第28話 カルガ・ティフォージ

 茫然自失。


 カルガの今の姿はまさにそれだ。月明かりが照らすカルガの表情は、目を見開いたまま固まっていた。長い付き合いになるが、こんな表情を見るのは初めてかもしれない。いつも飄々と煙に巻く男が見せる、大きな感情の揺れ。パーティーから消えた理由となんかしらの関わりはあるに違いない。

 マインは、しばらく黙ってその様子を見つめた。人に頼らず、人に言えずか⋯⋯。水くさいやつだ。


「⋯⋯⋯⋯らがいる⋯⋯」

「何?」


 カルガは消え入りそうな声で何かを呟く、聞き取れないマインが聞き返す。


「お前らがいるからだ!」

「よせ!」


 カルガの手がマインの首を襲う。マインを馬なりに上から首を絞めにかかる。しかし、マインの表情に焦りはなかった。抗う事はせず、真っ直ぐにカルガの瞳を見つめる。その瞳は憂いを映し出し、穏やかにカルガを諭す。


「それで気が済むのか? 私を手に掛けるなら、その理由くらい教えろ。殺そうとするくらいなのだ、その怒りをぶちまけてもいいのではないか。違うか?」


 淡々と言葉を掛けるマインの姿に、アーウィンの言葉を思い出す、『望んでここに来たわけじゃない』と。分かっている、分かっているが、なぜこの世はこんなに理不尽なのか⋯⋯。

 カルガの手がマインの首からダラリと落ちる。ここでマインの首を絞めた所で何も変わらない。

 マインはゆっくりと体を起こし、力なくしゃがみ込むカルガの肩に手を置いた。


「全部聞かせてくれ。それから考えよう」

「終わりだ⋯⋯もういい⋯⋯疲れた⋯⋯」

「終わりかどうか勝手に決めるな。王と何があった」


 カルガは黙る。口を固く閉じ、目を閉じた。何もかもどうでもいい。自嘲ぎみに笑みを浮かべ、マインを睨む。


「お前も知らねえよな⋯⋯。お前達の体は子供から奪い取った物だ。【憑代よりしろ】となる子供の魂を追い出して、てめえの魂を定着させたんだ。分かるか? お前はすでに子供を殺していると同義なんだ。しかも、この召喚術式の確立の悪さは折り紙つきだ。何人もの子供が魂を抜かれた事か。空っぽの体は親元に帰る事さえ許されず、隠すように闇に葬られている」

「そんな話、聞いた事無いぞ」

「当たり前だ。こんな話を公にするわけがねえ。お前達を呼ぶ為にどれだけの子供が犠牲になったか想像つくか? それと、子供を訳も分からず取り上げられる親の気持ちが分かるか? 分かるはずがねえよな」


 マインは口を固く閉じ、カルガの言葉をどう捉えれば良いのか困惑する。

 子供殺し。私が? そんな⋯⋯。だが、こんな嘘をつく男ではない。真実だとしてどうすればいいと言うのか。困惑の渦の中、はたっと先ほど呟いていたカルガの言葉を思い出す。


「まさか、お前、子供を⋯⋯」

「そうだ。息子が【憑代よりしろ】に選ばれちまった。嫁はおかしくなって、治療院に何度も連れて行った。何度連れて行っても、どこに連れて行っても気の病だからと突っ返される。オレは王に直談判した、クランスブルグの勇者を消すから、息子には術式を行うなと。なのにあの野郎、勝手にくたばったうえに⋯⋯約束を反故にしやがった」

「反故にしたって? ⋯⋯あのアラタの【憑代よりしろ】、まさかお前の息子か!?」

「皮肉だよな。約束を守って勇者を消したら、てめえの息子に乗り移って戻って来やがった。どうしろって言うんだ⋯⋯」


 カルガの言葉は尻切れて行く。力の無い言葉が月明かりに吸い込まれて行った。掛ける言葉は見つからない。自らの事すら、整理出来ていないのに一体何をどう言えば、どうすれば正解だと言うのか。沈黙が包む。カルガは再び窓辺に立ち、窓の外を所在なく見つめる。


「この体を返す事は?」

「出来ねえ」

「即答だな」

「当たり前だ。子供達が犠牲にならないようにするにはどうすればいいのか、術式とは何なのか徹底的に調べた」

「で、その術式とは何だ?」

「【魔族】の禁忌の術式だ。王族がそれを盗んだ。だから彼らは王族を嫌っている。しかも、元々は不治の病の子供の魂を一度剝がし、体を正常化して魂を戻そうと編み出した。だが、蓋を開けて見たら、本人の魂はどこかへ消えてしまい、どこの馬の骨とも分からねえ輩がとり憑いた。しかも、バカみてえな力を持ってな。それ以来その術式を封じた。しかし王族がどこで耳にしたのかその術を盗み、てめえらをこっちに呼ぶようになった。子供を犠牲にしてだ」

