第24話 記憶の糸

 クランスの街は静まり返っていた。窓から漏れるランプの灯りが静かな時を刻む。たまに漏れ聞こえる大きな笑い声。誰かがいい気分で酔っているのだろう。


「どうだ?」

「⋯⋯大丈夫だ。勇者もパーティーも張っている気配はない」

「それじゃ、行ってくるよ」


 鍵屋の裏口からそっと入る。灯りは点けずに気配を消し、必要な道具を、ぼんやりと輝く月明かりを頼りに探す。勝手知ったる我が店とはいえ、こう暗いと探しづらいな。目的の扉は錠前なのか鍵穴式なのか⋯⋯。錠前だと厄介だな。それこそレプリカを作らなきゃならないし、偽物とバレる可能性もある。鍵穴式なら、シリンダーの中にあるピンを細工すれば使っている鍵は無効化出来る。細工したとしても鍵屋を呼べばすぐに開けられてしまう。しかし、そんな秘密の場所に一般人を呼び出すものか? きっと最終手段だ。少しでも時間稼ぎになればとりえず今はそれでいい。

 鍵穴式である事を祈りつつ、道具の準備を進める。忘れ物はないようにと。

 扉を開き人がいない事を確認すると外で待つふたりと合流した。


「お待たせ」

「行くぞ」


 カルガの号令で僕らは歩き出す。究めて普通に、おかしな挙動にならないように歩いた。

 すぐそこに僕らを見つめる【鷹の目サーチアイ】がある事に誰も気づいていない。

 はす向かいの宿場の窓から覗く鋭い眼光。その鋭い光は鍵屋に向けられたものではなかった。


「あいつ⋯⋯」


 マインの口から零れる言葉。誰の耳にも届く事なく暗い部屋に溶けていく。一瞬の逡巡。黒い外套で身を隠し、三人の影を追う。見つからぬように細心の注意を払いあとを追った。


◇◇


 高い塀で囲まれた王城は王都とは長い跳ね橋で繋がっている。もちろん、何もなければ橋は跳ね上がったまま。幅のある深い掘りが城を囲い、他者を寄せ付けない。狙うのは城とは少し離れた所にある勇者の居住区。そこには城と繋がる隠し通路があると猫人キャットピープルのカタが教えてくれた。元々、ユウのパーティーメンバーだったという事で、事あるごとに王城へその通路を使って行っていたらしい。

 問題はふたりの勇者⋯⋯。


「大丈夫か、ヤツらはいねえのか?」

「⋯⋯いる。各々の自室に反応がある」

「どうするの?」

「どうするもこうするも、ここまで来て帰るわけねえ。行くさ」


 僕とミヒャは頷く。小ぶりな城くらいはある勇者の居住区を壁沿いに静かに進む。静まり返る居住区、夜目の効く獣人が警戒に当たっているのを遠目に見ながら息を潜め、裏口を目指した。ミヒャは見られたとしてもさして問題にはならない。暗闇でコソコソ蠢く怪しい二人組は一発でアウトだ。


「⋯⋯ここで待て。様子を見てくる」

「バックれるなよ」

「⋯⋯心配するな」


 ミヒャは堂々と隠し通路の様子を見に行った。敷地の隅にある木々に囲まれた一角。ミヒャ自身、気にも止めていなかった場所らしい。ミヒャの姿が暗闇に吸い込まれていく。カルガとふたり息を潜めてその姿を見つめていた。


◇◇◇

 

 さらに遠目から覗く鋭い眼光。三人の行方をつぶさに覗いている。耳を傾け、会話を拾っていった。何をしようとしている? 三人の関係性は? 会話から詳しく読み取れないもどかしさを感じながら観察を続けた。勇者の死と関連はあるのは間違いなさそうだ。そして、会話と建物の雰囲気からここが勇者の関連施設なのも間違いない。

 ここまでか。ここに長居するのは危険過ぎる。一旦引こう。少なくない収穫はあった。マインはそっと居住区から消える。辺りを警戒しつつ、宿へと戻って行った。


◇◇


 ミヒャは周りを少し気にしながら戻って来た。僕らを見ると軽く頷いて見せる。


「ヤツらの反応は?」

「⋯⋯大丈夫。自室から動きはない」

「行こう」


 ミヒャの合図で、小走りで向かって行った。木々の影に隠れた入口をミヒャは静かに指す。僕は小さなランプに火を灯し、その鍵穴を覗いた。

 カルガとミヒャが僕を背にして、警戒を最大限に上げていく。以前と同じくピックと先がL字に曲がっているピンテンションを取り出した。


「急げ」

「分かっている」


 カルガの声からも緊張が伝わった。僕は集中を上げていく。


「⋯⋯まずい。来るぞ、ランプを消せ!」


 ミヒャが小声で叫ぶ。僕は指先を止め、急いでランプを消した。立ち昇る消灯の煙が月明かりに薄く揺れていく。ボソボソと何かを話す声が近づいて来るが話の内容までは聞き取れない。僕達は息を殺し、気配を消す。警戒にあたる獣人が手にするランプの灯りが揺れ、目の前を過ぎて行くと安堵の溜め息を漏らした。

