第33話 ラップ
突然の乱入者。吹奏楽部は演奏を中断する。
が、指揮者の教師も、部員たちも、ハプニングが起きたのに顔色を変えていない。戸惑ったり、怒ったりするのが普通だろう。
それもそのはず。吹奏楽部の前に、悠然とたたずむ彼女がいるから。
絢爛豪奢な薄いドレスに、豊かすぎるボディを包んだ美女は。
「みなさん、ありがとうございます~」
吹奏楽部の人たちにお礼とばかりに微笑む。
男女を問わず、近くにいた人がデレていく。
それだけでなく、生徒会も、教師たちも動こうとしない。
運営の動きを封じてくれたのだ。おそらく、吹奏楽部にしたみたいに。
さすが、モモねえ。きっちり仕事をしてくれる。
顧問の支援を受け。
「みんな、盛り上がってるかーい?」
ピエロ姿の夢紅が叫び。
「せっかくのクリスマスなんだしぃぃ!」
金髪爆乳美少女が、生徒たちに呼びかけると。
「「「「「「「「「「ウェーイ!!!!!!!!」」」」」」」」」」
生徒たちは絶叫する。
さすが、美輝さん。人前なら完璧な陽キャだ。ウェーイ系に火を着けてくれる。
いつもの僕ならウザいノリなんだが、いまは頼もしく感じる。
僕たちが完全に場を掌握したと思いきや。
「なっ、こんなのは聞いておらんぞ」
学年主任だけはうろたえている。
幸い、邪魔者は僕たちの前にいる。
「先生は僕たちとお話をしている途中ですよね」
僕はステージの側に回り、学年主任の進路をふさぐ。
僕たちがいるのは入り口の方。ステージまでは距離がある。僕を突破したところで、すぐには夢紅たちを止められないだろう。
冷花が右手を挙げる。壇上のふたりへの合図だ。
すると、美輝がマイクの前に立つ。
「わたしたちは対人支援部でーす。みんながクリパを、もっと、もっと楽しめるよう支援に来たんだよぉぉっ!」
我がクラスの陽キャの言葉に。
「美輝ちゃん、部活がんばってるね!」「美輝さまのドレスになりたいンゴ」「僕は美輝お姫さまのドレスを転売する」「転売は迷惑だ。我が家が1億円を出して、買う」
美輝が僕たちと別行動し、陽キャグループのところに行ったのには理由がある。飛び入り企画があるから、みんなに盛り上げてほしいと頼んでもらったのだ。
その成果は出てるようだけど、最初のひとりを除いて、変態じゃん。
続けて、ピエロがステージで踊り始める。
「で、ピエロさん、芸でもしてくれんのかい?」
「あったりめえよ、てやんでえ」
「おっ、ピエロちゃん、良いノリしてんねえ!」
そう叫んだのは、同じクラスの陽キャグループの1名。クラスでは、夢紅をウザいと言っている奴だ。ピエロさん、ウザい人なんだけど。
ピエロさん、うれしそうにマイクをつかんで。
「♪ボクたちはサブヒロインさ~。サブヒロインには存在理由がねえとダメ? うっせえ。そんなの知ったこっちゃねえ!」
ラッパーよろしく歌い始めた。
「♪そうだろ、陰キャな陽キャさんよ~」
ピエロは美輝の肩に手を回す。
陰キャな陽キャさんは、満面の笑みを浮かべる。内心は別として、相手のノリに合わせられるのが美輝の強みだ。
「♪僕は愚者のピエロ。おバカで、ウザくて、かわいくて……自称Dカップ」
会場が爆笑に包まれる。自称Dカップが大受けな模様。
「♪そんな愚者の秘めた力は、前を向いて生きること。バカだから、新しい世界に積極的に飛び込んでいって、未来を切り開く。織田さん家の信長ちゃんみたいにな。ボクは冬アニメの織田信長をやってみせるぞい」
夢紅のバカ、中二病的な血が騒いでるのかな。
って、愚者の秘めた力だと⁉
夢紅も僕や冷花みたいな意味不明な力を持ってるのか?
