第11話 聖女の穢れ

 カルガは街道のぬかるみを歩く。馬車で眠るアーウィンを確認すると、馬車を抜け出て気になる事について確認に村へと向かっていた。村に入口をくぐり、真っ先に子供の声がする方へと足早に進む。

 開けた広場では、子供達が思い思いに遊び耽っており、たくさんの笑顔が弾けていた。


「あ! うさぎのおじさん! あれ? 今日はいないの?」

「ごめんな。今日はうちで留守番なんだ。また今度連れて来るからな」


 カルガの周りに子供が集まって来る。見覚えのある顔から、ひとりの少年の顔を探す。カルガは視線を激しく動かし探すがここには見当たらない。遊びに出ていない可能性は重々考えられるが、今日は太陽の日。みんな休みだ。体調が許すなら外に遊びに出るはず。少しばかりイヤな感じがする。


「なぁ、この間怪我したジョゼフはまだ遊べないのか?」


 カルガの周りにいる子供達が、顔を見合わせて首を傾げた。子供達は、何も知らない様子を見せる。


「一緒にまだ遊べないのか?」

「この間、遊んだよ」


 狼人ウエアウルフの男の子が手を上げた。

 回復はしている。カルガは子供達に悟られないように顔をしかめた。


「それじゃ、今日は治療院にでも行っているのか?」


 犬人シアンスロープの女の子が首を傾げる。


「治療院はお引越しするから、もうやってないよ」


 チッ! しくじった。カルガは心の中で盛大に舌を打つ。イヤな方の感が当たりそうで心のざわつきが止まらなかった。





「おい、起きろ」


 目が覚めて最初に視界に入るのがむさいおじさんとは、何ともな目覚めだ。僕は大きく伸びをして体を目覚めさせていく。


「もう、時間なの」

「いい度胸しているな。もういい時間だ、これで顔でも洗ってこい」


 カルガから水筒を渡され、ひと口含みすぐに吐き出す。欠伸をしながら顔を簡単に洗ってゆっくりと目覚めていった。


「悪い報せと悪い報せがある、どっちを先に聞きたい?」

「何だいそれ? どっちも聞きたくないよ」


 カルガの表情は至って真剣だった。物言いはさておき、芳しくないのは明らかだった。


「まずひとつめだ、治療院はもう閉めている。動くらしい、引越しの準備が終わっていたら今回は止めだ」

「止めになるのかい。それは、悪くないね」

「ふたつめ。あの女が目を付けた坊主が行方不明⋯⋯かもだ」


 僕の目は一気に冴える。その言葉の意味する所、かなりマズイ状況かも知れないって事だ。


「いつから?」

「今日だ。だからまだ行方不明、かもだ。ただ、誰も居場所を知らない。親も遊び友達も、夕方には帰るだろうって親も高を括っている。どう思う?」

「最悪の報せかもね。アテはあるの?」


 カルガは厳しい顔のまま顎を撫でる。


「ある。が、それが当たっていたら最悪かも知れない」

「⋯⋯彼女の秘密の部屋」

「そういう事だ。いずれにせよ、目的の場所だ。少し早めに動こう」


 僕は黙って頷き、ピッキングツールの入った革袋をポケットにねじ込んだ。

 治療院の奥にあるという秘密の部屋。まずはそこを目指そう。

 僕達の口は重く、足早に村を目指した。



 サーゴ村は思っていたより大きな村だった。人も多く、雑多な人種が行き交う。僕らもその中に紛れて行く。村というより小さな街の雰囲気さえある。小ぶりな建物がいくつも連なり、休みという事で店のほとんどが閉まっているが、休みを謳歌する人々が通りに溢れ、活気を作っていた。

 うす暗い夕暮れに溶け込み、目立たぬように注意を払って行く。村の外れにある一般的な教会の脇に治療院はあった。さほど大きくはないが縦に長い作り、教会に近づくと人だかりが出来ていた。カルガは目で待てと合図し、自ら様子を見に行く。僕はその様子を遠めから覗いた。

