第120話 休息? の日々


 小型の化け物の厄介さは、今までの化け物とは全く違ったものだった。


 小さく脆く、火球も吐き出さず……狙いは飛行艇の破壊と、パイロットへの攻撃。


 体を大きくしても、火球を吐き出す首をいくら増やしても、効果的では無いと判断しての変化なのだろうか……全くもって厄介この上ない。


 先の化け物の戦いでも消耗していた俺達は適当に小型の群れの中を飛び回り、適当にばらまき、魔導砲弾を撃てるだけ撃ち込んで……そうして俺達は、燃料が残り少なってきていることもあり、その一団からの距離を取っての撤退をすることにした。


 ……全く何度も何度も逃げるハメになるとは……情けないと言うかなんというか、やっってられない気分になるな。


『死ぬよりはマシ、生きていればこそ再戦できるんだから』


 言葉に出さずとも俺の内心はアリスに伝わっていたようで、通信機からそんな声が響いてくる。


 それを受けて頷き、しっかりと操縦感を握り直した俺は……あの小ささでは高い所までは追いかけてこられないだろうと、まずは速度を上げながら高度を上げて……そうしてから移動を開始する。


 まっすぐ南に逃げるのはまずかろうとまずは東に針路を取り……連中が追いかけてきていないかの確認をし、追いかけてきていないようなので速度を落とし高度を落とし……一旦着水。


 飛行艇のどこかにアレが張り付いていたら大問題だと総掛かりでチェックをし、お互いに怪我が無いことを確認し……そうしてから離水、針路をナターレ島へと取る。


 そうやってナターレ島へと帰ると、港で帰りを待ってくれていた島の皆は、俺達の機影を見るなり無事に帰ってきてくれた、勝ってきたに違いないと喜んでくれたのだが……そんな皆に俺達はなんとも無念な、皆を落胆させることになるだろう報告をすることになる。


「化け物はまだ生きている、小さな化け物の群れに分裂しやがって……出来るだけ倒してきはしたが、かなりの数が……いや、そのほとんどが健在だ」


 飛行艇を整備工場に預けて、港へと足を向けて……そんな俺達を出迎えようとこちらに駆けてきていた皆に俺が代表してそう言うと……皆は笑顔になって、


「よく帰ってきた」

「なんだかよく分からないが、小さくて脆いなら俺達でも戦えるだろうさ」

「漁の網を投げつけて全部捕まえてやらぁよ!!」

「でかいよりマシマシ、確実に相手は弱ってるぜ」


 なんてことを言ってくれる。


 あの化け物が本当に弱っているのか、弱らせることが出来たのか……正直な所、なんとも言えないが、それらの言葉に励まされた俺達は、何はともあれ今は休憩だと、皆に送ってもらいながら屋敷へと、それぞれの自宅へと向かい……風呂に入り飯を食って、ベッドへと潜り込み、睡眠を取る。


 前回は化け物に大きな傷を作ることができて、その傷のおかげで化け物の動きを封じられて……当分は動かないだろうと自分に言い聞かせることが出来て、そのおかげか安眠することが出来たのだが、今日はそうも行かず、いつ連中が襲ってくるのかという恐怖があって……中々寝付けない。


 飯を食っているときも味がよく分からなかったし、腹が受け付けようとしないのか、無理矢理に飲み下さないと喉を通らなかった。


 ……自分って生き物はこんなにも弱いやつだったのかと情けなくなり、悶々とし……そのまま寝ているのか寝ていないのかよく分からない、なんとも中途半端な状態で朝までの時間を過ごすことになる。




 そうして翌朝。


 冷水で顔を洗い、無理矢理眠気を払い……ふらふらとした足取りで食堂へと向かうと……なんとも爽やかな笑顔のアリスと、艷やかな笑顔のクレオと……それとルチアが俺の到着を待っていた。


「……皆はよく寝れたみたいだな」


 その様子を見て俺がそう呟くと、クレオが「ふんっ」と鼻息を吐き出して、言葉を返してくる。


「自分は軍人ですからね!

