第13話 対話
空は白み、高台から望む街は、一様にオレンジ屋根と白い外壁の建物群で構成されているのがよくわかった。
その美しさに対して、中心部の広場だけは異様な光景だった。
色とりどりのテントはなぎ倒され、潰れているものも少なくない。
そして、魔獣が歩いた道筋だけ、石畳は一本の溝のように瓦礫と化しているのだった。
しかし、街全体が落ち着きを取り戻しているのはわかった。
あたりが暗い間、あんなにも吹きすさんでいた風が今ではぴたりと止み、大気には朝露を含む冷気が感じられ、ハークは軽く身震いした。
「ロゼたちが心配だ。ケイト、街の下まで戻れるか」
「歩けるわけがない」
目を閉じたまま即座に返答する、ケイトの変わらない素っ気なさは、依然ハークをむっとさせた。
しかし、脇腹の傷口を抑え横たわったままの姿を見て、確かにこれは無理そうだと諦めるのだった。
どかっとその隣に座り込む。
「巻き込んだからには、魔獣を倒す秘策でもあるのかと思えば、成り行き任せで焦った」
「よく言う。無免許獣使いのお前らも、ただの素人集団だった」
「…たしかにそうかもな」
ハークは、剣を強く握りすぎて赤くなった手のひらに手をやった。
「少なくとも俺は、初めてあいつらの力を借りずに、獣と向き合ったよ。しかも初めて出くわした魔獣とやらと」
はぁ、とため息をついた。
高揚感よりも虚脱感。魔女は、目の前で身を投げた。
その強烈な光景が、脳裏に焼き付いて、しばらく薄れそうにない。
自分の言葉が彼女を死の淵に追いやった事実を認めるようで、高台を降りることに今更ながら恐怖を感じた。
しばしの沈黙の後、ケイトは体制を変えるのも苦痛らしく、視線だけハークに向けた。
「お前は、まだ修羅場ってものをくぐってないだけだ」
そういう彼のことは、出会ったときは気づかなかったが、どうも自分とさして年齢が変わらないように思われた。
そのわりに自尊心が高く、他者に高圧的なその態度だけは、ハークにとって終始気に食わないものだった。
しかし、師の言葉と同じ類の説得力を彼の言葉の端々に感じるのは確かだった。
改めてその容貌を見下ろすと、大弓をやすやすと扱っていたとは信じがたいほど、長身のわりに身体の線は細い。
さらに不自然な銀色の髪は、自らの魔力により人間の容姿をも蝕まれた証のように思われるのだが、それについてはもともと聞く気などなかった。
「それに」
視線を感じたのか、不愉快そうに眉をひそめたケイトは、あまりの痛みに小さく呻きながらも、体を起こした。
「仲間の聖獣と力比べしようというお前の発想自体が、馬鹿のすることだ」
「馬鹿って」
「聞け。人間は、自然に力では敵わない。だから獣と契約して力を得るんだろう。魔術や科学の知恵を求めるんだろう」
―だからといって、そのひ弱な精神は叩き直す必要があるが。
ケイトは、そこまで言うと激しく咳き込んだ。
「おい、本当に大丈夫かよ」
怪我で、というよりも明らかに自らの魔の力に消耗しているようだった。
魔女が、力を増すたびに苦しみに身をよじらせていたように。
「心配するな。まだ死ぬ気はない。俺にはやることが―」
ここでケイトは重力をなくしたように、ぐらりと倒れこんだ。
ハークは心底慌てふためいたが、ほどなくして気を失っているだけだということが判明する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます