第18話 女子の部屋
遊園地を出る。既に日が暮れていた。
僕は冷花を送っていくことにした。そのまま帰らせたら、あとでモモねえに無言で怒られそうだからな。
たいして話もせず、地下鉄に乗ること20分ほど。神白が電車を降りたので、僕も彼女の後を追いかける。
地上に出ると、居酒屋と寿司屋が目立っていた。
東京湾に近く、川に囲まれた町。懐かしさを覚える。
子どもの頃、近くに住んでいたからかもしれない。そういえば、昔、このあたりに女子の友だちがいたな。彼女、どうしてるかな?
考えごとをしていたら、冷花はどんどん進んでいく。
繁華街を抜け、住宅街へ。暗くて、人通りも少ない。慣れた足取りで歩く神白は、あいかわらずクールである。
怖くないんだろうか。
「恋愛嫌いのヘタレおち○ぽくんが襲うわけないじゃない。受動的にパイオツが当たって喜ぶ程度の雑魚だし」
なんで、僕がディスられてるんでしょうか。
「心配してくれて、ありがとう。でも、あたしに手を出したら最後。社会的にも、生物的にも抹殺してやるから」
眉一つ動かさずに物騒なことを言う。
などと話しているうちに、冷花は足を止めた。オシャレな外観のマンションが立っている。
「うち、ここだから」
「えっ、僕、近くまで行って帰るつもりだったんだが」
「ごめん、迷惑だった?」
「いや、そういう意味じゃなくってだな」
女の子の家を特定するのは良くないだろ。
と言う前に。
「お茶でも飲んでいって」
「へっ?」
一瞬、耳を疑った。
「送ってもらって悪いから、休んでいかない?」
「いや」
僕は軽く焦る。どうにか断ろうとして。
「でも、親いるんじゃねえの?」
「今日は仕事だから、夜中まで帰ってこないの」
「なら、なおのことマズいんじゃ……」
「変なことするの?」
「あのな、恋愛嫌いでも性欲はあるんだぞ」
念を入れておいて、損はない。『YES、ユーカリ! NO、タッチ!』な、おっぱい好きだけどさ。
「ウソ。面倒なことは避けたいくせに」
「そうだよ。性欲を暴走させたら、浮気親父と変わんねえしな」
「なら、問題ないわね。
「……」
「ここで帰ったら、むしろ下心あるって言いふらすから」
「なっ」
反則だろ。案内されるまま冷花の家へ。
リビングに通されると思いきや。
玄関を入ったところで冷花は立ち止まり。
「ここが、あたしの部屋」
「お、おう」
「お茶を入れてくるから、適当に座ってて」
僕が戸惑うのも気にせず、彼女は奥に向かっていく。
マジかよ。
女子の部屋で待っていろ、だと。おまえが戻るまでの間に、僕が物色したらどうすんだよ? 最悪、下着泥棒とかできてしまうんだぞ。
僕に対して、無警戒すぎる。
僕が好きだからなのか、人畜無害なユーカリだと思われてるからなのか。
わからないが、神白の命令を無視したら面倒くさそうだ。
「お邪魔します」
ひと言断ってから、僕はドアを開ける。
本棚と机、PC、ベッドぐらいしかない。女子にしては殺風景な部屋だ。
大きな本棚が目を惹く。ラクダやインコ、猿などのイラストが背表紙の上の方に描かれた本が、数十冊も並べられている。なにかのシリーズなんだろうか。
「コンピュータの専門書よ。この出版社の本は、デザインに統一性があるの」
いつの間にか冷花がいた。
「将来はゲーム会社で働きたいから」
死神は活き活きと琥珀色の瞳を輝かせる。
「ちなみに、エロゲはこっち」
神白冷花はティーポットをローテーブルに置くと、押入を開ける。
無防備な。
目を背けるよりも前に、本棚が目についた。
押入にも本棚があるのかよ!
と、こっちは本ではなく、美少女イラストが描かれた箱が置かれている。持ち主が申告したとおり、エロゲな模様。
夕方。女子の部屋で、エロゲを見る羽目になるとは。1ヶ月前の自分に言っても、信じないだろな。
びっくりする僕の前で、神白はエロゲの棚から何個か箱を抜く。
「はい、これ」
「お、おう」
神白が僕にエロゲを渡してきた。
18禁だし、対応に困る。
が、ふと思った。
僕は神白冷花の世界に触れた方がいいんじゃないのか、と。
依頼を受けたときに話を聞いたし、今日は遊園地で遊んだ。
しかし、僕は彼女のことを理解したとは言い切れない。
そもそも、他人を理解できると思うのがおこがましいが、知らなすぎるのも問題だ。
理由をつけて、僕はエロゲの箱を受け取る。
ひとつの箱を残して床に置いた直後――。
「ぶはっ!」
噴き出してしまった。
というのも、三角の布があったから。ピンクの布地で、リボンの装飾があるソレは、パンツでした。
「いつの間に下着を漁ったの?」
「事故だし!」
パンツを冷花に返す。
恥ずかしくて目を合わせられず、エロゲの箱を見る。
「……エロくないのな。普通にマンガやラノベの表紙でもおかしくない」
「あたしが好きなのは、フルプライスだからね」
安心した僕は、パッケージを裏返す。
あっ。とたんに、気まずくなった。桜色の蕾があったり、バナナを咥えていたり。
パンツの直後は、さすがにムリ。
慌てて紅茶に口をつける。熱い。火傷したかも。
バカだな、僕。
冷花も笑っているにちがいない。
と、思ったときだった。
「あたし、初恋の人がいたの」
不意打ちを食らった。
予想外すぎて、言葉を失う。
しばらく考えたあと、僕は依頼人に言う。
「だったら、最初から言ってくれよ。理想の恋人像を考えるヒントになったかも――」
「ごめんなさい。昔のことだし、さっきまで忘れていたの」
琥珀色の瞳は遠くを見ていた。
過去に思いを馳せる彼女に、なぜか僕は初恋の人を重ねていた。
そうだ。
僕にもいたんだ。初恋の人が。
恋愛嫌いになる前だったし、完全に忘れていた。いや、僕が恋をするだなんて事実を消したかったのかもしれない。
「いや、僕も初恋の存在を忘れてたし」
「……ぷはっ」
神白は笑う。
「あたしに合わせようとしてくれたんだね。本当に慎司くんは優しいんだから」
誤解した神白に褒められる。
むずがゆくなった僕は。
「なあ、冷花の初恋の思い出を教えてくれないか?」
支援のためと理由づけて、話をそらした。
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