第113話 3日
しゃがみ込み、丸くなったランドウが呟いた所によると、徹夜で魔導砲弾の改良案を練っていたらしい。
より威力を高めてあの化け物をなんとかしようというその改良案は、ざっと聞いた感じ中々に複雑な改良のようで……俺は思わず、
「……そんな改良、この工場で出来るのか?」
と、そんな言葉を返してしまう。
するとランドウは無言ながらすっと腕を上げて、工場のある一画をその指で指し示す。
それに従い視線をそちらへとやると、そこには扉が……俺が知らない、最近作ったらしい扉があり、アレは一体なんだと訝しがっていると、工場で働いていた工員……元同僚が話しかけてくる。
「ああ、あれはスズキさんの研究ラボの入り口だよ。
試作品開発の大成功を受けて、またここで試作研究をしたら良いものが出来上がるんじゃないかってなったらしくて、それでルルカグループが予算を出してくれてね、ちょっと前に仮設って形で作られたんだよ。
あの一件のおかげでうちもルルカグループの仲間入り、給料もうんと増えてくれてね……いやはやまったくこんなご時世じゃなきゃ、増えた給料で本土旅行でもしてたんだけどねぇ」
そう言ってランドウの方へと視線をやる元同僚。
スズキはランドウのファミリーネームだったか。
「ら、ラボを作ったのか、わざわざ、こんな田舎のこんな工場に……しかもいつのまにルルカグループの傘下に……。
……しかしそうなると、魔導砲弾関連の資材もそれなりに搬入してあるのか?」
と、俺がそう返すと元同僚は笑顔で頷き、言葉を返してくる。
「そりゃぁもちろん。
こんなご時世となって、お前達があれこれ仕入れてたように、うちだって色々仕入れていたのさ。
何しろ予算はルルカが持ってくれるからね、そりゃぁもう……ちょっと外部の人間には言えない品を、ゴロゴロとね。
……ってかラボのことも外部の人間には言っちゃいけないんだったな、悪い、忘れてくれ。
ああ、スズキさん、ラ……あの部屋の準備は完了してまして、工場長もそちらで待ってますから、早く行ってあげてください」
その言葉を受けてランドウはすくっと立ち上がり……俯いたままラボの方へとすすすっと足を滑らせていく。
「あー……その、なんだ、頑張れよ。
お前の魔導砲弾がないと、どうにもアイツには勝てそうにないからな」
縮こまったその背中に向けて、俺がそう声をかけると途端にランドウは足を止めて、凄まじい勢いで振り返り、凄い目でこちらを見たまま……ニィっと笑って言葉を返してくる。
「3日です。
3日ください、3日でなんとか必要数を仕上げてみせます。
ああ、何故3日かというとですね、仮に私がちゃちゃっと1時間で魔導砲弾を仕上げたとしてもですね、そこに魔法を込めてくれる魔法使いさんの都合がつかないんですよ。
この島の顔役、グレアスさんでしたっけ? グレアスさんに周囲の魔法使いを集めてくれって頼んだらしばらく待てって言われちゃったんですよね。
そういう訳で恐らくは3日くらいかかるんじゃないかって感じで想定してます。
そう言えば知ってますか? 凄いんですよ、魔法使いさんって。このご時世にまーだ伝書鳩なんかを飼ってるんですって。
魔法で行き先を指定できる伝書鳩、それを仲間に送ってどんどん送って魔法使いのネットワークを使って人員をかき集めてくれるらしいです。
そんなグレアスさんと魔法使いさんの頑張りで、たくさんの魔法使いさんが集まればなんとかなる……いえ、なんとかしてみますんで、どうにか3日、時間を稼いでください。
通信の混乱もあって本土や他の諸島がどんな状況か、現状わからないそうで、そうなるとここが最後の砦、人類最後の島ってこともありえます。
そんな島に奴が上陸してしまったら、おしまい、これ以上どうすることもできません。
なのでファルコ氏、その他の皆さん、よろしくお願いしますね」
笑ったままそう言って……こちらを見たまま足を前へと進めていく、ランドウ。
そうして見事なまでに床に投げてあった工具に躓いて……転びそうになりながらも、なんとか立ち直り、そのままの勢いでラボの中へと突入していく。
