第10話 東口

 お盆の期間に入るとうちには結構な来客がある。親戚などがあちこちからやって来ては線香を上げていく。盆と正月ぐらいしか会わない人たちなので、全然顔と名前が一致しないが、多分向こうも覚えてないはず。俺や恋春を【坊主】【嬢ちゃん】呼びだもんね。それくらいのことだけでお盆中は特に何事もなく、最後の日はうちで採れた胡瓜と茄子で馬を作って送り盆した。



 お母さんの実家に行っている香織からは毎日LINEで『突かれた』『秋田』『知らない親戚とか大杉くん』などくだらないメッセージが来ていた。 マジ反応に困るからやめようよ。


 ピコン 香織からメッセージ


『ねえ、明日恋春ちゃんとこっち来ない。一緒に遊ばない? こっちソッチと違うからおもしろいかも?』


『こっちってどこだよ。香織んちのお母さんの実家いなかってどこよ』


『なります』

 は?


『どこになります?』


『違う~。成増になります。板橋区成増だよ』

 ダジャレかよ。なんだ、実家いなかじゃなくてもろ都会だね。


『でも、成増じゃモスバーガーの一号店ぐらいしか見るとこないから、池袋行こうよ。ソッチからも電車一本だし』

 いや成増だって色々あるのでは? まあ、コッチからじゃ行きづらいから池袋で良いんだけど。


『恋春に聞いてみるから待ってて』


『うい』



「なあ、恋春。香織がさ、いま東京にいるんだって。で、明日遊びに来ないかって誘ってきたんだけど、おまえ行く?」


 俺の背に寄りかかって漫画を見ている、最近どんどん甘え方が酷くなっている恋春に聞く。俺の背から移動してひっくり返って今度は膝枕状態になった恋春は、「行く。お兄ちゃんも行くんでしょ? だったら行く」と言ってくる。


『恋春も行くって。何時に何処が良い?』

 香織にメッセージを送る。すぐに既読が付き返信。


『一〇時にいけふくろう前で』


『いけふくろう、ナニソレ?』


『行けば分かるよ。じゃ、明日』


 俺池袋ってビックカメラしか行ったことないんですけど。それも人の後ついて行っただけだったから、目的の出口に出られるかさえ怪しいんだよ? 東の西武に西の東武って何さ。



「お兄ちゃん、明日何時?」


 膝枕に寝転がったままだった恋春は、いつの間にやら俺の腹に抱きついて頭をグリグリしている。俺が小学生の頃は両親共働きだったから、ずっと俺が三つ下の恋春の甘える相手だった。【お兄ちゃんが中学上がってから暫く相手してくれなかったせいで溜まった甘えた成分を今になって吐き出しているんだ】って恋春は言うけど甘えた成分って何さ。この前母さんに俺らのこの姿見られてドン引きされていたの忘れたのか? 父さんは羨ましいって泣いていたけどな。


「一〇時にいけふくろうの前って言うから、八時半ころ家出れば間に合うんじゃないかな」

 スマホで経路検索して伝える。


「わかったぁ。じゃお風呂入って明日着るもの用意しよっ。お盆の時来た叔父さんにお小遣いもらったから丁度いいや」


 じゃね、おやすみっと言って恋春は俺の部屋を出ていった。


 え、お小遣い? 俺もらってないけど。ズルくない?



 池袋駅。JR・東武鉄道・西武鉄道・東京メトロが乗り入れ、全体の一日平均利用者数は約二六三万人という。……さっき調べた。茨城県民総出ぐらいじゃない? なんでこんなに人いるんだよ。祭りかってーの。さて、改札を出たら案内看板通りに進めば間違いなくいけふくろうに着くらしい。……良かった。


 迷わずいけふくろう像の前に着いたが、香織はまだ来いていないようだな。


「おーい、おまたせ。悠くん、恋春ちゃん」


 数分後、香織も着いた。今日の香織のコーディネートは、青系のノースリーブワンピースにスキニーパンツ、足元はエスパドリーユを合わせている。


「香織。今日の服装は大人っぽいな。似合っていていい感じだな」


 素直に思ったとおりに褒める。香織はカタカタと変な動きして恋春の後ろに隠れた。あれ?なんか変なこと言っちゃたか?


「あうあう……」


「香織さん。お兄ちゃんですから。いつも通りですよ」


 なにか小声で恋春が香織に言っているが、ここは雑踏が煩すぎて何を言っているか聞こえない。


 因みに恋春はグリーン系のワッシャープリーツのスカートに可愛らしい白のプリントTシャツ、足元はスニーカーのコーデ。こちらもかわいいので出掛けに褒めたら何故かグーパンされた。


 俺?白サマーニットにスキニー。靴はサンダルだと逆に暑そうだからスニーカーにした。女の子二人のおまけみたいなものだから地味目にな。


 さて、香織も復活したようなので聞いてみよう。


「なあ、香織。俺、池袋って全然わかんないんだけど何かプランあるのか?」


「ふふふ。よくぞ聞いてくれました」

 胸を張って偉そうだけど、目のやり場に困るから止めて。


「え~わくわく♪ 香織さん、どこに行くのですか? あと、私。お洋服とかのお買い物もしたいのですが、良いでしょうか?」

 恋春も興味津々でウキウキ顔になっている。


「小春ちゃん、もちOKだよ。……ふっふふふふ。じゃ~ん! 水族館チケットぉ~」

 バッグの中からなんとサンシャイン水族館のチケットが三枚出てきた!


「「おおっ」」


 定番といえば定番かもしれないがお財布事情がアレな中高生にはプレミアムチケットに見えるぞ。でも、どうしたのそのチケット。お高いでしょう?


「叔父さんに貰った。なんか株主優待のチケットだけど水族館なんて行かないからってもらった」


 おうっおじさんGJ! ていうか、叔父さんて生物は女の子にしかお小遣いとかチケットとか良いもの渡さないの?










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 勢い余ってサンシャイン水族館を目的地に設定してしまったが、もう何年もサンシャイン水族館どころか池袋にも行ってないことに気づいた。……どうしよう。「成増になります」が言いたかったばかりに_| ̄|○

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