第49話 幕引き

「おかえり」


 柔らかな声色でラランを出迎えるアウフ。

 調子を崩したラランは、あのまま一晩過ごし翌朝には『治った』と笑顔を見せた。それは強がりにしか見えず、家に帰してあげるべきだと僕もミヒャも考えた。

 勇者としての役割をこなす為に、ミヒャとは一度別れて行動を別にする。一緒に行きたかったけどこればかりは仕方ないよね。ラランの体調を鑑みて、僕とラランはすぐにアウフの元へと出発した。

 扉から顔を覗かすアウフに体調を崩した事を告げると、アウフは黙って頷く。それは、何もかも分かっているかのように穏やかな表情で頷いた。


「すっごい、楽しかったよ!」

「そうか。そらぁ良かったな。アーウィン、ありがとう」

「いえいえ、僕もミヒャも楽しかったです。タイミングも良かった。ラランにはいろいろ助けて貰ったし、街の案内なんてわけないですから」

「それでも感謝しきれないくらい、感謝しているよ」

「そんな大袈裟な」


 テーブルを囲って、ラランが身振り手振りを交え、街の様子をアウフに語る。ときおり興奮し過ぎて何を言っているのか分からなくなったけど、楽しさは充分伝わっていた。


「アウフ、おかげで上手くいったよ、ありがとう。これで当面は子供の犠牲は出ない。ミヒャやジョンも、二度と起こらないように目を光らせてくれるって」

「そうか。こちらこそ、ありがとう」

「次はラムザかな? 想像すらつかないや」

伝手つてはあるのだろう?」

「うん。このあと合流するつもりなので、その話になるのかな」

「気をつけるのだぞ」

「うん、分かっている。ありがとう。ラランまたね!」

「アーウィンまたね~」


 湖のほとりをキラキラと輝く湖面の乱反射に目を細めながら進んだ。カルガと合流する為に集落を目指す。

 ラランと街を歩いて強く思った事があった。森のエルフシルヴァンエルフの地位の復権。人目を気にして街を歩けないとか、やはりおかしい。こんなにも周りの人達を幸せにする力があるのに⋯⋯。

 でも、だからこそなのかな? 

 人を不幸にしてしまう物を編み出してしまったという負い目を、普通の人達より強く感じてしまっているのかも知れない。話しをしてみて、アウフやアベールからそれを強く感じた。それでもやはり、彼らは復権すべき存在。とはいえ、僕に何が出来るのかといえば、相変わらず何もない。

 自身の力の無さにまた少し落ち込む。やれやれだね。


◇◇

 カルガの待つ集落に入ると、先日の戦闘の爪痕が散見出来た。ただ、街を行き交う人達に暗さは微塵も無く、明るい声と笑い声が響いている。

 凄いな。羨ましいとさえ思う。落ち込んでいても何も始まらないと言われている気がする。

 だよね、それは間違いないよね。

 

 壊れた柱を叩く鎚の音、資材を抱えて歩く人⋯⋯。手伝おうかな? そんな事を思って歩いていると空気の変化を感じる。

 入口の方から空気のざわつきを感じ、僕は入口を覗きに向かった。

 そのざわつきは、入口に近づけば近づくほど強くなっていく。人々の視線が入口に注がれ、僕も入口へと目を向けた。朧気に見える女性の姿。ゆっくりと集落の中を歩く。その雰囲気は陽気な人々の声を黙らすほど、陰湿な空気を放っていた。


 リアーナ?!


 焼けただれた姿に愛らしく可憐だった姿は見る影も無く、陰湿な視線を振り撒き、ゆっくりと集落の中を進んでいる。

 それは怒りと執念だけの塊。

 恐怖を覚えるその姿に僕の体と思考は硬直する。その圧倒的な負のオーラに、沿道の人々は距離を置き、どう対処すべきか考えあぐねていた。

 逃げなきゃ。

 ゆっくりとしか動かない自身の体に苛立ちを覚えながら、ユラリと漂う負の塊に背を向ける。


「キャアハハハ! やっぱツイてるね! 見つけた! 鍵屋!!」


 陰湿な笑い声が、背中越しに聞こえてきた。

 見つかった。

 動け! 足! 

 僕は必死で走る。振り返る余裕などなかった。じりじりと迫る軽やかな足音が恐怖を煽る。

 集落を走り回る姿に沿道から怪訝な視線が向けられていく。何事が起きているのか一瞬で理解するのは無理に違いない。

 建物の狭い間をすり抜け、必死に抗う。人混みだけは避けるんだと自身に言い聞かせ、人のいない静かな方へと駆け抜けて行った。


「アハハハハハ!」


 笑い声を上げて追いかける全身ただれた女から、必死に逃げる隻眼の男。端から見たらどう映っていうのか。そして、軽やかな足音だけが大きくなって行く。


「ぐっ!」


 背中に激しい衝撃を受け、激しく吹き飛んだ。地面を何度となく転がり背中からの痛みに悶絶する。

 リアーナは転がる僕を見下し蹴り上げた。吹き飛んだ体は地面を叩く。二度、三度と丸まり動けない僕を何度となく蹴り上げた。どこかの骨が割れる音、踏みつける足に僕の顔は腫れ、顔を土埃と血で汚す。あまりの痛みから地面にうずくまり、呻きを上げる事しか出来ない。


