第27話 牢獄と衛兵
鉄格子の向こうに俯くアーウィンの姿があった。誰も知らなかった南にある小さな牢獄。岩肌は冷たく、外と繋がるのは入口の扉だけ。窓もなくジメジメとした陰鬱な場所。ギシギシと鳴くボロボロのベッドに腰を掛け、疲れ果てた様子で佇んでいる青年。冷たい牢獄に囚われているその姿を見るとミヒャの心臓に、ギュっと掴まれたかのようなイヤな感覚が襲った。アーウィンは人の気配に顔を上げると、目の前に現れたジョンとキリエとミヒャ、三人の姿に露骨な笑顔は見せず、穏やかな表情だけ見せた。
「ちょっと、尋問したい。外して貰えるか」
「はい。承知致しました」
ジョンが衛兵に声を掛け、人払いをした。衛兵の姿がいなくなるとアーウィンは、ホッと安堵の表情を見せる。
「アーウィン!」
ミヒャが鉄格子へと駆けて行く。その姿にアーウィンもおぼつかない足で鉄格子へと近寄った。鉄格子にアーウィンが手を掛けるとその手にミヒャが手を重ねる。
「ふたりとも無事に逃げられたのだね。良かった」
安堵の笑顔を見せたアーウィンに、ミヒャの心臓はさらにギュっと掴まれる。無邪気な笑顔を見せるアーウィンに中々言葉が出て来ない。
「⋯⋯良くはない。あなたが捕まってしまった。尋問は大丈夫だったか?」
「んまぁ、何とか⋯⋯」
煮え切らないアーウィンの答えが答えだ。ミヒャの瞳が寂しさと険しさを見せる。
「⋯⋯リアーナだな」
ミヒャが冷たい声色を響かせた。怒りが
「早く出す方法を模索している。すまんな。イヤな思いをさせちまって」
「でも、まぁ、とりあえずは順調と言っていいのではないですか。鍵の細工は出来たので、気休め程度ですが時間稼ぎにはなるでしょう」
「あなたが捕まってしまっては、順調とは言えませんね。召喚の魔法陣についてはこちらも動き始めました。まずはどういうものか知る所から始めないとなりませんからね。その辺に強いメンバーが今当たっていますわ」
ジョンもキリエもアーウィンの姿に溜め息まじりでしか言葉が出ない。
「尋問はどんな感じだった? ユウもいただろうから無茶はしてないと思うが⋯⋯」
「いやぁ⋯⋯そのなんと言うか⋯⋯ですね」
「⋯⋯アーウィン教えろ」
ミヒャが険しい表情を見せ詰め寄る。ジョンもアーウィンに溜め息をつきながら答えを急かした。
「あ⋯⋯指をちょっと⋯⋯今はヒールを掛けたので何ともないです」
アーウィンは慌てて答えた。ミヒャの顔はさらに険しくなり、ジョンの顔も優れない。
「リアーナか」
「⋯⋯アイツ」
「まぁ、でも、ほら、こうして尋問している間は僕に目がいっているから、動きも取りやすいでしょう。だから、早まらないで。何としても【召喚の間】を潰さないと」
「次の尋問にはオレも立ち会う。リアーナに手を出させない」
「⋯⋯私も立ち会う」
「いや、ミヒャは【召喚の間】を洗って欲しい。アーウィンの細工が上手くいっているかどうか探りを入れてくれ。パーティーを使って貰って構わない」
「ミヒャ。しっかり頼むね。あの細工でどれだけ持つか分からないけど」
ミヒャは厳しい顔のまま渋々と首を縦に振る。
良かった。みんなの顔を見る事が出来て、折れかけた心が復活した。僕のした事が無駄にはなっていない。今はそれだけで十分だ。明日からの尋問はジョンが立ち会ってくれれば、きっとリアーナの暴走を止めてくれる。それだけでも心強い。指が折れている間の時間はまさしく地獄だった。ジョンの立ち合いが無ければエスカレートして行くのは目に見えている。
三人が立ち去る際、僕はキリエに声を掛けた。
「キリエ、ちょっといい」
「どうされました?」
僕は体を屈め、キリエの耳元で囁く。
「ミヒャが心配。なんか、らしくないんだ。お願いキリエ、気を付けて貰えるかな」
キリエは、満面の笑みを返す。
「承知しましたわ。気を付けて見ておきますね」
「ありがとうキリエ」
キリエはひとつ頷き立ち去ろうとしたが、すぐに足を止めアーウィンに振り返る。
「あなたは強い人ね」
キリエは微笑みと共にそれだけ言って立ち去った。
僕が強い? 何を言っているのだか良く分からないよ。
立ち去る三人の後ろ姿を眺めながら、キリエの言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
◇◇
カツカツとせっかちな足音が牢獄に届く。まともには寝られないベッドで
「ちょっとこいつに話がある。お前達は外せ」
リアーナの声に僕は目を開く。夜も深いこんな時間に⋯⋯。イヤな感じしかしない、生唾を飲み込み、背筋に冷たいものを感じる。腰に剣だけ携えた軽装で、牢獄の前で仁王立ちを見せる。睨むとかそんな感じはしない、観察するかのように感情の無い視線をこちらに向けていた。
「あんたさぁ、ジョン達と何話したの? 人払いまでして」
抑揚の無い声、感情が読めない。それがかえって不気味だった。
「何? って言っても、あなたと変わらない。あそこで何をしていたかと」
「それで、何て答えたの」
