第25話 扉と鍵

 蠢くランプの灯りの数に辟易しながら、僕達は闇に紛れて城の西側を目指した。少し動く度に先頭のミヒャは立ち止まる。目の前をよぎって行くランプの灯りを、頭を低くやり過ごして行き、またミヒャの合図で通路と通路の間を駆け抜けて行く。緊張する間もなく、僕は必死について行く事だけを考えていた。

 ミヒャが壁際の窓枠の下へと滑り込む、暗い部屋の中をゆっくりと覗き込んだ。すぐにこちらへ首を横に振り、次の窓枠へと移動する。僕達もミヒャのあとを少し離れてついて行く。ミヒャの動きには無駄が無かった。スキルを発動しているミヒャの目には部屋の中がはっきりと見えている。ミヒャにならって部屋の中を覗くも真っ暗な部屋はぼんやりと何かのシルエットを写すだけだった。

 蠢くランプの灯りを最大限に警戒しながら次の部屋へとまた移動する。ミヒャの動きが一番西の端にある部屋で止まった。少し城から飛び出すような、いびつに位置する部屋。ミヒャは真っ暗な部屋の中を真剣な眼差しでジッと見つめる。僕達の顔を向けると、部屋を顎で指した。


「ビンゴみてえだ」


 カルガは小走りで窓枠の下へ滑り込む。僕もそのあとに続く。


「ここか。中は?」

「⋯⋯大丈夫。誰もいない」


 カルガは立ち上がり、窓を見つめる。小さな刃先のカッターを取り出すと、鍵の見える場所を丸く斬り抜いていった。丸く切った跡を刃先でゆっくりとこじると、丸く切り抜かれたガラスが斜めに傾く。そのガラスの端を丁寧に布で掴み、ゆっくりと引き抜いた。窓にポッカリと穴が開くと、手を突っ込み中から鍵を外す。


「ほら、行くぞ」

「泥棒みたい」

「いいから、ほら急げ」


 音を立てぬように静かに忍び込んだ。ミヒャが言っていた小さな祭壇らしきシルエットが見える。


「間違いないか?」

「間違いない」


 ミヒャが力強く言い切ると、暗闇の中、地下への入口を探した。手探りで床や壁をまさぐる。ミヒャは部屋の隅々を覗き、カルガは壁を端から静かに叩いていた。


「おい!」


 カルガが、静かに叫んだ。その声に僕とミヒャは急いで駆け寄る。


「ここの壁の音が違う。この先は空洞だ。何か仕掛けがねえか? 見てみろ」


 ミヒャがカルガの指示で壁をゆっくりと見て行った。上から下へと見落としがないようにゆっくりとした動きを見せる。真ん中辺りまで来てミヒャの動きが止まった。壁を撫で、何かを探している。ミヒャが壁の一部を押すと、ガシャっと鍵の外れる音が聞こえ、壁をゆっくりと押すと何か空間が現れた。

 暗すぎて何があるのかさっぱり見えない。カルガも同じなのだろう、イラ立ちを隠さずミヒャへと問いかけた。


「何だ。これ?」

「⋯⋯階段だ。行くぞ、そこを閉めたら灯りを点ける」


 僕がゆっくりと手探りで扉を閉めると、暗闇からカチリと音が響いた。それを聞いたミヒャはランプに灯りを灯すと、螺旋状の長い階段が目の前に現れる。僕達は黙って下へ、下へと向かった。この先で何人の子供が命を落としたのか⋯⋯そう考えると憂鬱になって行く。

 どれくらい下ったのだろう。コツコツと階段を同じテンポで刻み続ける三人の足音が静かに響いた。時間の間隔はかなり狂っていると思う。そこまでの時間は経っていないのか、長い時間が経っているのか。

 階段を下りきると鍵の掛かっていない扉があった。扉を開けると、剝き出しの石に囲まれた狭い空間が現れる。あるのは、積まれた石の間に見える頑丈そうな扉が一枚。

 これか。

 三人がその扉を睨む。忌まわしき場所に通じる扉。

 僕はひとり扉の前に進み出て、すぐに解錠の準備に取り掛かる。ありがたい事に錠前ではなく、鍵穴式の扉。

 ツイている。

 多少複雑でも問題ない、僕は渡されたランプの灯りで鍵穴を照らす。オレンジ色に揺らめく鍵穴を覗くと扉を守るシリンダーのピンが見えた。


「どうだ?」

「問題ない」


 鍵の留め具を外した。鍵は開けなくてもいい、シリンダーのピンを一本付け替えてしまえば今ある鍵は無効化出来る。ドアノブを外すと剝き出しのシリンダー部が露わになった。一番奥にある6本目の上下に分かれているピンを抜く。


 ガシャン!


