夢で出会う二人のおはなし
もやし
十月十七日
腹が減った。もう夜の十一時くらいだが、夜食でも食べようか。そう思って冷蔵庫を開けたが何もない。他の所も探したが食べ物の在庫がなんにも無かった。
仕方がないので買ってこようと思ったが外に出るのが面倒くさい。コンビニはすぐ近くにあるのだがそうとしてもめんどくさい。
少々の葛藤の後に、めんどくささより空腹の方が勝った。今日は土曜日だから明日は学校もないし。
コンビニに行って、帰りに交通事故を目撃してたいへんに気分が悪かった。救急車を呼んで、目撃者として警察に見た事を話したりして、家に帰る頃には日付が変わっていた。完全に車の過失のようだった。
さっさと食べて気を紛らわせようとお湯を沸かした。
カップ麺なんてのはすぐ食べ終わる。食べ終わると急に眠くなってきた。そろそろ寝ようと思って、二階にある自室へ向かった。
僕は寝るのが好きだ。意識が薄れていく、別の世界に吸い込まれていくような感覚。まるで死にゆく間際のような。いや、経験したこともないのに「まるで」はおかしいか? まあ、ともかくそんな感覚が好きだ。
そんなことを考えながら、僕はものの数分で眠りに落ちていった。
「きろー」
ん?
「起きろー」
女の子の声だ。
「おーい」
女の子の知り合いなんて、というか僕に友達はいないはずだが。
「あーさーでーすーよー」
僕はおおよそまともだと思っていたが、幻聴が聞こえるとは。病院に行った方がいいか。
「起きなさーい」
幻覚にとらわれたくはないので寝返りをうってそっぽ向いた。
「お、起きた? 起きてるよね?やーやー」
いや、これはさすがに。
仕方がないので目を開けると、予想通り、そして理解の及ばないことにベッドのすぐ側に女の子がいた。まっすぐな長い黒髪、健康的な白い肌、あとなぜかエプロン姿。
「やっぱり起きてる!おはよ、朝ごはんできてるよー!」
なんで?
言われた通り、食卓には何故か朝食が並んでいた。白米と、味噌汁と、健康的な朝食代表例みたいなおかず。それに台所に積み重なっていたカップ麺の残骸は綺麗に片付けられているし、部屋も軽く掃除されてあった。朝食は二人分。
「ささ、座って座って」
何が何だかわからないが促されて席に座る。
「いただきまーす」
向かいの席に座った女の子が言う。
「い、いただきます」
つられて僕も言う。
そのままの流れで味噌汁を啜る。うまい。
うまいが。
冷静に飯食ってる場合じゃない。疑問はいくつもある。
「で、君は誰?」
齧ったソーセージを飲み込んで問う。というかソーセージなんてちゃんとした食べ物うちの冷蔵庫に入ってるはずがないが。
「さあね」
「さあねじゃないよ」
「どうでもいいじゃん」
目玉焼きを口に運びながら彼女は答える。
「よくないよ」
言いながら僕も箸を進めている。
「いいえ、どうでもいいの。そんなことは」
皿が空になっても彼女は自分のことをまるっきり教えてくれなかった。結局全部、彼女の名前も、なぜ僕の家にいるのかも、なぜエプロンをして朝食を作っているのかも、全部謎のままだった。
「さて」
洗い物を終えたらしき彼女が話しかけてくる。洗い物は勝手に始めたのだが、まあ不法侵入者に気を遣う道理もない。
「どっか遊びにいこうよ」
「なんだい唐突に」
「そういう気分だったの」
気分だけで生きてそうな人だ。だが、不思議と嫌とは思わなかった。むしろ、どうせ暇だし付き合ってやってもいいかな、と思った。
「……いいけど」
「お、あっさり了承するね。意外」
本当に意外そうに彼女は言う。確かに普段の僕ならこんなにすぐには承諾していなかっただろう。まあ、僕も気分というやつだ。
「で、どこに行くのかな?」
「うーん、どうしよ。考えてないや」
「えぇ」
「まあまあ、適当に散歩でもしよっか」
「ほんとに適当だな」
「いいじゃん。そうと決まればさっそく、れっつごー!」
「まだ着替えてないんだけど」
「そっか、じゃあ待ってるね」
僕はさしてファッションに気を使う人間でもないのでそんなに時間はかからない。直ぐに着替えてリビングに戻ると、エプロンを脱いだ彼女は準備万端といった様子で待っていた。
「よーし、行こう」
「はーい」
底抜けに元気そうな彼女に、無気力に返事をする。ぶっちゃけ惰性で動いている。暇なので何しようが問題は無いのだが。
この町にはまあまあ広い海岸にまあまあ綺麗な海があって観光地としてまあまあ栄えている。だから外から来た人には見所となる場所はいくつかある。といっても我が家の近所なので、僕にとっては特に真新しい物もない。なのでこの散歩はこの謎の人との会話を楽しむ時間にしようか、と思っている。それは彼女も同じようで、家を出てすぐに、
「いやあ、暑いねえ」
と、喋りかけてきた。確かに今日は十月の中旬にしては非常に暑い。とはいえ、
「その服で?」
今の彼女の服装は完全に夏服である。
「暑いものは暑いのです」
「そんなものか」
「そんなものだ」
そんな中身のない会話を続けながら見慣れた道を進む。
僕自身普段からあまり他人と喋ることが少ないし、さらに相手が同年代の女の子ともなれば至極当然に緊張している。だから自分から会話を始める事はなくて、彼女の言葉に反応するだけになってしまっている。それでも楽しいし、彼女も楽しそうだ。
なのだが、
「…………」
「…………」
「喋ることないね」
「そうだね」
「人はいっしょにいるだけでも仲良くなれるらしいよ?」
「へえ」
「まさ、まさちゅー……、ハーバード大学の研究結果でして」
「絶対適当言ってるよね」
「えへへ、ばれたか」
「そりゃバレるよ」
「面白くないなあ」
「僕は何が面白いんだかだよ」
やっぱり、話す話題は尽きてくる。それでも、こんなとりとめのない会話を交わしながら、本当にどこに行くでもなく散歩は終わって、僕の家に帰ってきた。それで、また彼女が作ってくれた昼食を食べて、それからも少し喋っていた。三時くらいになったときに、もう帰らなきゃといって彼女は帰っていってしまった。
つかみどころのない人だな、と思った。いったいどこから来たのかとか、そもそも彼女は誰なのかとか、そんな疑問はいつの間にかどこかに行ってしまっていた。
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