「気持ちいい話では無いな。それにしても良く調べたな、【魔族】に知り合いでもいるのか?」

「まあな。彼らは善人だ。こっちの人間よりよほど心が綺麗だ。手の施しようが無いと言われた嫁を藁をもすがる思いで【魔族】の集落に連れて行って診て貰った。事情を説明したら、ふたつ返事で診てくれたよ」

「奥さんはどうしている?」


 カルガは、悲しみを瞳に映しゆっくりと首を横に振った。


「そうか⋯⋯すまなかった。何も知らず⋯⋯。それでお前はどうした?」

「オレは勇者を根絶やしにするつもりだった。どんなに時間が掛かっても。でも、鍵屋に言われた。それじゃあ意味が無いと。勇者を消しても意味が無いと⋯⋯根本から潰さないとダメだと」

「根本とは何だ?」

「【召喚の間】の無効化。クランスブルグもラムザのも両方とも潰すつもりだった⋯⋯ただ今は、なんだか全てがどうでも良くなった」


 全てが繋がった。カルガの不可解な行動は全て家族の為⋯⋯。報われんな。


「なあ、【召喚の間】を潰すだけで止められるか? 頭をすげ替えないとダメじゃないのか?」

「何言ってやがる?」


 カルガはあからさまに怪訝な顔を向けるが、マインは気にする事なく続ける。


「今のラムザ王は誰だか分かるか?」

「はぁ? 何言っている? 第一王子のクロッサ⋯⋯違うのか?」

「違う。グスタだ」

「はぁー?! グスタってあの脳筋か? 嘘だろう? デタラメだ! 出来る分けがねえ」

「裏で神官長が動かしているが、やつが王だ。グスタを王にしたのは誰だと思う? アラタだぞ」

「んな、バカな! 召喚されたばかりでなんで?? そんな大それた事が出来るわけが無い! はぁ? 訳が分からねえ」


 肩を落としていたのも忘れ、マインの言葉に驚愕の表情を返した。

 確かにあの流れは仕組んだとしてもそうは出来まい。あの場を覆った、異質な空気がそれを許したのだ。少しでも躊躇する空気が覆えばそうはならなかったろうに、運も向こうに向いていた。


「王の首が転がり、玉座に座る血塗れの少年。その異質な光景があの場の空気をおかしくしていたのだ。有り得ない光景が目の前に広がり、あの場の空気はあの少年の姿をした悪魔に制圧されていた。私ひとりが抗っても、ひっくり返す事は出来なかった。すまん」


 マインは素直に頭を下げた。その姿にカルガは軽く舌打ちをする。

 息子の姿をした悪魔⋯⋯。鍵屋で対峙した瞬間、心のどこかにこれは違うと思いたい気持ちがあった、そう思おうとした。王との約束があり、これは何かの間違いだと思いたかった。いや、今も思いたい。マインの口から、はっきりと言われ淡い期待は粉々に砕けた。本当はもう砕けていた、それを見ないようにしていただけだ。分かっている。心の灯は消えた、細い煙が立ち込めているだけ。窓の外を見下ろすとアーウィンの鍵屋が見える。やつは上手く逃げたのか。こんな姿は見せられねえ、また頭突きされる。


「なあ、私もお前の仕事を手伝えないか? ラムザにも潜入するつもりなのだろう、私がいれば役立つぞ」

「はぁ?」

「これ以上子供達が犠牲にならないように手助けをしたい。体を奪ったせめてもの罪滅ぼしをさせて欲しい」

「勝手にすりゃあいいだろ。オレはもういい」

「逃げるのか? お前の力と知恵が絶対必要になるぞ。こっちの勇者とすでにつるんでいるのだろ。橋渡しをしてくれ」

「知るか。好きにやればいい」


 マインの頼みに首を縦に振る様子を見せなかった。視線を合わさず、夜の街を見下ろす。


「なあ、カルガ。鍵屋もクセ者なのか? そうは見えなかったのだが、どうだ?」

「普通のやつだ。一般的なここの住人だ」

「どうせ、お前が巻き込んだのだろ? 巻き込んでおいて、いち抜けたは無いのではないか」


 外に向けていた視線をマインに向けた。剣呑な表情のまま、マインを睨む。マインは勝ち誇った微笑みを浮かべ、それに答えた。

 カルガは、その姿に大きく溜め息をつき頭をガシガシと掻く。


「ああ。くそ! 分かったよ。行くぞ」

「結局、お前は変わらんな」

「うるせえ」


 人目を警戒しながら、街路を抜ける。足早に街を抜け、森の奥へと消えて行った。

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