「何って、答えは同じだよ。迷いこんだってね」
「ふーん。それで納得したの?」
「どうかな? 分からない」
「えー、分からないわけないじゃん。納得するわけが無いんだから」
リアーナは鉄格子を開き、牢獄の中へゆっくりと入って来た。感情の無い視線はジッとこちらを見たまま動かない。ゆっくりと迫る様に僕は単純に恐怖を覚えた。
ゆっくりとにじり寄るリアーナに僕はベッドの上であとずさるが、すぐに壁に阻まれる。リアーナはベルトから小さなナイフを抜くと、一瞬で距離を詰め、僕の眼前にナイフを突きつけた。その刃先は僕の右目を捉え、視界には薄い刃先とその先に無表情のリアーナがいる。リアーナの左手が僕の頭を抑え、身動きが取れない。バタバタと必死に足掻くも、みぞおちを重い膝が襲った。
「ぐぼぉっ」
「吐くなよ。汚いから。手加減しているのに、大げさなヤツ」
荒い吐息を漏らしながら、涙目でリアーナを睨む。リアーナは一度視線を逸らし、こちらに睨み返した。
「あんたのその目、気に入らないのよね。犯人のクセにさぁ、何なの? それ」
「あなたがそう決めつけているだけだ」
「どう見たって、そうじゃない。逆に犯人じゃないならなんなのよ。面倒だから早く言っちゃいな、痛い思いもしなくていいんだから。あ! でも、死罪かもね。だったら今この場で殺しても一緒だったりしな~い」
気味の悪い笑顔を見せ、顔を近づけて来た。快活なイメージとは程遠い、陰鬱な雰囲気に嫌悪を覚える。
「シシシシ、そうだ! 二個あるものが一個になっても別にいいよね。殺すのは簡単だけど、みんなに怒られそうだもん。うん。手かな~、足かな~、やっぱり目だよね。その右目抉っちゃうよ、どうする? 本当に抉るよ、何であそこにいたか言いなよ」
こいつ、本気だ。能天気な口調だが凄い殺気を感じる。僕の目から涙が零れ、体の震えが止まらない。口から吐息は激しく漏れる。目くらいくれてやる、言おうが言うまいがこいつはやるに違いない。僕は覚悟を決めて、涙目で睨み返した。体の震えは止まらない、でも、ここで折れたらみんなの頑張りを棒に振る事になってしまう。キリエの言葉が頭を過る、やっぱり僕は強くないよ。何も出来ない弱い人間だ。
「ま、迷いこ、こん⋯⋯だだけ⋯⋯」
震える僕の声に、リアーナは快活な笑みを深める。
「ふ~ん。あ、そう。右目にさよなら言わないとね」
リアーナの刃先が右目に迫る、僕はきつく目を閉じた。
「リアーナさん! 招集が掛かっています! 急いで準備して下さい!」
衛兵が突然飛び込んで来た。軽く舌打ちすると、僕の頭を突き放した。
「どうしたの?」
リアーナは衛兵に不機嫌を隠さず問いかけた。
「はい、北のリーガの森にモンスターが大量に発現したとの事です。ジョンさん達はすでに向かっています、ユウさんがリアーナさんを待っております! 急いで下さい!」
小走りで出て行くリアーナに僕は安堵の息を漏らす。荒い呼吸を落ち着けようと何度も深呼吸をした。リアーナが出て行きしばらくすると、衛兵がこちらに近づいて来た。
「アーウィン、行くぞ。ここを出る」
「あ! あなたは! パーティーの⋯⋯」
「急げ」
兜の下から覗く見覚えのある
「しかし、あぶなかったな。あいつに何されかけたんだ?」
「結果的に何もされませんでした。カタのおかげで助かったよ」
「そうか。今、城内は勇者の出撃準備でバタついている。この混乱の内に抜けるぞ」
「はい」
僕達ふたりは螺旋状の階段を駆け上がる。出口が近づくと、カタが一気に緊張の度合いを上げた。扉を少し開き、扉の向こうを確認する。
「よし、大丈夫だ。⋯⋯あれ着けろ」
カタが指さす方に衛兵の装備が壁に掛かっていた。僕は急いでそれを身に着けようと手を動かすが、いかんせん初めての事に手間取ってしまう。
「着けた事無いのか?」
「それはそうですよ。鍵屋ですから」
「どれ、貸してみろ」
カタが辺りに注意を払いながら、手際良く装備していく。
「あのう、助けに来て頂いてありがとうございます」
「何を今さら」
「昼間のジョンさんの口ぶりだともう少し拘留されると思っていたのですが⋯⋯」
「ああ、ジョン達とは別でこっちは動いていたからな。カルガとコウタがこの作戦を考えた。急なモンスターの襲来があれば、現場は混乱するだろうって、それに乗じて奪還。リアーナが居住区にいなくて焦ったけどな。なんだか、カルガが持っていたモンスターおびき寄せる薬を使うって言っていたぞ。この様子だと上手くいったな。よし、出来た。ここからは堂々と歩け、お前さんの顔は見えないから安心しろ」
「はい。ありがとうございます」
おびき寄せる薬って、アサトの時に使ったやつか。
衛兵がふたり城内を歩く。不自然さは全く無い。バタバタとしている城内に紛れ、居住区に抜け、外へと出た。
ふたりはそのまま闇に溶け込み、森の中へと消えて行く。怪しまれる事もなく抜け出る事に成功した。
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