 背中から打ちつける大きな金属音が聞こえた。


『アーウィン!』


 ふたりの呼び声に振り返ると目の前には絶望的とも言える光景が広がる。カルガとミヒャ、ふたりとの間を隔てる鉄格子が下りていた。

 最後のピンはいじってはいけなかったのか? 最後のピンをいじった事で鍵をこじ開けたと同義と判断されたか? ミヒャの目には焦りが浮ぶ。


「マズイ! 何かしらの魔術的結界を張っていたぞ。破られた事ですぐに人がくる!」

「チッ!」


 焦るふたりとは別に僕は冷静だった。ピンの入れ替えは終わった。あとは元に戻せばいい。


「カルガ。これ預かって」


 使わない道具と、店の鍵を渡した。


「ミヒャ、ここで君が見つかると全てが終わる。急いでここを離れて。カルガを宜しく。カルガもミヒャの言う事をちゃんと聞いてね」


 鉄格子を持ち上げようと握るミヒャの手を強く握り締めた。勇者といえど、これが上がるとは思えない。言い淀むミヒャの赤い瞳を僕は真っ直ぐ見つめた。


「しかし⋯⋯」

「急いで! 一本道だよ、敵が来たら一発で終わる。僕は大丈夫。武器を持たない無抵抗な人間を殺しはしないでしょう」

「ミヒャ行くぞ! アーウィン、すぐに助ける」

「必ず!」


 背中を押すつもりでミヒャの手を放した。ミヒャの瞳は珍しく弱気を見せる。僕は黙って頷いて見せ、鍵の作業へと戻って行った。

 ふたりの階段を駆け上がる足音が遠ざかって行く。背中に遠ざかる気配を感じながら目の前の鍵に集中した。シリンダーを嵌め、ドアノブを元へと何事も無かったかのように鍵を元に戻していく。しばらくもしないうちに駆け下りて来るいくつもの足音が聞こえる。カルガとミヒャはうまく逃げたみたいだ。こっちも急がないと。

 駆け下りて来る足音はどんどん大きくなって行く。

 急げ! 早鐘のごとく打ち続ける心臓の拍動を感じながら、僕は最速で手を動かしていく。足音に急かされながら最後の作業を進めた。 

 カチっと扉のノブが回る。

 早く! 最後のネジを回し終え、使い終わった道具を扉の下に見える隙間から【召喚の間】へと投げ込んだ。


「何者!!」


 武装した衛兵が何人も飛び込んで来た。僕は振り返り、ホッと息をついて見せる。


「良かったぁ。閉じ込められちゃってどうしようかと思いましたよ」


 僕の開口一番に、衛兵達は怪訝な表情を浮かべた。思っていた反応と違う反応を見せる青年を訝しげに見つめる。


「ここで何をしている!」


 怒気を込めた詰問に、僕は驚いた顔を見せる。まさか怒られると思っていなかった。そんな反応を衛兵達にして見せた。


「特に何も、フラフラしていたら迷いこんでいました」

「ふざけるな! そんな妄言が通用するか! こいつを調べろ、武装していないか注意しろよ」

「武装なんて!? そんな危ない物持ってないですよ」

「うるさい! 余計な事をしゃべるな!」


 神官が鉄格子に触れるとゆっくりと上に上がって行く。衛兵達が僕を取り押さえると、持ち物をチェックしていった。何も出てこない様に隊長らしき狼人ウエアウルフが盛大に眉をしかめる。


「上に連れて行け! ここで何をしていたか吐かせろ!」


 衛兵に両脇を掴まれ、逃げようがない。僕は諦めて大人しく連行された。

 椅子とテーブルしかない、剝き出しの石壁に囲まれた部屋に連れて行かれ、椅子へと縛られる。 と、そこに見知った顔が現れた。


「騒ぎを聞きつけてくれば、君か⋯⋯。どういう風の吹き回しだい」

「誰? こいつ?」

「アーウィン・ブルックス。王都の鍵屋だ」

「へぇーこいつが」


 ユウとリアーナの勇者コンビ。ユウは眩しく光る鎧をしっかりと着込み、リアーナは白シャツにズボンという普段着に剣を脇に差している。パレードで良く見る利発なそばかす顔。

 そういえば、リアーナには気をつけろって言っていたね。改めて見るとリアーナの不敵な笑みが、不気味に映った。

 確かにコイツはヤバいオーラを感じる。

 舐めるように見つめるリアーナの視線から目を背けた。


「はぁー。君はどうして自らを貶める行為をしたのかな? シロだとしてもクロだとしても僕の理解の範疇からはみ出しているよ」


 ユウが溜め息まじりに言うと、リアーナは怪訝な表情で睨んでくる。値踏みするかのような鋭い眼差しで上から下へ舐めるように見られた。


「もう、こいつクロでしょう。面倒だからサッサと吐かしちゃおう。指の一本、二本折れば吐くよ。素人でしょう?」

「リアーナ、まずは話を⋯⋯」


 リアーナは後ろ手に縛られる僕の背中へと静かに回り込み、僕の指を掴んだ。

 バキッ! と右の小指があらぬ方向へと曲がる。小指から激痛が走った。


「ぎゃぁああああああ」


 あまりの激痛に叫び、涙を流す。この女、躊躇なくいきやがった。

 リアーナは僕の眼前で冷ややかな笑みを湛える。


「あとでヒールかければいいよ。死ななければいいんでしょう。ほらほら、あそこで何していたか言っちゃいなよ」

「な、何も⋯⋯していない。迷い込んだだけ⋯⋯」


 バキッ! と右の薬指も見た事がない方向へと曲がった。余りの激痛に叫ぶ事も出来ない。目を剥き涙目でリアーナを睨む。


「何、こいつ。生意気」


 リアーナの瞳が冷えていく。

 コイツに殺されるかも知れない。本気でそう感じるほどリアーナの瞳からは感情が消えていた。

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