第3話 糾弾
「私はクジャール。今は族長としてこの里を治めている。聖獣博士殿からすでに話は聞いた。ロゼ殿、私も貴女と同じ聖獣使いだ」
屈強な男であるクジャールは恭しく首を垂れた。
「従来この広間は女人禁制なのだが、此度はロゼ殿が、我々と同じ使命を担う同志であるということに免じて、目をつむるとしよう」
続く族長の言葉により、場内の獣使いたちは態度を軟化させた。
ロゼには、女人禁制の意図も獣使いの使命とやらも、とんと理解できず眉をひそめた。
助けを乞うように脇のハークに視線を投げかけると、困惑した目配せが返って来たので多少安堵し、それに応じる。
向かいのケイトは、ただ目を閉じていた。この空気のなか眠っているように感じられて、ロゼは無性に腹が立った。
フィルは、クジャールの発言を受けて申し訳なさそうに笑うばかり。
「嬢ちゃんは疲れ切っていたから覚えとらんかもしれんが、王都へ続く街道に架かった橋が、増水で流されてな。いつになるかわからん復旧を待つ代わりに、当初とは別の道を来た。その途中にあるこの里で、休ませてもらってたんじゃ」
「族長さんのご厚意あってのことだよ」
ハークの言葉にクジャールは気分を良くしたようで、傷跡残る土色の頬を引きつらせて笑みを浮かべた。
「獣博士殿にはたびたび世話になったからな。その頼みとあらば無下にはできるまい。加えて、このさきの山道は非常に険しい。存分に英気を養っていくといい」
フィルはクジャールの気遣いに、感謝の意を述べた。
なるほど行く先々に馴染みが多いのは快適な旅に不可欠なことであるらしい。そのことをロゼはここに来て改めて思い知った。
そして、連絡もなしに転がり込んだという立場上、フィルはクジャールに対して申し訳なさそうにしていたが、両者の関係はいたって対等、もしくはフィルのほうが上に思われた。
ハークは気を取り直したように、ロゼに話しかけた。
「この集落は獣使いの聖地らしいんだ。神獣についての伝承がたくさん残ってるんだって」
フィルも明るい声で応じた。
「そうじゃ。わしが知っている神獣のことは、ここで聞いたことの一部に過ぎない。嬢ちゃんと小僧が知りたがっていたことがわかるやもしれんぞ」
うむ、と誇らしげにうなずくクジャール。
「神獣の伝説は皆の知るところだ。里の民から存分に話を聞くといい。私からも言い渡しておこう」
あくびをかみ殺していた広間の者は、その言葉ににわかに活気づいた。
この里の獣使いたちにとって、神獣の伝承を語り継ぐことは自分達の誇りであるらしかった。
「一歩前進だな、ロゼ。旅を続けてきた甲斐があったよな」
ハークも嬉しそうに、身を乗り出していた。
「それはそうと」
突如態度を一変させた族長クジャールは、その鋭い視線をケイトに向けた。ケイトはずっと静かに気配を消していたのだった。
なめるような目で、彼の奇妙な銀の長髪と、片青眼を見定める。
「この青二才めは、以前王都で見かけたことがある。どうしてまたこんな僻地まで。王都の高級官僚ともあろう御方がわざわざその足で獣博士殿を警護なさっているとは驚きだ」
「王都も人手が足りないんでね。近頃の獣による各地の被害を考えれば、当然の成り行きだろう」
ケイトは視線を合わせない。いかなる感情も表に出してはいなかった。
クジャールは、「ああ、それで」と膝を叩いた。
「失礼。てっきり新たな魔獣使いの引き抜きで、この里まで来られたのかと。杞憂でしたな」
族長の言葉により場の温度は一変し、獣使いの民たちはざわつき始めた。
ケイトはそれ以降何も答えない。
ハークは、その沈黙が否定を意味することを信じたかった。
フィルは、ケイトの隣でわなわなと唇を震わせた。
「やめんか、クジャール。こやつは、違法で各地にのさばる獣使いを取り締まるという職務を担っている。魔獣使いの勧誘だと。王都に背くようなことを、くだらん思い付きで口にしないことだ」
「そのくだらん思い付きをするのが、セインベルクの王都だろうが。誤解を招かないために言っておくが、私はフィル殿のことは心底敬愛している。だが、王の意向はまた別の問題だ」
クジャールはおもむろに立ち上がった。長の恐ろしい形相により、場内のざわめきは一気に止んだ。
「我々は王都が実施している獣使いのばかげた「登録」とやらは済ませている。だが、けして服従しているわけではない。そいつをはじめとする国家の犬めには何度も煮え湯を飲まされてきた。獣博士殿も既知のことだろうが」
クジャールはなおも荒々しくケイトを指さし、弾劾したのだった。
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