七月八日
雨ではあるが、小雨。ぱらぱらと、噴水の水しぶきみたいに降っていた。風がほとんど吹いていなかったので、外はとにかく蒸し暑かった。気温が高い日の雨は、おまけにじめっとしている。ただでさえ暑苦しい作業着が、肌にベタっと張り付いていて、離れず、ことごとく嫌になる。分かってはいたが、お中元の時期は多忙だ。水分補給で、水をひとくちふくむ時間すらない。ただ永遠に流れてくる大小のダンボール箱を、鉛ではないと言い聞かせて、ひたすら頭上に積み上げる。積み上げる。無感情で積み上げる。あぁ、もう。宅配便の仕分けなんて、二度とやるものか。と、やけくそになりながら、強い誓いを小さな胸の中で何度も掲げた。やめてやる。こんなところ、今すぐにでもやめてやる。絶対に、絶対……。まあ、掲げて思うだけ無駄なことであるのは知っているが……今日は特に、誓いの数が多かったのである。つまるところ、派遣の人間が少なくて、仕分けの作業が遅れてしまい、その分休憩時間も大幅に遅れたからだ。作業が遅れるのは仕方がないことなのだが、湧き上がった不服というものは、減ることはなく、徐々に溜まっていく一方だ。当たり前ではあるが。溜まった不服はひとつも解消されず、ボーダーを超えたその時点で厄介な爆弾になる。真実は関係ない。何が言いたいかというと、今日も、グループ長の心無い言葉に傷ついたのだ。名前は若松という。おそらく年下だ。二十代後半くらいの、爽やかな雰囲気が印象的で、生粋の努力家。いわば秀才だ。若くしてグループ長の座に腰をかけて、みんなから期待をされ、なおかつ、女が好むような今どきの顔立ちが、さらに気に食わない。認めたくはないが、ぼくとは真逆の人間だ。そして、秀才であるがために、ぼくのような凡人には風当たりが強い。それも、本人は無意識なので、なおのこと嫌気がさすのだ。百歩譲って、彼には鬱憤というものが形成されないのだろうか。とにかく、凡人に対して正論をぶつけることが正義であると勘違いをしているのだ。それが、今日は特にひどかった。朝礼で出勤表を確認するや否や、派遣からの人数が少ないことを知ると、「あの人達って、仕事の優先順位が底辺なんですかね」と呟いたり、事務所の机から書類らしき物を取り出して、「こっちは遊びでやってるわけじゃないんですけど……」と言い放って、そのまま印鑑を強く押し当てたりしていた。その場に居た派遣の人達は、何らかの不服をそれぞれの胸にしまい込んだ違いない。それなのに、休憩で一服をしようと喫煙所へ向かった際に、若松とばったり会ってしまい、その後、挙句の果てには、「フリーターって、十八歳から三十四歳までの若者のことをいうんで、黒崎さんは入らないですよ。呼ぶなら、〝日雇い労働者〟じゃないですか?」などと、ほくそ笑みながらぼくに言った。何度も言うが、彼には鬱憤というものがないのだろうか。ここまできたら、道徳さえ疑ってしまう。いくら努力家だとはいえ、こんな人間がグループの長であっていいものなのか。疑問だ。とはいえ、彼の言う通り、日雇い労働者のぼくには、ここでの発言権はないに等しい。いや、ない。断言する。なんだか愚痴のようになってきた。そろそろやめよう。あゆちゃんの話は、また明日。
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