 並んでいる住人と、にこやかに話す姿。何やら驚いたり頷いたりしている。しばらくもしないうちにカルガは小走りで戻って来た。


「ラッキーかも知れんぞ。治療しない代わりに懺悔室でマリアンヌが相手をしている。きっと、お付きのヤツらは教会に付きっきりで、治療院はもぬけの殻だ。行くぞ」


 治療院の裏口に回る。僕は鍵の形状を確認してピックとテンションを革袋から取り出す。

 カルガはしゃがみ込む僕を隠すように立ち、周りに目を配った。

 一般的な鍵の形状、あっけないくらい簡単にカチリと回る音がする。


「開いた」

「さすがだな」

「急ごう」


 扉から静かに飛び込む。長めの細い廊下が、気持ちが悪いほど静まり返っていた。静寂が不気味にのしかかる。

 入口から離れた奥まった所に、秘密の部屋はあった。鍵はオーソドックスな古いタイプのウォード錠の錠前。中の形状をまずは探る。

 ちょっと複雑だな、ピックを代えて再度鍵穴をまさぐった。


「いけるか?」

「これくらいなら問題ない」


 鍵の形状を、手に感じる感触から想像していく。床に並べたツールから最適解を選び直し、またそれを鍵穴へと突っ込みまさぐる。

 カチリと小さな音を立て錠前が外れた。

 僕はカルガへ目配せし、鍵をゆっくりと外す。カルガは扉の中を覗くと飛び込んで行く。僕も焦ってそれについて行った⋯⋯。

 入った瞬間、吐き気をもよおす。

 胃からすえた物がせり上がり床にぶちまけそうになった。


「吐くな」


 カルガは小声で叫ぶ。

 目の前に広がるこの世の物とは思えぬ光景。小瓶に入ったいくつもの目玉がこちらを向いている。指のような物が入った小瓶もいくつも並んでいた。僕は目を凝らしてそれを見る。

 子供のペニスだ。

 悪趣味にも程がある。カルガも盛大に顔をしかめ、言葉を失っていた。想像を絶する下衆な光景を前に立ち尽くしてしまう。

 カチャカチャと小さな金属音が聞こえ、僕達は音の鳴る方へと急いだ。


「ジョゼフ!」


 カルガが小さな声で呼びかけた。一糸まとわぬ姿で両手と両足を繋がれている。

 しかも、左目はくり抜かれ、ご丁寧にヒールを掛けられていた。

 酷い。むごい。

 人とは思えぬ所業に、沸々と心が沸き立つ。


「ジョゼフ、もう大丈夫だ。オレ達が必ず帰してやる。いいな」


 恐怖に震えながら、ジョゼフは黙って首を縦に振った。残った右目からボロボロと涙を零す。僕は急いでジョゼフを繋ぎ留める枷の鍵を開けに掛かる。


「あれ? おかしいな⋯⋯こんな簡単な鍵⋯⋯」


 僕の手はガタガタと震え、定まらない。鍵穴にピックが上手い事入ってくれない。尋常じゃない程の汗が流れ落ち、焦れば焦る程上手くいかない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」


 呼吸が乱れて行く。


「落ち着け」


 カルガが僕の目をしっかり見つめ呟く。


「大丈夫だ。落ち着け」


 その言葉に大きく深呼吸をして頷いた。

 落ち着こう。


「ごめん。もう大丈夫」

「よし、オレはヤツが確実にここに来るように仕向ける。すぐに戻るから、胸くそ悪いが、しばらくここで大人しくしていてくれ」

「わかった」


 僕は枷の鍵を外し、ガタガタと震えの止まらないジョゼフの肩を抱き落ち着ける。相当に怖い思いをしたのが分かる、ジョゼフは、一言も発する事なく震え続けていた。


「ジョゼフ、ヤツがお前に何かする事はもう二度とない。オレ達が出来なくする、だから心配はするな。もう少しだけ辛抱してくれ。いいな」


 ジョゼフは震えながらも、カルガの言葉に頷いた。カルガは笑顔でジョゼフの頭を雑に撫でると、僕の方を一瞥し、跳ねるように扉の外へ消えて行く。

 僕とジョゼフは、部屋の片隅で肩を寄せ合いじっと待つ。


「大丈夫。もう少しで終わるから」


 僕は自分に言い聞かせるようにジョゼフへと呟いた。




 

 ひとりがやっとという、狭い懺悔室へ入る目つきの鋭い男。

 互いに顔は見えない。見えるのは口元だけ、笑みを絶やさぬ薄い唇と、固く結ぶ無精ひげの口元。


「あなたのお話を聞かせて下さい」


 柔らかな声色が狭い部屋に響き渡る。固く結ばれた口元から冷笑が零れ落ちる。


「そうだった。今日は神父さんじゃなかったな」

「ええ。今日は特別に⋯⋯」

「ハハハハハ、いかれたババアに懺悔する事なんてねえなぁ。お前が悔い改めろ」


 薄い唇から笑みが消え、明らかに不機嫌な様相を見せた。無精ひげの口元はさらに笑顔を深めて行く。


「口が過ぎません事」

「てめえがやって来た事を悔い改める時が来たんだ。地獄でしっかり懺悔しろ」

「何をおしゃっているのか、わかりかねますわ」


 カルガの口元が冷たく口角を上げた。


「ジョゼフは救われた、残念だったな」


 カルガは静かに語り、扉から何事もなかったように出て行った。


「お先」


 後ろに並んでいた男の肩をひとつ叩き、小走りで治療院へと戻って行く。


「次の方。お入り下さい」


 背中越しに牧師の呼び込む声が聞こえる。さて、どの面下げて懺悔を聞くのやら。カルガは口元に笑みを浮かべアーウィン達の元へと急ぐ。

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