私は待つのが嫌い
まさきまひろ
私は待つのが嫌い
今日は彼とのデート。
約束の時間はとうに過ぎている。
彼が遅れてくるのはいつもの事で、私がぼーっとして待っているのもいつもの事。
「ごめん、待った?」
「ずっと待ってたよ!」
私は不機嫌な振りをして言う。
「いやぁ寝坊しちゃってさ、ごめんね。」
「いつもいつも寝坊!たまには時間通り来てよね!」
私は待つのが嫌いだ。
ただ人を待たせるなら自分が待つ方がいいと思っている。
だから私は、いつも約束の時間より早く待ち合わせ場所に着くようにしている。
彼はいつも寝坊しているらしい。付き合い始めた当初から結構な頻度で遅刻し、言い訳するにもいつも寝坊としか言わないからはじめは疑ったものだけど、最近は慣れてしまったのかなんとも思わなくなってきた。
はじめの方は怒りを抑えきれず何度も喧嘩したものだけど、デートに遅刻する以外は私の好みな彼。
容姿や性格、さり気ない気遣いができるところとか。
なにより笑顔が好きだ。
私は彼の笑顔に一目惚れしたのだ。
そんな私たちだけど、気がつけば付き合ってかれこれ5年ほどになる。
高校のころから付き合いだし、今では大学生。来年には就職も控えお互いに就職活動の合間を縫っての久しぶりのデートである。
彼との夕食。
いつもなら絶対に足を運ばないであろうレストランでの食事も終わり家路につく。
お互いの家のちょうど中間辺りに位置する公園。待ち合わせもデートが終わって分かれるときもいつもこの場所。
「今日は奮発したのね?」
ベンチに座り彼をからかう。
「いつもこうなら君は喜んでくれるのかな?」
彼は苦笑しながら言う。私の好きな笑顔、少し照れたようなくすぐったい笑顔。
「私は別に、あなたと一緒なら…」
「ちょっと話があるんだ。」
「え?」
「あぁーいろいろ言葉を考えてみたけどわからなくなったよ。」
「…なによ私に告白してきたときと同じこと言ってるわよ。」
「そうだったっけ?」
「そうよ…」
「うん、俺は口下手だからね。」
「自分で言ってたら世話ないわね。」
「………俺と結婚してください。」
私の好きな笑顔で彼は指輪を出す。
「こちらこそ…よろしくお願いします。」
彼が好きだと言ってくれた笑顔で私は応えられたかな?
結局籍は入れたが一緒に住むのは大学を卒業してからにしようと話し合って決めた。
お互いに両親や親しい友人には報告している。報告を聞いたみんなは大学を卒業したら結婚するだろうと思っていたらしい、うれしさと恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。
今日は大学生としては最後のデート。
私はいつも通りぼーっとして待っている、彼はまた寝坊だろう。
「今日はいつもより輪に掛けて遅いわね…?」
彼は遅刻の常習犯だが遅れるといっても長時間持たされたことはない。
一番待ったときで30分ほどで、今日はすでに約束の時間からは20分経っている。
「連絡もつかないし、ホントなにしてるんだか…」
彼は遅刻する際、必ず連絡はしてくれる。連絡が来た時点で大体遅刻しているのだけど。
大学生最後のデートで新記録を樹立するのではないかと私は少し不機嫌になる。
友人たちは怒ったほうがいいと言うけれど、これが惚れた弱みという奴だろうか?怒っても彼の笑顔と『ごめんね』だけで私は許してしまう。私はちょろいのかもしれない。
約束の時間から1時間が経った。
彼は未だに来る気配が無く、連絡もつかない。
「ホントにあいつ!いつまで待たせるの!」
彼の家まで直接行こうと思いベンチから立ち上がる。
公園を出て彼の家に向かい歩く。大通りの交差点で信号待ち、彼の家はもう目の前。
事故でもあったようで交差点の隅にはフロントのひしゃげた車。道路には長いタイヤの跡。
