第19話 重なる
いつもの待ち合わせしているところまで戻ってきた。
ラジオ体操に行く小学生が公園まで走っていく姿が見える。まだ、そんな時間。
「香織、今日の夕方は時間ある?」
「……うん、大丈夫」
「じゃ、今度は夕陽を一緒に見ないか?」
「うん。私も悠くんに夕陽を一緒に見ないって言おうと思ってところ」
「じゃ、六時頃にここで待ち合わせでいい?」
☆
約束して一旦別れ、自宅に戻る。今朝は収穫作業は休むと言ってあるので、そのまま自室に戻ってベッドに転がった。
いつの間にやら眠っていたようで、壁の時計を見ると八時を少し過ぎたところを針が指している。
家の中が珍しく静か。両親は会社に出勤した後だし、祖父母は道の駅に出荷に行った後は日帰り温泉に行くと行っていたっけ。
スマホの通知ランプが点滅しているので見ると、恋春からのメッセージ。珍しい。
『おはよう。よく寝ていたようだから起こさなかったよ。今日私は友だちのところで宿題やるからお兄ちゃんとは遊んであげられません。ごめんね(笑)』
宿題のラストスパートか? 何時もだったら俺も同じだけど今年は香織に誘われたおかげで早々に課題は終わらせられたから余裕だな。
寝起きのボーッとする頭でさっきの香織の顔を思い浮かべる。つうと一度だけ頬を流れた涙。その瞬間に忘れていたあの時をあの顔を思い出していた。
(あの娘、香織だったんだ)
中二のときの文化祭初日。文化祭実行委員だった俺は、手が少し空いたので体育館裏に休憩に行った。そのときにベンチに一人で座る女生徒を見かけんだけど、寂しそうで、本人は気づいてなさそうだったけど、涙をこぼしていた。俺と同じ二年生らしく、どうしても声をかけなくてはならない気がして突然に声をかけてしまった。
ちょと強引に一緒に文化祭を回ることを提案し、これまたしつこい程に一人でいる彼女のおかれた状況を聞いてしまった。聞いたところで漫画じゃあるまいし、俺個人では解決できないのはわかりきっていたので彼女のクラスの担任教師にはなんとかしてあげて欲しいと伝えた。その話を担任教師にした途端、何か合点がいったようで「任せろ」と言ってくれたのでホッとした。
翌日文化祭二日目はあんな事があって中止となり、俺自身混乱してしまい文化祭実行委員としての事後処理に追われたりして彼女のことは段々と忘れていってしまった。そもそもなんで担任教師に相談なんてしたのかさえ覚えていない。
(今と違って当時の彼女は髪の毛は短かったし、メガネもしていなかったし、体の線も今よりずっと細かったから、全く気づかなかったよ……)
☆
徐々に目が覚めてきた。
「だからか? 最初から俺のこと知っていたのは」
あの田んぼでの再会からの香織のいろいろな言動、落ち込んだりやたらと明るくしたり、俺との距離が凄く近かったり、に納得がいく。……いかないのもあるけど、それはそれ。
(えっ、もしかしたら香織の俺への好意は中学の頃からずっとだったりして? いやいやそれは流石に自惚れ過ぎだな。でもそうすると何時からなんだろう……)
過ぎたことはもういい。
もう決めたんだから前を向いて行こう。
今日、はっきりさせるだけ。
時間の経過が遅い。いや、遅く感じているだけか。
めったに無い家で一人きり。漫画みてアニメ見て本読んでスマホゲームして一通り思いついただけやってみたけどまだ三時。
「なんだか緊張してしまって、時計ばかり見ている気がする……いっそのこと、もう……いやいや、まだだまだだ」
ヤバい。独り言まで言うようになっている。
LINEを開いて郁登にメッセージを送る。
一応、彼女持ちの先輩なので何かいいアドバイスでももらえたらと思う。
『郁登、今時間ある?』
直ぐ既読が付く。
『平気。つか遅かったな』
『遅い? 何がさ』
『おまえからの連絡。とうとう決めるんだろ?』
……なぜバレてる?
『どうしてそれを?』
『優美が彼女、真島さんに捕まっている』
あ、そういうこと。
『悠、おまえの緊張感が彼女に伝わってしまってテンパってるって感じじゃないのか?』
『それもあるだろうけど、それだけではないと思うんだ』
香織も香織で決めたんだと思う。再開してたった三ヶ月だけどかなり濃密に過ごしてきた。だから理由が判明すると、彼女の言動がよく理解できるようになっている。
『あらら、ごちそうさま。まさか、悠はそんな惚気を聞かせるためにメッセージ送ってきたのか? 長年連れ添った夫婦感ってやつか』
いや夫婦じゃないし、そもそもまだ付き合ってもいないし……
そんなこんな郁登に相手してもらっている間に待ち合わせの時間になった。
☆
「ゆ、悠くん今朝ぶり」
「あ、ああ。行こうか」
妙な緊張感が漂ってしまった。何を話せばいいんだ?
……二人して無言のまま目的地、うちの田んぼ、再会の田んぼに着いてしまった。
あの時植えたばかりの苗は今大きく成長して稲穂がついてきている。
今回は俺がレジャーシートを持ってきたので、二人して並んで座る。
「ここに来るのも久しぶりだね。ここで悠くんに会ったんだよね」
「そうだな。俺はしょっちゅう草取りに来てるけどな」
……違う。そんな話をしたいんじゃない!
日没まで後五分ほど。意を決せ、俺。
「な、なあ香織。俺、かお……」
「ごめんなさい」
えっ? えっ? えっ????
「いえ、違うの。あのっ違うけど違くなくて……」
オロオロしだす香織を宥めよう。
「待て。分かった、一旦落ち着こう。深呼吸をして、す~は~」
「悠くん。悠くんの言葉を聞く前に私に一言だけ言わせてください」
「うん。わかった」
「私は中学の頃あなたに助けられました、救われました。その時私はあなたにお礼も言わず本当に失礼なことをしたと思っています。すみませんでした。あの時あなたが私を見つけてくれたから、あなたがいてくれたから、今の私がいるのです。あなたは大したことはしていないと思うかも知れませんが私にとっては凄く嬉しいことでした。本当にありがとうございました。
あと、一言とか言ったのにごめんなさい。もう一つ言わせてください。
あなたのことがあの時からずっと好きでした。悠くん、あなたのことが大好きです」
香織はもうボロボロ涙を流している。俺も泣いている。
「俺こそありがとう。こんな俺のことそんなに想ってくれて凄くうれしい。俺も香織のことが好きだ。大好きだ。俺から告白しようと思ったのに先越されて悔しいよ」
へへへ、二人して笑った。
香織を抱きしめた。
いつの間にやら夕陽は地平の向こうに隠れてしまっている。
俺たちは見つめ合い、そっと唇を重ねた。
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これで一章的なものが終わりです。
次からはドタバタになっていく予定です。
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