 寝る時は寝る! 戦う時は戦う! そこら辺の気持ちの切り替えはバッチリですよ!」


 続いてアリスが、


「悩んでもどうしようもないんだから開き直るしかないよね」


 と、そんなことを言ってきて……更に、早々に自宅での朝食を終えてこっちに来ていたらしいアンドレアとジーノが姿を見せて、


「賞金稼ぎをやっていれば、このくらいのことはよくあるっすよ」

「慣れです、慣れ」


 なんてことを言ってくる。


「……どうやったら連中に勝てるんだとか、連中が襲ってきたらどうしようとか悩んでたのは俺だけか?」


 と、そんな一同に俺が半目で言葉を返すと……一同はやれやれと首を左右に振って、呆れ果てたというような表情をする。


 そうしてお互いを見合い、アイコンタクトでもって何らかの打ち合わせをした一同は……俺のことをじっと見つめてきて、そんな一同を代表する形でアリスが声を上げる。


「そんなのはランドウさんが考えてくれるし、グレアスさんや漁師の皆が見張りをやってくれてる。

 ……島の皆を信頼していれば悩む必要なんてないはずだよ?」


 どうやら一同の視線は俺を責めるものだったらしい。

 ……確かに島の皆を信頼していればある程度は安心できることかもしれないが、それにしたって何も悩まないとは……いつも通りのままでいられるとは……アリスもクレオも、皆の神経は一体どうなっているんだ?


 ……と、そんなことを考えていると、アリスとクレオが席を立って、食堂の入り口側にいたアンドレアとジーノがこちらへとやってきて……全員同時に、俺の背中や腕をバシンと平手で叩いてくる。


 それは俺を叱ろうだとか、罰してやろうだとかの平手ではなく、気合を入れてやろうとの……悩んでも仕方ない、開き直って前を向けとの喝を入れるためのもののようで……そうしてから皆は俺に向けての良い笑顔をし始める。


 ……全くのんきというかなんというか……あれこれ悩んだりビビっていたのが馬鹿らしくなってしまう。


「はぁ……分かったよ。

 悩むのはもうやめるよ」


 と、俺が諦め半分でそう言うと、皆は頷き納得してくれて……それから皆揃っての、朝食が開始となる。


 アンドレアとジーノは自宅で食べているのでお茶だけ、俺達はルチアが元気いっぱいになるようにと用意してくれた肉料理。


 それは昨日の晩飯とは違い、すごく美味しいもので、喉をするする通り抜けるもので……朝からこんな重いものを食わせるなとの、文句も出てこない程に素晴らしい料理だった。


 こんな朝飯今まで食べたことないと、そうまで思ってしまう程の代物だったのだが……ルチアによると、味付けは普通の、特に工夫の無いいつもの食事と同じものなんだとか。


 気の持ちようというかなんというか……気分一つでここまで味が変わるものかと驚きながら……俺はその料理をおかわりをしてまで、存分に楽しむのだった。




 その日は結局、俺が疲れ切っているのもあり、休日にしようということになった。

 飛行艇の整備もあるし、島の周囲の見張りはグレアスの指揮のもと、島の皆がやってくれている。


 いざ連中がやってきたならすぐ知らせがくるだろうし、それから整備工場に向かって飛び立っても十分に間に合うだろうということになったからだ。


 翌日は偵察飛行。


 連中を探し求めてまずはナターレ島の周囲を……次に北の方を探し回るが、連中の姿は見当たらなかった。


 翌々日は決戦覚悟で、あの島まで向かったのだが……連中の姿も気配もなく、完全な空振りだった。


 その翌日からは一体何処にいったのだと、連中は何処に消え失せたのだと半ば焦りながら連中を探すことになったのだが……それでも連中は姿を見せず、他の地域からの音沙汰もなく……俺達はなんとも不気味な、驚く程に静かで何もない日々を過ごすことになる。


 何かがおかしい、早く見つけなければと必死に探索をし、可能な限り時間の許す限りそこら中を飛び回るが……何日も何日も空振りの日々が続き……ランドウが散弾式の魔導砲弾を開発しても、島に設置するいくつかの迎撃用の兵器を開発しても連中は姿を見せず……そうしてあの戦いの日から二週間が経った。


 島の皆の日々は、すっかりと日常に戻っていて……俺達の偵察飛行はずっと空振り。


 午前の偵察を終えて、ナターレ島へと帰還し、昼食を取り、食後の休憩を取りながら何も無い、静かな、平和な日々が……この日も続くかと思ったのだが……そんな所に、島から離れての見張りをしてくれていた漁師達からの急報が届けられる。


『化け物が現れた、数は数え切れない程。

 大きさは俺達の報告にあった通りだが、甲殻……というか体全体が鋭くいかつく変形していて、真っ赤に変色していて、見た目は報告とは全くの別物となっている』


 そんな報告を受けて俺達は、俺達に勝てるようになるまで潜伏していたらしい化け物を迎撃すべく……厄介なことになりそうだと、冷や汗をかきながら、整備工場へと向かって移動を開始するのだった。 

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