第7話 種族の呼び名

「すぐにでも出発したいところだが、まだやり残したことはあるか」

 食事が終わるとケイトは、ロゼに聞いた。

「ないわ。…何よ、ハーク」

「いや、一応突然押しかけて世話になったんだから、このまま退散ってわけにもいかないだろ」

 ハークの言葉に、ロゼとケイトは同じように嫌そうな顔をしたが、フィルはハークの肩を持った。

「里の者たちが、嬢ちゃんに獣を扱う稽古をつけてほしいと言っとった。どうだ、ひとつ協力してやってくれまいか」

「ここは聖獣博士どのの顔に免じて、協力してやろうぜ」

 ハークは、胸を叩いた。内心自分の力を試したい、という気持ちもあった。

「あんたは獣使いじゃないでしょうが。勝手に決めるんじゃないわよ」

「ロゼ。落ち着いて下さい。ものは考えようですよ。我々以外の獣使いの力、どれほどのものか気になりませんか」

「ああもう、あなたまでそんなことを…」

 アルフレッドの冷たい瞳も、興奮気味にぎらついていた。

 特に族長クジャールの存在を、アルフレッドは強く意識しているようだった。聖獣使いとの遭遇は、非常に稀なことであるためだ。


 場の流れにフィルはほっと胸をなでおろし、あとでハークに礼を言った。

「ハーク…おぬしはつくづく話のわかる奴じゃな」

「お互い様だよ。いつもありがとな」


「進んで厄介事に巻き込まれてどうする…」

 ケイトは眉をひそめた。

 一刻も早く立ち去りたかったが、王都セインベルクまでロゼらを連れてゆく必要があったので、そういうわけにもいかないのだった。

「次ケイトに何かあったら、ほんとうに許さないんだから」

 なんど言い聞かせても懲りないラピスラズリを横目に、しかし自分たちがいちばんの元凶だったなと思った。



 ロゼ一行が連れだって広場に出ると、里の住民がぱらぱらと集まって来た。

 里の男は、大半が獣使いだった。

 昨夜は、村のあちこちで獣の遠吠えがしたものだ。

 もっとも飼いならされた召喚獣たちなので、人間を襲うことはない。

 召喚獣たちも獣使いに連れられて物珍しそうに、寄り集まった。

「やっぱりロゼは、獣たちに特別好かれるのね」

 ラピスラズリは、あっというまに獣に囲まれるロゼを見て、頷いた。

「もちろん私も好きよ、ロゼのこと」

 意地悪そうにアルフレッドに目をやるが、まるで相手にされなかった。

 それよりも執拗に寄りつく獣たちを、何とか主人から引き離そうと牽制していた。

 アルフレッドもラピスラズリも、持ちうる能力により人の姿をしているが、四つ足の獣たちと変わりないことを、ロゼは理解していた。

 ロゼにとって彼らの姿かたちはあまり重要でなく、この者たちは彼女の目にさして違いなく映っていた。

 しかし、アルフレッドは自身のことをそうは思わない。

 紳士の姿でありながら、獣よろしく喉の奥でうなった。

「本能でしか行動できない低能どものくせに…」

「ああら、聖獣が無印の獣よりも優れているって、それ随分と傲慢じゃないかしら」

「無印、と口にする時点であなたも同じ考えでは」

「魔獣の私に難しいことはわからないわよぅ」


「私にわかるのは、ただ私たち『獣』とやらがあのへんの家畜たちとは違う生き物ってことくらいかしら」

 ラピスラズリは、馬小屋を指し示した。

 王都を中心とする急速な文明の波が及ばないこの村では、馬や牛、豚、鶏などが飼われ、自給自足の生活が営まれていた。

「人間は便宜上『獣』なんて一括して呼びますけどね。僕からすれば正直不快ですよ」

「あんたは自分だけが偉いって意味で言ってるんでしょうけど。私にしてみればね、大して変わらないわ。自然のなかで呑気に生きているんですから」

「あなたの被害妄想も、もう聞き飽きましたよ」



「すごい人気者だな、ロゼは」

 ハークは、目を丸くした。足元に猫が身体を擦り寄せてきた。

「人気者、ね。あんたも大概お気楽な奴だな」

 ケイトの含みのある言い方が、ハークにとって引っかかった。

 猫や犬や鳥は、ロゼに特別な興味を示さない。特に、ロゼが馬の扱いが下手なことは知っていた。

 のどかな陽気とは裏腹に、ハークの鼓動は徐々に早まる。

 ―「獣」だけなのか?

 頭上の梢からは、鳥の鳴く声がした。

「おまえ、何か知ってるのか」

「何か?」

「とぼけるなよ。レオセルダでもそうだった。カーニバルの夜に魔女に召喚された魔獣は、はじめからロゼに意識をとられてた」

 ハークは、獣に取り囲まれ、困惑しているロゼを遠巻きに見つめる。

 ―あの冷静なアルフレッドが、身体を張ってロゼの安全を確保しようと躍起になっている。それだけでなく、主人のケイトにしか興味のなさげなラピスラズリが、ロゼにだけはしつこく構う。

「ロゼは聖獣使いだから、特別なのかと思ってたけど…」

「さぁな。俺にもわからない。もっとも我らが聖獣博士どのにも、あの体質は説明できないらしいからな」

 ケイトはこめかみを抑えた。

 ハークは、こいつはいつも眉をひそめているのだなと、不意にどうでもいいことを思った。

 驚くほどのどかな田園風景だった。

 ちょうど、心地良い風がそよぎ、青い草の匂いを運んだ。

「師匠はロゼのあの体質を知っていて、近づいたんだろうか」

 思わず漏れたハークのつぶやきは、ケイトの耳まで届く前に、風に吹かれて消えた。

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