日常は捻くれ者で溢れている
一ノ瀬樹一
廃墟編01
傷つけるつもりはなかったが、こんな時に何て声をかければいいのか、僕はわからなかった。大抵、泣いている女は放って置けば良いのだが、今はそれが出来ない。
二人っきり、こんな所に閉じ込められてしまっては――。まったく何でこんな事になったのか、自分の運命を呪う。
それにしても、さっきまで混乱していた頭は冷静さを取り戻し、不思議と落ちついていた。泣かせてしまった罪悪感からではないが、こんなにも大きな声で涙を流す彼女を見ていると、感情的になっている暇はない。この状況を脱する為には、僕がしっかりしなければ――と、心に決めた。
ところで、意外だったのは彼女が泣いた事だ。普段の彼女は良く言えば、冷静沈着。悪く言えば、冷めた印象の凛とした才女。まあ、二週間前に転校してきた彼女の事は、あまり知らないのが本音だ。確か、家は資産家らしいから、想像した通りのお嬢様なのだろうから、こんなにも顔を歪め、鼻水を垂らしている彼女には驚かされた。
育ちが良くても悪くても、人間である以上、泣く時は誰でも同じなのだと知る。
さて、彼女に対する考察はそれくらいにして、そろそろ本格的にどうやってここを脱出するかを考えるとしよう。ありきたりな展開ではあるが、二人ともスマホの充電が切れていて、助けを呼ぶ事は出来ない。その上、ここは廃墟となっている為、警備員が巡回している事もなく、偶然発見される可能性は低い。
まったく、考えれば考えるほど、最悪な状況に涙が出そうになる。しかし、ここで僕まで泣いてしまっては、彼女は余計に不安になってしまう。
男である僕は、ぐっとここは我慢をするしかなかった――はずだった。
「あーもう、イライラする!」
「え?」
突然、彼女が大声をあげて叫ぶ。そんな細い身体からは想像出来ないくらい大きな声で。
「どうした? 大丈夫か?」
あまりのストレスに、おかしくなってしまったのかと思った。しかし、実際は違った。
「まったく、この私が泣いているのだから、慰めの言葉ぐらいかけられないの? これだから、子供は嫌いなのよ。少しは、女に対する気遣いを学びなさい」
「…………」
そう言えば、こんな噂を聞いた事がある。転校生の彼女は陰で「メデゥーサ」と呼ばれていた。どんな意味で、そんな化物の名前で呼ばれているのかわからなかったが、どうやらこの辛辣な言葉から、そう呼ばれているのだろう。
現に、僕の身体は石の様に固まっていた。
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