第4話 夜半

 突如、かん高い声が響いた。

 ラピスラズリの血を吐くような叫び声だった。

「くそぅ!離せ!!ケイトのことを悪く言うな!」

 とび出そうとしたところを、隣に控えていたアルフレッドに止められたらしい。

 人とも獣ともつかない声で喚き散らし、場内を騒然とさせた。

 すぐさま、しびれを切らしたアルフレッドにより、身体ごと板間にたたきつけられる鈍い音が響いた。

 それでもなおラピスラズリはもがいていたが、関節を封じられていたため、その叫びはしだいにくぐもり消えいった。

 当人のケイトは、族長の言葉など聞こえていないかのように、じっと身を固めていたが、ついに見かねて席を立った。

「すまないが、先に失礼する。アルフレッド、手間取らせて悪いがそのまま外に連れて出てくれ」

ケイトの言葉に、アルフレッドは視線でロゼの指示をあおいだ。ロゼは許可した。

「承知しました。ロゼ、お気をつけて。ハーク殿、あとはよろしく」


 大広間は、混沌と渦を巻いたような騒ぎだった。

「やはりあの女の姿をした獣は、魔獣だったか」

「身の毛もよだつようなおぞましい気配を出していた」

「それでは、銀髪のあの男が違法の黒魔術を使って―」

「こいつらも、ぐるなんじゃないのか。あんな小娘が聖獣使いなどと正気の沙汰ではあるまい。何か裏があるに違いない」

 ロゼとハークは時を逃し、動くに動けなかった。

 少ししたのち、平静を取り戻した族長の一声が一同の耳にいきわたるまで、怒号と非難の声に耐える必要があった。

 フィルの説得もあり、クジャールはようやく発作がおさまったように徐々に息を整えた。

「少々感情的になりすぎた。大切な客人であるあなた方に対しても、不快な思いをさせて申し訳なかった。フィル殿、ロゼ殿におかれては非礼を許してほしい」


 ハークは、ケイトの身元と立場について理解が追い付かず、騒ぎのなかでも呆然としていた。

 かたや、ロゼはたいして気に留めていないようだった。

 彼女にとって、魔獣であるラピスラズリから自然のものとは思えない「魔毒」とでも形容するような気味の悪い気配がしていたのは、そもそも会ったときからのこと。

 ケイトがその異常な力をとうてい制御しきれず、あの身体がどんどん蝕まれていることも、とうに勘づいていることだった。

 しかし、族長が自分と同じ聖獣使いといえども、このような排斥主義の輩を「同じ使命を負う」者たちとは、ついぞ感じなかった。

 少々哀れに思うのは、自分たちのことを慮って悲しそうに肩を落とすフィルのこと。

 それもロゼにとっては、ほとんど他人事のように感じていた。


 各所に置かれた燭台の火がじりじりと細くなるなか、その会合はとっぷりと夜が更けてしまうまで、特にとりとめのない話題で、居心地悪く続いたのだった。

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