数台のパトカーと目撃者だろうか?聴取されている人や野次馬。
「信号無視だって…」
「子供が跳ねられそうに…」
「男の人が飛び出して…」
信号が変わる。
今思えば彼は確かに遅刻の常習犯だ。
信号が変わる。
遅刻するときは連絡があるはず…
信号が変わる。
今日も彼は遅刻だ。
だけど………連絡は…なかった…
信号が変わる。
ずっと握っていたスマホが振るえる。
画面には彼の名前。
私は考えてしまったことを頭の隅にやり、安堵と共に電話に出る。
「あんたいつまで待たせるの!?」
電話に出て第一声、しかし聞こえてきたのは『ごめんね』と言う彼の声ではなく。
「○○病院の○○と申します。奥様の○○さまの携帯電話でよろしかったでしょうか?」
「……え?」
スマホから知らない声。
確かに彼の番号が表示されていたのに…
私は待つのが嫌いだ。
信号は青く光っていた。
大学を卒業して私は就職した。
彼と住む予定だった家には私一人の荷物しかない。
一人で住むには少し広い部屋、二人で住むには少し狭い部屋。
彼と二人で言い合って決めたマンションで私は仕事に向かう準備をしている。
気がついたらこの生活も2年目。
いつ目が覚めるかわからない彼を待って2年目。
私はまだ笑えていますか?
私はまだ待っていられますか?
「もうわからなくなっちゃったよ…」
洗面所にある1本の歯ブラシ。
1つしか使われることの無いペアのマグカップ。
なにも物が置かれていない部屋。
視界に入るたびに私の心は締め付けられる。
私は待つのが大嫌いだ。
それでも私は待つことにした。
望みは薄いだろうが私はそれに縋るしかないのだ。
仕事が終わり病院へ向かう。
彼が入院している病院。
彼がいる病室。
細くなった身体、肩まで伸びた髪。
よくわからない管があちこちにあるその姿は私の心を締め付ける。
私は何時ものように彼の手を握り、唇を噛み締め、
「…ねぇすごい遅刻だよ?私怒ってるんだよ?ずっと待ってるんだよ?」
彼はまだ目を覚ましてくれない。
あれから3年経った。
彼の両親が会いに来た。
彼の両親は泣きながら言った。
「君はまだ若い、まだやり直せる。息子のことは忘れた方がいい。」
「私は大丈夫です。彼は3年間遅刻しているだけですから…私は……私は待つしか…」
「私たちは君に感謝している。君には幸せになってもらいたい。きっと息子も願っているはずだ。」
私は…待つのが……
彼の両親と一緒に病院へ向かう。
3年間通っている病室。
彼の手を握る。
「あれから3年経ったよ?あんたは遅刻の常習犯だったけど、大遅刻じゃない。早く起きないと一生許してあげないわよ?」
彼の細い腕、腕から伸びる点滴のチューブ。
暖かかった彼の手は、今はとても冷たい。
「私はどうしたらいいかな?私はどうすればいいかな?」
「泣いてばかりで、笑い方を忘れちゃったよ…」
私はまた泣いてしまった。
私の好きな彼は目の前にいるのに、とても遠い。
「はやく…おきてよぅ……」
彼の手がぴくりと動いた気がした。
「………え?」
彼の顔を覗き込む。
「気のせい…?」
彼の手がぴくりと動く。
「嘘!?気のせいじゃない!え!?なっナースコール!?起きた!彼が起きたよ!」
駆け寄る彼の両親。
ゆっくり目を開ける彼。
「3年も…3年も待たせるんじゃないわよ!ばかぁぁ!!」
私は久しぶりに笑えた気がした。
結婚して4年目。
私はずっと待っていた。
「ごめん、待った?」
白いタキシードを着た彼は照れた笑顔で問いかける。
「ずっと待ってたよ!」
私は笑顔で応える。
私は待つのが好きなのかもしれない。
私は待つのが嫌い まさきまひろ @masakimahiro
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