「イヒヒヒヒ」


 ドスっと殴打を受ける度に鳴る鈍い音と、リアーナの下品な笑い声だけが聞こえる。顔を上げなくとも、リアーナがこちらを見下しているのは分かった。


「アハ! もう終わり?」

「狂人が⋯⋯」


 血反吐を地面に吐き捨てた。痛む腹を押さえ立ち上がり、狂人と対峙する。僕の一言が気に入らなかったのか、狂人は苛立ちをさらに募らせ、その表情はさらに狂っていった。


「ああっ!? 何だとてめえ! 頭キタ! 遊びは終わり!」


 リアーナは腰に携えていた細身の剣を抜いた。僕はまた走り出す。対抗する術などあるわけも無く、必死に走る事しか出来ない。愚策も何もそれしか出来ない。

 どうする? 

 また軽やかに恐怖を運ぶ足音が迫る。

 爆発しそうな心臓と肺が、全身を駆け巡る強烈な痛みが、足の運びを鈍らせる。

 体中から発する痛みが心を折ろうと全身を駆け抜ける。

 それでも、やるべき事は残っている! しっかりしろ!

 自身の心に燻る種火を燃やす。


「アーウィン!!!」


 野太い叫び。声の方へと最後の力を振り絞る。

 建物の間をすり抜けると、前回の戦闘時にリアーナと対峙した小さな広場に辿り着いた。


「これを!」


 マインが叫びと共に物影から剣を投げる。僕は反射的にそれを受け止めた。


「最後はおまえが決めろ」


 カルガがこちらに不敵な笑みを浮かべた。

 最後? 決めろ?

 ああ、そういう事か。

 僕は剣を握り、リアーナに向いた。不恰好に剣を構える僕の姿に、リアーナの見下す瞳が、下卑た笑みを向ける。

 物影からマインが僕の横へと飛び込んで来ると、リアーナの表情は一変した。緑色の瞳は鋭く最大限の警戒を見せていく。

 マインは剣を構え静かに詠う。


「《イグニション》」


 炎を纏うマインの剣にリアーナも詠う。


「《グラシェ》!」


 氷を纏うリアーナの剣。その姿にカルガとマインは口角を上げると、リアーナの足元が青色の光を見せた。

 パリ⋯⋯パリ、パリパリ⋯⋯。

 リアーナの足元が乾いた音と共に凍てつき始める。それは膝を凍らせ、腰を凍らせ、身動きが一瞬で取れなくなった。

 リアーナは目を剥く。その刹那、パキンと音を鳴らし全身が凍る。驚きと憎しみを浮かべるリアーナの醜い顔がそのまま氷の彫刻と化し、僕を睨んだ。

 リアーナ自らが【魔法陣】の引き金を弾いた。そして自滅。それを確実にする為のマインの詠唱。全てが用意周到に準備されていた。終わってみれば呆気ない幕引きだ。

 

 僕は崩れ落ちそうな膝に渾身の力を込めると、剣を支えに踏ん張り、凍てつく狂人を睨む。


「はぁああああああ!」


 僕は最後の力を振り絞り、剣を振り下ろした。倒れ込みながら振り下ろす剣が、氷のリアーナを粉砕する。粉々に砕け散るリアーナがキラキラと空中に舞い、溶けていく。

 終わった。

 僕はそのまま倒れ込み、青空を仰ぎ見る。

 そこに突然現れ、青空を隠すむさいおじさん。その顔に顔をしかめると、舌打ちが聞こえた。


「チッ! 心配して覗いてやったのに何だ、その顔は」

「綺麗な青い空を見ている所に汚いおじさんの顔が現れたら、顔もしかめたくなるでしょう」

「汚ねえとは何だ!」

「まぁまぁ、カルガ落ち着け。アーウィン怪我は?」


 カルガの隣にマインが凛々しい顔を覗かせた。心配してくれているのが、その柔らかな表情から読み取れる。僕は大きく息を吐きだしマインに向いた。


「どこもかしこも。あばらの何本かやられたかも。鼻、曲がってない? 大丈夫?」

「なかなか男前になったな。いいつらしているぞ」

「カルガ! いい加減にしてやれ。アーウィンちょっと待て。アベール! ヒールを頼む」

「あいよ。これはまた派手にやられたね。《キュアオーブ》」


 アベールのヒールに痛みが緩んでいく。僕はヒールを受けながら、鼻が曲がっていないか確認した。


「アベール、ありがとう。随分と楽になったよ」


 アベールはウインクして見せると自宅へ戻って行く。沿道の人々がこちらへ視線を向けていて気恥ずかしくもあり、なぜだか終わった実感が湧きおこった。

 リアーナとの突然の終焉。

 まさか今日こんな形でケリがつくとは想像していなかった。リアーナが大怪我を負ったという話に、しばらくは大丈夫という油断があったのは否定出来ない。


「あの女の面、アイツの本性が出ていたな」


 カルガは砕け散ったリアーナの残骸を足ですり潰していく。


「氷も操れるようになったんだね」

「まあな、一通り操れるようにしといて損はねえ。早速、役に立ったしな。勇者に抗う武器になる事も分かった」


 カルガはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。


「悪役が似合うね。相変わらず」

「ほっとけ」


 カルガはそう言ってそっぽを向いてしまった。

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