 僕は灯りを点けずに手の感触だけで、鍵穴をまさぐる。カチリと感触が指先に伝わりゆっくりとドアノブを回した。


「おまたせ」

「行くぞ」


 ミヒャを先頭に狭い通路を抜けて行く。土くれが剥き出しの掘り出しただけのトンネルを歩く。燭台すら置かれていない狭路を小さな灯りを頼りに進んだ。土を踏む三人の足音だけが聞こえる。口を閉じ、静かに進んだ。

 ミヒャがランプの灯りを消すと出口が近い事が分かる。緊張の度合いは一気に上がった。扉を少し開け、外の様子を確認していく。ミヒャが振り返り頷くと、カルガが警戒しながら扉の外へと出た、僕もそれに続いた。

 王城の敷地の隅に出ると、直ぐに壁際へと体を隠す。警戒にあたる人の数が先ほどより圧倒的に多い。当たり前といえば当たり前だが、王族と勇者でこんなにも違うものなのかと、少し驚いた。

 まずは、怪しいと考える地下の入口へと向かう。怪しいと言っても勇者が通された事がないという程度で、実際重要な場所なのかどうかは、行ってみなければ分からないとの事。そう言う事なら怪しい箇所をしらみつぶしに行くしかない、その思いは三人とも同じだった。


「ハズレ、ただの倉庫だ。次行くぞ」


 カルガの言葉にすぐに気持ちを切り替え次へと向かう。警戒の灯りが忙しなく動くなか、死角へ、死角へと飛び込み、次の場所を目指した。いくつものハズレを引き、疲労だけが積み上がる。前を行くミヒャも、カルガも慣れているのか疲れた様子を見せない。手慣れている。僕だけが少し荒い呼吸を見せていた。


「⋯⋯大丈夫か?」


 ミヒャが気遣い、肩に手を掛けてくれた。心配そうに見つめるルビー色の瞳にドキっとしてしまう。僕は何度も頷き、強がって見せた。ここで一番重要な動きをしなければいけないのは僕だ。もう一度自らを律し、目に力を込める。


「そういえば、召喚されると王様に謁見するのでしょう? 謁見した場所に近い所が怪しくないですか?」

「謁見した場所はどこだ?」

「⋯⋯すまん。はっきりとは分からない」

「使えねえ」

「カルダ!」

「⋯⋯ただ、玉座のある部屋ではなかった。広くない部屋で⋯⋯そうだ、小さな祭壇みたいなものがあった」

「おい、おまえ暗くても見取り図読めるだろう。祭壇がありそうな所はどこだ?」


 カルダが手早く地図を広げると、ミヒャが真剣な眼差しで覗き込んだ。口を一文字にし、厳しい表情を見せる。


「⋯⋯ここの聖堂に祭壇はあるがここではない。こんなに大きい部屋ではなかった。見取り図に載っていない場所なのか⋯⋯」


 カルダもミヒャの言葉に険しい表情を見せる。口元に手を置き逡巡していた。


「ミヒャ達はその小さな祭壇の部屋から外に出たの? それとも中を通ったまま城に行ったの?」


 僕の言葉にミヒャは眉間に皺を寄せ、必死に記憶の糸を手繰り寄せる。


「⋯⋯外に出た記憶はない。朝方だった。王との謁見のあと、広いダイニングルームに通され朝食を出された」

「朝か⋯⋯。小さな祭壇の部屋に陽光は射していた?」

「⋯⋯どうだったか⋯⋯。あ! 祭壇に向かって左から陽光が射していた。そうだ、左が眩しかった記憶がある」

「という事はさ、城の西側が怪しいって事だよね。朝日が射し込みそうな所にその部屋があるって事でしょう?」

 

 僕の言葉にミヒャは慌てて見取り図を再び覗き込む。あまり行かない場所、行った記憶のない場所を洗い出す。


「⋯⋯この辺りは近づかない。余り城に行く事もないが、それでもこの辺りに行った記憶がない」


 暗くて良く見えないが、ミヒャは少し興奮ぎみに見取り図を指していた。


「条件は合うか⋯⋯。その辺りに潜り込めるか?」


 カルガの言葉にミヒャは頷く。


「⋯⋯潜り込むしかない。他の選択肢があるのか?」

「ハハ、確かにねえな。アーウィンやるじゃねえか」


 カルガが僕の肩を軽く小突き、城の西側へと僕達は静かに回り込んで行った。

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