その様子を見て、最後まで見送って……そうしてから俺達はため息を吐き出す。
3日、3日かぁ。
あの化け物を3日、足止めなぁ……。
いや、そもそも足止めも以前にまずは、
「あの化け物が今、どうなっているのか、そこら辺の情報を仕入れないとなぁ。
あれからどこにいったのか、何をしてるのか……。
どこかに巣を作って産卵でも始めたとなったら、今すぐにでも出撃する必要がある訳だが……」
と、そんなことを俺が呟くと、アリス達は一様にどうしたものかと暗い顔になり、うぅむと唸り声を上げる。
そんな風に俺達が頭を悩ませていると……そこに飛行艇のものと思われるエンジン音が響いてくる。
音からして最新のマナエンジンが……複数。
ライン達か本土からの援軍か……その正体を確かめるべく俺達は工場の外へと飛び出す。
工場から出て、空を眺めながら港の方へと足を進めて……そこに見えたのはライン達のものと思われる、3機の飛行艇だった。
「……3機、か。
他はどうしたんだ?」
そんなことを呟くが……アリスもクレオも誰も言葉を返してこない。
フラフラの、操縦桿を握ることもおぼつかないといった、弱々しい飛び方をしている辺りからも、色々察することが出来るからだ。
そうして俺達は3機の飛行艇が着水したのを見て……港の桟橋へと足を向ける。
するとそこに飛行艇達がエンジンを唸らせながらやってきて……桟橋に停泊するよりも早く、先頭の飛行艇のパイロットが……ラインではない若いパイロットが大声を上げてくる。
「……ウサギ顔! そっちから来てくれるとはありがたい! 手間が省けたぞ!
こっちの状況はどうだ? どんな感じになってる?」
意外にも力のある声を上げるそのパイロットに、ウサギ顔と名指しされた俺が言葉を返す。
「こっちは飛行艇の整備をしつつ、無反動砲の開発者のランドウ・スズキが今作っている魔導砲弾の改良型の完成を待っているところだ。
戦闘に足る数が揃うのは3日後で……それまでどうにか時間を稼ぐ必要があるんだが、あの化け物はどうだ? それと他の仲間達は……ライン達はどうした?」
「魔導砲弾の改良型とはまた心強いね!
で……あの化け物とラインさん達の現状についてだけど……とりあえずラインさん達は無事だよ。
何しろオレ達はあのあとすぐに撤退したからね。
撤退して今は知事のところにいってるはずさ、そもそもオレ達は知事に雇われた身分だからね……パトロンの知事には無事でいてもらわなきゃ、支払いで困るってもんだ。
で、支払いと言えば、知事以上に金になりそうな素材の方も忘れちゃならない。
……その回収をした船の殆どはアンタ達と逃げたようで、下手をするとあの山のような素材をアンタ達に独占されるかもしれない。
そうなられちゃ困るってんで、オレ達はオレ達の取り分を主張するために徹夜でこっちまでやってきたって訳さ。
……そして肝心な化け物だが……恐らくはまだあの本土のあった島にいるだろう。
何故そう言い切れるかというと、あの化け物、オレ達との戦闘中だってのに、あの島に降り立ってそのまま寝始ちまってね。
いくらかの傷を負った上にオレ達とやりあって、疲れ切ったと言うか、休まずには居られたくなったって感じなのかな?
オレ達もそれ以上やり合うつもりはなかったし、寝た子を起こしたくは無いから撤退することにしてね……。
3日の間、寝ていてくれるかは保証できないが……すぐにオレ達を追跡してきたって訳じゃぁないし、いくらかの余裕はあると思うよ。
で、で、で、素材はどうなってる? どんな感じだ? いくらくらいになりそうだ? 独占はしてないだろうな?」
化け物の状況よりも何よりも、素材……というか金の方が気になるらしいパイロットは、飛行艇から身を乗り出しながらそう言ってきて……俺はため息を吐き出しながら、
「そこら辺は市場の管理者に聞いてくれ、俺が説明するよりも安心できるだろう?
……案内してやるから、さっさと停泊させて、そこから降りてこい」
と、そんな言葉を返すのだった。
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