第73話 復讐者

 ジロジロとこの場に相応しくない姿で練り歩いている集団へ、住人達は冷ややかな目を向ける。ミランダはその様が気に入らない。周囲を睨み、虫の居所を更に悪くしていった。

 ミランダと【黒い葉アテルフォリウム】の五人は、言葉を発する事も無くスラムの一点を目指す。

 キキの朽ちた場所。

 そこに真っ直ぐと進んで行った。


「この辺りです」

「何も無いじゃない」


 曲者ぶりは鳴りを潜め、覇気の無いモルバンの言葉に、ミランダは厳しい視線を街路に向けた。

 倒れているはずのキキの姿は形も無く、身に付けていたものひとつ落ちていない。ミランダは奥歯を噛み締め、冷ややかな視線を見回して行く。

 怒りに満ちた視線をいち早く感じ、住人達は蜘蛛の子を散らすかのように壁の奥へと身を潜めて行った。


「これはどういう事? どうして何も無い? キキはどこ?」


 苛立ちを隠す事無く、ミランダは言葉を投げつける。

 椅子に腰掛け、うな垂れている老人を見つけるとミランダ早足で近づいた。


「あんた、いつもここにいるの?! ここに倒れていたドワーフはどこ?! 倒したヤツはどこに行った?!」


 頭の上でギャンギャンと喚き散らす女の声に、老人はゆっくりと顔を上げると、黄ばんだ白目でミランダを見つめ、口元に歪んだ笑みを見せると、粘ついた口を開く。


「知らねえなぁー、そんなものぉ」


 呂律の回りきらない舌足らずな物言いにミランダの顔が一気に冷えると、次の瞬間、老人の頭が地面に転がっていた。


「誰でもいい。カルガを見た者を探せ。追い込むぞ」


 ミランダがそれだけ言うと【黒い葉アテルフォリウム】は、散り散りに街路の奥へと消えて行く。ミランダは辺りを見渡し、獲物の痕跡を求めた。





「アベール。これはどうする?」

「そいつは右の棚の一番上に突っ込んでくれ。手伝って貰って悪いな」

「何言っているのさ。お安い御用だよ」

「⋯⋯アベール。これはどこに置けば良い?」

「そいつは、そっちの緑の棚に適当に突っ込んでおくれよ」

「これは?」

「お前さん、良くそんなデカイのを持てるな。悪いがこっちに持って来てくれるか」


 ユランが大きな箱を抱え、アベールの言った方へと運んで行く。僕とミヒャも言われた通りに棚へと荷物を運び入れる。

 前の集落より、そう遠くない深い森に新しい代替集落はあった。悲しみが明けきらぬままの移動は、足も気分も重く、人々は俯きながら黙々と作業をこなす。


「明けない夜はない。どうだ? かっこいいじゃろう」


 アベールは現状を笑い飛ばす。どこまでも前を向くその姿勢に、僕達も元気づけられた。


 唐突にユランが窓の外を覗く。釣られてミヒャも覗くと、僕もそれに続いた。

 集落の入口から、イヤなざわめきが僕の耳にも届く。ユランがいち早く飛び出し、ミヒャと僕も続いた。

 住人達がざわめきながら道を開けて行く。

 焼けただれた顔は原型を留めていない。剝き出しの目玉が一点を見つめ戦鎚を引き摺る。全身から醸し出す負のオーラ。怒りと執念だけで動いているその姿に僕達は、呆気に取られた。

 やはり、生きていたんだ。

 あの炎の中生きているとは、本当に化物だ。


怪物モンスターめ⋯⋯」


 ユランも同じ事を思っていた。ずるずると近づくユリカにユランが突っ込む。


「アハハハハハハハ! 猫! 猫! 猫!」


 片腕とは思えぬ鋭い振り下ろしを見せる。焼けただれた顔の表情は変わらないが、下衆な笑いを浮かべているに違いない。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 闇雲に振られる戦鎚をユランは簡単に躱す。

 肩で息する化物と化したユリカを、ユランは寂しく見つめた。

 再び懐に飛び込む。逆手に握るナイフを斬り上げるとパックリと唇から顔を裂いた。

 半開きの割れた口元が、笑みを零しかのように映り、ユランの背筋に寒いものが走る。剝き出しになっている眼球がギョロっとユランを見下ろすと、視線が交わり気持ち悪さだけを残す。ユリカはユランを見つめたまま、仰向けに倒れて行った。命の残り火全てを報復にだけ向けた姿が、ひどく気持ち悪い。

