船上で(3)
それからムラコフは、あるいはラウロ司祭とチェスをしたり、あるいは海を見ながら一人で考え事をしたり、あるいはモニーの甲板掃除を手伝ったりしながら毎日を過ごした。
(まあこの生活も、慣れたらそんなに悪くないな)
出航して間もないうちは、一日中何もすることがないので暇に感じたが、考えてみれば時間が十分にあるというのは有難いことである。
さて、その日。
ムラコフは朝から船室で読書をしていたが、いつになく船が大きく揺れるので集中することができず、不安になって甲板に上がってみることにした。
彼は外に出て海を眺めたが、いつものように青い水平線は見えず、代わりにぼんやりとした灰色の暗い世界が広がっていた。
「視界が悪いですね」
甲板にラウロ司祭がいたので、ムラコフは声をかけてみた。
「ああ、かなりの濃霧だな。まもなく、嵐がくるだろう」
そう言うと、ラウロ司祭はかすんだ灰色の空を見上げた。
「なに、航海中にはよくあることさ。こんな風に重苦しい空の下で数日間過ごしていると、世界から太陽が消えてしまったんじゃないかと錯覚することがある。しかしこんな時でも太陽は雲の上にしっかりと存在していて、そこには青空が広がっているのさ」
ラウロ司祭は今言った自分の言葉を確認するかのように、力強く頷いた。
「心配ない、我々の行く道は神に祝福されている。さあ、君も船室に戻りたまえ」
「はい」
しかしながら、ラウロ司祭のその発言もむなしく、空の色は時間の経過とともに怪しくなる一方だった。
ムラコフは司祭の言葉に従っていったんは船室に戻ったが、船の揺れは収まるどころか、ますます強く激しくなっていく。一時間後にはとても読書ができるような状態ではなくなったので、ムラコフは気を紛らわせるために寝ようと思ってベッドに就いたが、しかし木板の隙間から聞こえてくる風の音が気になって眠れない。
それで外の様子をもう一度確認しようと、彼は再び甲板へ上がってきたのだった。
「ブラザー!」
ラウロ司祭はすでに甲板にはおらず、その代わりにムラコフの姿に気付いたモニーが駆け寄ってきた。
先程の霧のような雨は、いつの間にやら、船の甲板を打ち抜かんほどの激しい豪雨へと変わっていた。
「ひどい天気だな!」
「はい! かなりの嵐です!」
近くにいても声を張り上げないと聞こえないほど、風音も雨音も激しい。
「ブラザーは、船室に戻ってください! ここは、僕達船乗りがどうにかします!」
「しかし――」
「大丈夫です! この船なら、転覆するようなことはありませんから!」
そう言っている間にも槍のような雨が甲板を叩き付け、彼らの乗ったサン・サルバドラ号はまるで落葉が気まぐれな風に運ばれるように、波のうねりにもてあそばれた。
「うっ」
何かに捕まっていないと転びそうだったので、ムラコフはとっさに近くにあった柱にしがみついた。
「おい、モニー! 聞こえるかぁ!」
船首で舵を取っていた操舵士が、モニーに向かって叫んだ。
腹の底から力いっぱい叫ばないと聞こえないほど、風も雨も激しくなっていた。
「はい、聞こえます!」
「風が強い! 帆を下ろせ!」
「どの帆ですか!?」
「全部だ! 風が止むのを待つ!」
「了解です!」
モニーは慌てて三本マストのうち一番近くの帆柱へ走って行こうとしたが、濡れた床で足を滑らせてしまったらしく、その瞬間に海へ向かってグラリと大きくバランスを崩した。
「うわっ!」
「危ない!」
ムラコフは甲板から海に落ちそうになったモニーを反射的に船の内側へ突き飛ばし、そしてその反動で――。
「ブラザー!」
荒れ狂う暗い海へと投げ出されていた。
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