出す気はない。
だけど実姫と和歌を倒したいという目的がある。
だから結花千側についていれば敵対しやすいと思ったのだ。
結花千と彩乃は目的がまったく違うが、それでも結果を見れば同じ方向を向いている。
手を組む理由には、子供みたいな我儘な言い分が、一番信用できるのだ。
そして、後ろの集団に大差をつけて、さんの島に到着する。
港町を抜けて見える町の高台の塔までは、飛行すればすぐだ。
やっとここまで来れた……、だから後少しだ。
そう思っていた。
しかし、ここから先、飛行する事を許してはくれなかった。
目の前に立ち塞がる者。
彼女は銃身の長い猟銃を持っている。
無視して進むには、勇気と覚悟が必要だった。
自然と、結花千から声が漏れる。
「先輩……」
「――進ませないぞ、ゆか」
猟銃はまだ構えられていない。
和歌は、返答次第では銃を落とすと言っている。
具体的な質問をされたわけではないが、和歌の言いたい事は当たり前だが分かった。
「進むよ。たとえ先輩を倒してでも!」
「……じゃあ、私も切り替える。お前たちを、敵として扱う!」
銃が構えられた。
だが、狙われても余裕を崩さない彩乃が隣にいる。
彼女が指差し、
「和歌先輩、相当腕に自信があるらしいけど、さすがにわたしたちの機動力の前では当たらないでしょ。ここを簡単に突破だってできるわけだし」
目の前に壁があるわけではない。
立ち塞がっているのは和歌一人だけである。
このまま空中を突っ切ってしまう事も可能なのだ。
「一応、私だって箒を持ってるからな。逃げるお前たちを追う事は難しくない」
「だとしても、意外と銃弾って当たらないもんだよ?」
猟銃の形を見れば、連射できるわけでもなさそうだ。
しかし結花千も彩乃も詳しいわけではない。
馴染みのある拳銃だって仕組みは知らない。
ゲームセンターにあるような銃しか握った事はないのだ。
あんな簡単にリロードできれば苦労はない。
あれはゲームだ。
ここは一風変わっているが、現実だ。
「でも、実姫みたいに弾が無限だったら……」
結花千が思い出し、彩乃も考え込むが、和歌があっさりと答えを言う。
「実姫のだって無限ではないだろうし、あの矢も威力はそうない。だからできた事だと思うぞ。で、私の弾は当たれば痛いし、急所をはずしても意外とダメージは深い。銃弾ってそういうものだしな。忠実に作ってるつもりだ」
弾は既に一発込められているらしい。
ただし二発目はない。
なぜかそれを自らばらしていた。
その情報は戦況に影響するはずだが……、彩乃はさすがに表情が曇る。
「逃げるなら逃げればいいさ……逃げられるものならッ」
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