 ユランはナイフをしまうと、しばらくの間倒れているユリカを見つめる。何とも言えぬ後味の悪さが周辺を覆っていった。


「ユラン、大丈夫?」

「ああ、全く持って問題は無いが⋯⋯薄気味悪いな」


 僕は倒れているユリカを見つめる。また、むくりと起き上がり襲って来やしないかと思うほど、おぞましい形相でこちらを睨んでいた。白く濁る瞳が生気を失っている事を告げて、後味の悪さが増して行く。


「⋯⋯あれが襲ってきたラムザの勇者か?」

「そう。体を燃やそうとも、死ななかった勇者だよ」


 ミヒャは顎に手を置き、逡巡の姿を見せる。何か引っ掛かる事でもあるように見えた。


「ミヒャ、どうしたの? 何か気になる?」

「⋯⋯気になる⋯⋯かな。まるで死ぬ為に来たようではないか? 本当に倒したいなら、一度戻って、態勢を整えてから報復した方が、確実性は格段に上がると思わないか?」

「確かに。そうだね」


 首を捻る僕の横で、ユランも眉間に皺を寄せる。


「だとしたら、突っ込んで来た狙いは何だ? 確かに歯応えは無かったな。そう思うと、死ぬ為に突っ込んで来たというのも無い話では無い」

「⋯⋯それが分からない。激高に駆られた愚行なのか、何か計算があっての行いなのか⋯⋯」


 死んでなお、不快感を残す様に僕は心底辟易とする。アサトといい、リアーナといい、ユリカといい⋯⋯歪んだ恨みで突き動く様が気持ち悪い。これがきっと嫌悪というやつなのだ。何故にこうも人は歪むのか。後味の悪さだけが際立ち、僕を憂鬱にさせた。





 激しく開く扉に、ユウとアラタは険しい顔を見せた。飛び込んだ若い兵士は、肩で息をしながら懇願する。


「助けてあげて下さい!」


 ユウは若い兵士の元へ近寄ると、肩へ優しく手を置いた。ニコリとわざとらしい笑顔と共に大きく頷いて見せると、兵士は安堵の溜め息を漏らす。


「アラタ」


 ユウの静かな口調に、面倒そうに頭をバリバリと掻いて見せると、納得の溜め息を漏らす。


「ちょっと、遊んで来るか」


 アラタの口元が、醜く歪んだ笑みを見せると、若い兵士を伴い扉の外へと消えて行った。



 長い廊下。不機嫌を隠さずミランダは歩く。

 金をバラ撒き、首をいくつか跳ねてもカルガの足取りは全く掴めなかった。

 【黒い葉アテルフォリウム】を従え、今にも噛み付きそうなミランダの様に廊下にいる人間達は近づかないよう、遠巻きにその様子を覗く。


「よう、ミランダ。ご機嫌だな」

「ああん!?」


 後ろから突然声が掛かり、不機嫌なまま振り返るとアラタと若い兵士が廊下に立っていた。


「私は今、とっても機嫌が悪いの? 分かる? あなたが今、すべき事は回れ右して私の視界から消える事」

「おお、怖っ! おまえの所、ひとりやられたらしいな? 犯人は見つかったのか?」

「あんた、私の話聞いていた? 消えろって言ったの? それとも消して欲しいの?」


 ミランダは目を細めると、冷たい殺意をアラタに向けた。その様に冗談では無い事が十二分に伝わり、若い兵士はアラタの後ろで震えあがる。


「ちょっと付き合わねえか。これから【魔族】の集落にピクニックに行こうかと思っているんだが、どうだ?」

「フフ。⋯⋯殺す」

「待て、待て、待て、やり合う気は無いって。おまえの探しているのは、カルガじゃないのか? ヤツの仲間が潜んでいるぞ。直接かたき討つのも悪くは無いが、こっちの方が手っ取り早いと思わねえか?」


 ミランダの動きが止まる。表情から殺意は消え、口元に笑みを浮かべた。


「ルク、どう思う?」


 後ろに控えていた猫人キャットピープルが、一歩ミランダへ近づくとミランダの耳元へ口を持って行った。


「闇雲に探すより、確実にダメージを与えられるかと思います。キキの為にもこの話、乗っても良いかと」


 ミランダはひとつ大きく頷き、黒目がちな瞳をアラタに向けた。弓なりの双眸が妖艶な笑みを見せ、頷いて見せる。


「いいわ。あなたの話に乗ってあげる。ただ、こっちはこっちで勝手にやらせて貰うわよ」

「ああ構わない。あんたらは暴れてくれれば、それで充分だ」


 立ち去るミランダの後ろ姿を見つめる。アラタは少し俯き加減に口端を上げた。


「こっちも準備しろ。すぐに出発だ」

「は、はい!」


 若い兵士は準備の為に廊下を駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る