冷花=死神も検証できんし、気にしないでおこう。
「♪聞いてよ~みんなー、対人支援部だとDカップが貧乳になんだぜ」
と、やさくれながら、ピエロは金髪ドレス美人の後ろから。
ワシワシ。
ろくろを回すベンチャー経営者みたいなドヤ顔を決めるピエロ。
おまえが回しているのは、おっぱいだぞ。犯罪だ。会場盛り上がってるし、生徒会も教師も動く気配はない。よかったな、見逃してもらえて。
「♪爆乳ちゃんは太陽。太陽の持つ力は、キラキラと輝いて、人を惹きつけること。まさに、陽キャだな。さす、金髪爆乳ちゃん」
夢紅の奴、美輝まで異能持ちっぽく言う。
「♪愚者と太陽がこの場にいる意味」
夢紅のラップが続く。傍からみれば、意味不明だろうに、誰も退屈してる素振りがない。
夢紅のバカなテンションと、美輝の太陽みたいな魅力が合わさってできる芸当かも。
「♪愚者が騒いで~太陽が人を魅了する~いわば、コラボ。ひとりじゃできねえっての!」
ピエロの切れっぷりに、聴衆は笑う。
「♪だから、愚者と太陽。どちらが欠けても、このステージはできねえんだよ!」
そこまで、歌い終わってから、美輝が一歩前に出る。マイクをピエロから奪って。
「♪わたしたちは不完全だ。自分が何者なのか、何をしたいのかもわからない」
ラップに混ざり出した。
「♪けどな、ボクたち愚者は未来への可能性を秘めてるんだぜ」
「♪わたしも不安で、不安で……たまらない。けど、安心できる場がほしいの。人から見たら意味のない部活かもしれない。けど、何が救いになるかは、人それぞれなんだよぉぉ」
「♪それな……ボクはウザい。ウザすぎて、クラスに友だちはひとりしかいない。だがな、隠者くんと我が部の人は受け入れてくれんよ~。ウザい生き方を変えられないボクに付き合ってくれる、マジで良い奴らなんだぜ~」
そこで聴衆の一部がざわつき始める。
「あの声と、あのウザさ」「ピエロって、うちのクラスのウザい人?」「このまえ、美輝ちゃんと絡んでたし」「ふたりって友だちだったのかよ?」
ピエロの正体に気づいたらしい、同じクラスの奴らが騒いだ。
美輝は他人の目を気にする子。メンタルを心配していたら。
「♪わたしは裏表がある。表ではヘラヘラしてるけど、内心は怖くてたまんないの~」
なんと美輝はラップを使って、彼女の抱える問題を語り出した。
突然の告白に笑う人々。場の雰囲気もあってか、特別な悪意は感じられない。
「♪怖い。恥ずかしくて、心臓が飛び出そう。でもね、大事な場所を守るためには戦わないといけないから!」
美輝の自己開示に鳥肌が立っていたら。
ふたりの少女は並んで。
「「♪だから、生徒がやりたいって言ってることを、教師が邪魔すんじゃねえっての!」」
まるで示し合わせたかのように、ふたりの声は揃っていた。
そこで、ラップが終わる。
数秒の間を置いて、会場に拍手が鳴り響く。まるで、人気アイドルのステージのような盛り上がりだった。
正直、期待以上である。
というか、ラップの件については、昼間の作戦会議でも聞いてなかったし。
実は、本来の作戦はこれからなんだよな。
これから、どうするのかよと思ったら。
「じゃあ、アンコール代わりと言ってはなんだけど……」
「みんな~わたしたちのお願いを聞いてくれるかなぁぁぁっっっ?」
美輝が胸を寄せるものだから、会場は大興奮。男どもは一斉にうなずく。この流れに抵抗できる人間がいたら、顔を見てみたい。
さすがの学年主任もずっと黙っているし。
「「「「「「「「「「ウェーイ!!!!!!!!」」」」」」」」」」
反対の声は聞こえなかった。
「じゃあ、生徒会長さん。約束してくれる?」
ピエロがマイクを持って、ステージ下に控えている生徒会長のところへ。
真面目そうな3年男子は微笑んだ。
「なんだい?」
「いまからボクたちの仲間が話をする。みんなが感動したらでいい、ボクたちの願いを叶えてくれるかな」
「……生徒会長の権限でできること?」
「うん、廃部寸前の部活を救ってほしいだけだから」
「わかった。ただし、僕が生徒の反応をチェックする。それでいいかな?」
文句なんてあるはずない。
さあ、ここからが僕たちの出番だ。
僕は冷花と目で語り合った。
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