第34話 ギャップ萌え
「あたしは死神」
凍るような声だった。クリスマスパーティーの会場が一瞬にして、静まりかえる。
ホワイトクリスマスを通り越して、南極にいるかのように寒い。寒すぎる。
しかし、雪肌の銀髪少女は顔色ひとつ変えない。
「あいかわらず、強いな」
僕は思わずつぶやいた。
「そうだね、ボクには絶対に真似できねえ」
「でも、冷花さん、ああ見えて、繊細なんだよぉぉ」
僕と夢紅、美輝はステージの袖で、死神を見守っていた。
「みなさんから死神と呼ばれています。いままで、何人もの教師や男子生徒を泣かし、女子生徒も怯えさせてきました」
突然の自分語りは、すぐに沈黙になる。
数秒がすぎ、数十秒がすぎ。壁に設置された時計の針が動く。
戸惑う聴衆が眼下にいて、死神は何を思っているのだろうか。
残念ながら、いまの僕には言葉がないとわからない。
力がなくなって、初めて悔しいと思った。冷花の気持ちが読めれば、心情だけでも彼女に寄り添えるから。自己満足かもしれないが、少しでも彼女を応援したかった。
僕の想いが通じたのか、冷花が横目で僕を見る。
僕は彼女を励まそうと、モモねえ仕込みの微笑を浮かべた。
孤独な死神は肺に空気を取り入れ。
「楽しいクリスマスに、あたしなんかが時間をもらって、すいません」
冷花は恭しく頭を下げる。
すると、一部の生徒たちがざわついた。
「ウソだろ」「あの死神が謝ってる?」「熊を毒舌で半殺しにした死神が……」「明日、槍が降るんじゃね」「オレ、地球が崩壊するに1億エロゲを賭ける」
みんな冷花に何をされたんだろうか?
「今日は、どうしても、謝りたくて……」
冷花の声が震える。
「公開謝罪かよ」「うぜえな」「いや、がんばってる感じがしていいじゃん」「おま、ツンデレ好きだからって」「けなげな女子は応援すべし、我が家の家訓だ」
意見が分かれている。
そんなに甘くはないか。
死神が公開謝罪する。
不良がネコを助けると評価が上がるように、冷花への印象も変わってくれれば。そう思ったのだが。
「くだらねえし、はよ遊ぼうぜ」「だな。こういうノリで言うことは決まってる」「やっぱ、公開告白だよね」「そうそう。懺悔なんてつまんねえ」
冷たい反応をしている人もいる。
まあ、予測どおりだ。
このまま、反省の言葉を述べても、生徒を退屈させるだけ。心をつかめない。生徒会長も動いてくれないだろう。
僕は親指と人差し指で丸を作って、冷花にサインを送る。
神白冷花はニッコリと笑って。
「あたし――エロゲが好きなんだぁぁぁあぁぁっっつっ!」
絶叫した。
場が再び凍りつく。
無理もない。クールで知られる美少女が、18禁趣味を自爆したんだから。
沈黙の中。エロゲオタクはマイクを掴み、
「エロゲを愛してる~~~~~~~~~~~。エロゲこそ人生だぁぁぁっつっっ!」
ロックミュージシャンよろしく髪を振り乱す。
壊れたかのようなパフォーマンスに。
「「「「「マジかぁぁっ」」」」」
「「「「「受けるっての!!!!!」」」」」
生徒たちは大爆笑の渦に包まれる。
一方、学年主任を中心に教師たちは渋い顔をする。
そりゃ、そうだ。受験を控えた3年は少ない。冷花も含め、18歳未満の生徒がほとんどなわけで。教育的に問題がある。
が、心配はしていない。僕たちにはお姉さんがいるから。
すかさず、学年主任のところに向かって、モモねえがニコニコ。360度回転しながら、お辞儀をする。上半身が動くたびに、大胆な胸も弾んだ。
「まあ、クリスマスだし、限度を超えなければいいか」
という声が数人の教師から聞こえた。
堅物の学年主任ですら、毒気に抜かれている。
「さすが、女帝の舞い。乳の力は偉大なり」
夢紅がつぶやいた。
場の雰囲気を自分の都合の良いように動かす。もしかしたら、ホントに女帝の力があるのかもしれない。
顧問の偉業を讃えつつ、冷花に次のサインを出す。
「あたし、こう見えても、恋愛脳なんです。恋愛ゲームみたいな恋がしたい。ずっと思っていました」
次々と、死神は性癖(?)を明かしていく。
あまりのギャップに、みんなの視線が冷花に向けられていた。
「本当は恋に恋する乙女なんです……」
耳まで赤くなる冷花。
「乙女発言キタァァァァァァァッッッッッッッッ!」「死神たん、かわいい」「冷たい子じゃなかったんだね」
生徒たちの彼女に対する印象が変わっていく。
「あたし、理想の恋を見つけたくて、対人支援部に相談したの。みんな、あたしのワガママに付き合ってくれて……」
冷花は僕たちとすごした1ヵ月の出来事をかいつまんで話した。
毒舌の裏に隠されたエピソードの数々が明かされる。時折、混ぜる毒舌が良いアクセントになって、
そして。
彼女は。
「あたしは――」
袖に控える僕の方を向いた。
「さあ、隠者くん、行ってこいよ」
「慎司さま、ファイトなんだよぉぉっ」
僕は夢紅と美輝に押し出され、冷花へと歩を進める。
冷花は熱っぽい目で僕を見て。
「慎司くん、ずっと前から好きでした。あたしの運命の人だから」
想定外のことを口にした。
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