1/fのゆらぎ

静寂

第2話 「犯素数」

 父は無口であった。というか無口であり続けるしかなかった。

 大学で数学の教鞭を取り50年、半素数一筋で我が家を支えてきた。

 

 毎晩、睡眠非導入剤を飲み、徹夜で半素数について研究を重ねた、いつだかは、病院で点滴を受けながら仕事をしたこともあった。

 

 口癖は「2018、2019、2020年なんだよな」だった。

 

 考えれば考え込むほど父の異常な研究心は悪化し、最近では錠剤を2錠飲む前に缶ビールを1本飲んでからではないと眠ってしまう危機的状態となっていた。

 

「お母さん。今日、友達と遊んで帰るので、夜遅くなるから晩ご飯いらないよ。」

 娘は一見、明るくはつらつとして家を出ていった。

 

「よし、行動を起こすか。」母親は一大決心をしていた。

 

「ただいま。」

 なんとかまだ、だましだまし仕事に行けている父親が19時過ぎに帰宅した。

 

「なんだか疲れたから、一杯やって非眠剤飲んで、また研究するよ」

 

 事は起こった。父親が半寝している間に大変なことが起きた。

 

 娘が、自宅の自室にて錠剤を多量摂取し、昏睡状態になっていた。

 

 原因は、父親が病院への通院を数日ずつ早くし、少しずつストックして貯めていた非眠剤が劣化し眠剤へと変貌していたのを知らず、受験勉強の為、娘がそれを飲んでしまったからであった。

 

 あんなにストックしていたブリキの薬箱の中身がほとんどなくなっているのを見て父は唖然とし、罪の意識で絶望感一杯となっていた。実はその箱を娘の部屋に置いたのは母であった。


 母は救急車を呼んだ。

 

 父はその瞬間、世紀の閃きを起こす。

 

「今日は えーと 2021年1月1日だから、そうだ、分かった。遂に分解した」父は何かの切れ端にメモし、その喜びで卒倒した。

 

 

 

 救急隊はすぐに到着し、父と娘を担架に乗せ病院へ向かった。

 

「父親の方はもうダメだな。」救急救命士が心臓に電気ショックを与えながら言った。

 

 救急車の中の、母親はニヤリと笑う。


 救急救命士は娘の胃の洗浄を優先する。

 

「2021は、1と2021又は、43と47とに素因数分解される」とのメモを父のYシャツの胸ポケットから母は抜き取る。

 

 母は父の死後謎を解く。因数分解とともに戸籍関係も解かれる。

 

「分かったわ。2021年3月1日か7月1日に絞られたわ。4は素数ではないから」


 

 史上最悪で最も非情な4による別れだ。そして犯素数が現れるその日を母は解き明かしてしまった。


「1月も怪しい」と母は毎日、迷い恐れている。


 その日が来るまで、私は母を尾行し、複数の顔を持つ犯素数から守ってやらなければならない。 


 2021年1月3日がまず来る。何も起こらなければ1月7日?3月7月


 2+0+2+1=5


 5月か………。犯素数の顔は数知れない。無限に存在する。


 これぞオカルトナティヴ。


「そう、因と数との飽くなき寛容としか言いようがない。いや、数字でなんか解決できない難事件に発展するぞ」警視長官は3つの手でデスクを想いきり叩く。


 ドン どん 丼!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る