慟哭

第74話 見えない罠

 暗闇の訪れと共に、森の静けさが集落へと届く。不気味なほど静まり返る様に、異変を疑う森のエルフシルヴァンエルフ達。

 住人達は自然と外を睨む、口を閉じ静かに疑心を外へと向けていた。

 


「あそこか」

「はい」


 集落から少し離れた森の中、アラタは馬車から下りると若い兵士に確認を取った。都合20名の兵士もバラバラと馬車から下りて行く。


「それじゃあ、私達は勝手に行かせて貰うわよ」


 最後尾についていたはずのミランダ達。気が付くとすでにアラタの横には、黒ずくめの小さな集団は並んでいる。異様な程の圧を見せる小さな集団に兵士達はざわついた。


「行くのは構わねえが、カルガの相方の顔を知っているのか?」

「ダルじゃないの?」

「ああ! 違う違う。アーウィンって言うクランスブルグの鍵屋、若いヒューマンの男だ」

「鍵屋? そいつが強いの?」

「いや、クソ弱い」

「何それ?! 訳分かんないわ。弱いなら余裕じゃない」

「悪運がつえーのか知らねえが、何度も勇者を敵に回して未だに生きている」

「へぇー。運なんて、いつかは尽きるもの。それが今日なんじゃない。行くわよ、標的は集落にいるヒューマンの男。じゃあね、お先~」


 ミランダは手をひらひらさせながら、【黒い葉アテルフォリウム】を引き連れて暗闇へと消えて行った。


「準備しろ。こっちも行くぞ!」


 アラタの掛け声に兵士達は黙々と準備を始めていった。



 集落は暗く、人の気配を全く感じない。静まり返る集落は不気味ですらあった。

 アラタは小首を傾げ、前を睨む。こいつはどういう事だと。


「誰もいねえのか?」

「前回の時もこうでした。全員が地下室へと避難し、やり過ごそうとしておりました」


 アラタの言葉に若い兵士がおずおずと答えると、アラタは逡巡する。

 同じ手を使うとは思えねえが、調べねえ訳にはいかねえよな。

 釈然としない心持ちながら、アラタは指示を出す。


「適当にバラけて、家を確認してこい。住人を探せ!」


 散開し、捜索に当たる兵士を入口から見送った。数人の兵士が、少しだるそうに各家へと向かう。

 アラタは違和感を覚えていた。

 人がいないのは隠れているから?

 いや、生活のニオイがしない。隠れているにしても、生活感というのはそうそう消せる物ではないはず⋯⋯。


「「ぐあああ⋯⋯」」


 地鳴りのような低い爆発音と共に耳に届く叫び声。アラタ達は声の方へと駆け出した。道に転がる焼けた兵士、玄関が吐き出している煙。その光景にアラタは、目を剥く。


「クソが! お前ら、家に入るな! 扉に触わるんじゃねえぞ!」


 呻く兵士を後方へと下げる。一瞬で数人の兵士が戦闘不能となった。

 出し抜かれた苛立ちをアラタは隠さない。

 残った兵士達が次のアラタの一言を待った。

 アラタは眉間を揉んで気を落ち着かせて行く、出し抜かれた苛立ちはどうにも治まらない。激高に駆られる衝動を無理やりに抑え込んだ。

 そうだ、ここで怒り狂えば、向こうの思うつぼ。分かっている⋯⋯分かっている⋯⋯。

 アラタは心と頭を冷やして行く。熱を帯びた頭が冷えてくると、冷静な判断がついてきた。

 ここにはもういない⋯⋯いや、そう思わせたいんだ。どこかに潜んで、こっちを見ている。

 どこだ?

 普通に考えれば、この先。奥まったどこかに身を寄せている。

 見えない【魔法陣】が厄介だ。アラタは目を細め、先を睨む。

 【魔法陣】という見えない圧が、行軍の足を鈍らせた。


「焼き払え! ヤツらをいぶり出せ!」


 建物ごと【魔法陣】を焼き払う。

 兵士達が松明に火を灯し、次々に投げ込んだ。


 パキッ!


「はぁっ?!」


 一瞬の出来事に我が目を疑った。

 冷たい白煙が前方を覆っている。松明を投げ込んだ先に出来上がった氷の世界。業火の熱に包まれるはずだった集落が氷の世界と化した。

 凍てつく兵士の姿を散見するとアラタは吠える。出し抜かれた怒りは頂点をついた。


「くそったれ! ふざけやがって!」



 吠えまくるアラタの姿を奥から覗く。ここまでは順調。アラタの予想通り、アーウィン達は集落の奥から見つめていた。ただ、見誤ったのは、住人達はすでにここにはいないという事。ここにいるのはアーウィン、ミヒャ、ユラン、そしてアベールの四人だけ。

 奥まった建物の屋上から、ミヒャがスキルを使い戦況を俯瞰していた。幾重にも貼った【魔法陣】の罠も凍りついてしまい、使える【魔法陣】もあとわずか。諦めて帰るのを願うが、その願いが叶わない事は承知している。真剣な眼差しを向けるミヒャにアーウィンが声を掛けた。


「予想通りだったね。どう? 上手くいっている?」

「⋯⋯悪くないと言った所だ。本命がピンピンしているのが気に入らん」


 ユランも屋根に身を隠し、状況を伺う。


「そうそう思い通りにはいかないものだ。兵士はだいぶ減らせたろう? それだけでもよしとしないと」

「⋯⋯まぁ、そうだが、兵士が何人もいた所で怖くはない。だろう?」

「まあね」


 ユランは肩をすくめて見せると、ミヒャと共に前方を覗いた。最大限の慎重を見せるアラタとまばらな兵士の姿に、どう出るべきか逡巡する。


「アベールは、住人達と一緒に避難した方が良かったんじゃない?」

「アーウィン⋯⋯お主より、私の方が役立つぞ。お主こそ避難した方が良かったんじゃないのか?」

「うーん。でも、アサトは僕の事を狙っていると思うんだよね。僕がこっちにいれば、アサトの目をこちらに向けさせて、みんなを深追いする事はしないと思うんだ」

「そうか? 深追いされた所で森だったら見つかる事はないぞ。まぁ、いい。足手纏いになるなよ」

「うん。そうだね」


 僕とアベールは、屋根に身を隠す。ふたりと違って見える目を持ってはいない、素直に姿を隠し大人しくしていよう。


「⋯⋯アベール、残っている【魔法陣】は? 今、向かい合った青い屋根の家辺りまで凍りついている」

「ザラの家の辺りだね。だとすると、緑の屋根の家と並んでいる赤い屋根の家。それと、ここの前方にひとつだね」


 アベールの言葉にミヒャは目を細める。バンダナで顔を隠してはいるが、苦い表情をしているのが分かった。


「残り少ないな」

「早々に氷漬けになってしまったからな。もう少し慎重に来るんじゃないかと思ったんだが、火を放つのが思ったより早かった」

「⋯⋯使えそうなのは、目の前のやつだけか」

「家にはもう手を出すまい」


 逡巡するミヒャとユラン。屋根からアラタを覗き、自身の動きを描いていく。

 鈍いアラタ達の動き。兵士達は腰が引け、慎重を通り越して臆病になっていた。無理もないが、ああなっては戦力として計算出来ないはずだ。


「⋯⋯アサトか⋯⋯」

「なぁ、あのガキが本当にアサトなのか? にわかに信じられんな」

「⋯⋯本当だ。厄介な拳闘士ピュージリストとして生まれ変わった」

「死んでも生き返るなんて、何でもありだな」

「⋯⋯アイツだけだ。もう【召喚の術】は行わせない。その為に動いているのだから」

「そうだな」

「⋯⋯アーウィン、アベール。ここにいて」


 ミヒャが声を掛けると、屋根から覗いていたふたりは頷き合い、下へ向かった。屋根に残った僕とアベールはそっと下を覗く。ゆっくりと侵攻する姿が見える。兵士達は忙しなく首を動かし、何かに怯えていた。

 ミヒャとユランは裏口の扉を静かに開き、外へと向かう。

 ユランが建物の横から顔を覗かすと、兵士達が色めきだった。


「いたぞ! あそこだ!」


 功を望む者達が我先にと迫る。その姿にユランは口端を上げた。


「おい! バカ! 止まれ!」


 アラタの叫びも空しく、飛び出した兵士の足元が、緑光の輝きを見せる。

 足元から鋭利な風が吹きあがり、兵士の体を斬り刻む。

 飛散する腕や足がぼとぼとと地面に落ちて行き、風に乗った血飛沫がアラタの顔に染みを作った。

 20名いた兵士も残りは3名。対峙すべき敵の手前に出来た血の海を前にして、残った兵士の心は完全に折れた。血の海に沈む味方の姿に震える事しか出来ない。その様に顔しかめるアラタ、その眼前にミヒャとユランが現れた。


「てめぇ⋯⋯」


 奥歯を噛み締め絞り出したアラタの言葉に、ミヒャは冷えた顔を見せる。腰に携えた二本のナイフを手にしてゆっくりとアラタの方へと進んで行った。ユランもナイフを手にすると、ミヒャに続く。見覚えのある大柄な猫人キャットピープルをアラタはひと睨みした。


「お前、リアーナの所の猫か? 何してんだ、こんな所で? なんでそっちにいる? こっち手伝えよ」

「ハハ、何言っているんだ? 相変わらずバカだな。そうそう。リアーナも言っていたぞ、弱いクセに良く吠えるってな」

「殺す。【硬化フェルムフォルマ】」


 ほくそ笑むユランに、アラタは怒りを燃やす。一瞬で距離を詰めると、ユランの顎へ目掛けて黒く光る腕を振り上げた。

 チリッ。

 ユランは、顔を引いて避けたが振り抜いた黒い腕が、頬を掠るとパクリと縦に傷を作る。ユランは傷など構う事なく、自身の刃をアラタの心臓を目掛けて突いた。


「ぬるい」


 アラタは焦る事もなく、黒い腕でユランの刃を弾き返した。

 ユランの作った一瞬の隙、ミヒャは見逃さない。逆手に握るナイフを、息をもつかせぬ速さでアラタに向けて振り抜く。

 キンと高い金属音が集落に何度も鳴り響き、防戦一方のアラタはジリジリと後退を余儀なくされた。

 勇者同士の激しい攻防を目の当たりにして、残された兵士は茫然と立ちすくむ。ユランは集中の途切れている兵士の後に回り込むと、首に刃を当て、兵士の耳元で囁く。


「消えろ」


 目を剥く兵士が、一目散に逃げて行った。


「クソが!」


 アラタはミヒャの刃を大きく弾き返すと、大きく後ろへと跳ねた。ミヒャのナイフが作った腕や頬の傷から血が流れ落ちて行く。ミヒャのルビー色の瞳は驕る事なく冷静さを見せると、またナイフを構え直した。そしてユランも隣に立ち、アラタを冷ややかに睨みつけていく。

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