第96話 アンドレアの……


 ともあれ来客が来たならばと俺とアリスが、ルチアと共に玄関へと向かうと、そこには何故だか正装の……黒いジャケット姿のアンドレアが立っていた。


 真っ赤な顔をし、これでもかと汗をかき、怒っているのか悲しんでいるのか、なんとも言えない渋面をしながらの直立で。


「なんだなんだ、どうしたんだ一体?」


 と、俺が声をかけるとアンドレアは、口をぱくぱくと動かし、掠れた声を吐き出す。


「か、彼女に、ぷ、ぷ、プロポーズしたんですよ!」


 ああ、なるほど、それで正装なのかと納得し……そして断れてしまったからそんな顔をしているのかともう一つ納得した俺は、アンドレアを慰めるべく、俯きながら側へと近づこうとするが……俺がそうするよりも先にアンドレアが言葉を続けてくる。


「そ、そ、そ、そしたらOKだって!

 OKだっていってくれて……で、それで、その、昨日の晩は普通にデートして彼女を家まで送ってそれで終わったんですけど……どうにも寝付けなくて、結婚ってどうしたら良いか分からなくて……あれこれ悩んでたら朝になっちゃって、そ、それでそのアニキのところに相談に……!」


 その言葉を受けて俺は顔を上げて唖然とする。


 プロポーズが成功したこと……それは良かった。

 その後普通にデートをして彼女を送ったというのも……まぁ良かった。


 しかしどうしてまた、今の今まで寝ずに悩み倒すだなんてことになってしまったのか。

 挙句の果てになんだってまた結婚経験どころか恋愛経験もない俺の所に来てしまったのか。


 驚くやら呆れるやら何と言ったら良いのか、困り果ててしまった俺は……兎にも角にもと顔を上げて「良かったな!」とそう声をかけながらアンドレアの肩に手を置く。


 そうしてから自然に、肩に手を置いたまま屋敷の中に入るように促し……そうしながらルチアに目配せして『何か茶でも淹れてやってくれ』と、無言で伝える。


 この季節、この島はかなりの高温にみまわれる。

 そんな中を一睡もせずに、ジャケット姿なんかでいたらぶっ倒れてしまうというか、下手をすれば命を失ってしまうかもしれない。


 屋敷の中に入ればとりあえず冷房があるし、茶を飲んで落ち着いたなら眠気が出てくるかもしれないし……何はともあれアンドレアを休ませる必要があるとの俺の意思を汲み取って、ルチアが先行する形で屋敷へと駆けていってくれる。


「あれ? クレオさんは?」


 と、その時、アリスが首を傾げながらそんなことを呟いて……そう言えばクレオも玄関に向かっていたな思い出し、俺もまた「はて?」と首を傾げる。


 すると屋敷に向かっていたルチアがはたとその足を止めて振り返り……、


「あ、クレオさんは、皆さんに報せてくるとかそんなことを言って出かけちゃいましたよ!」


 と、そう言って再度振り返り、屋敷へと駆け戻っていく。


 皆とは誰なのか、一体誰に何を報せるつもりなのかと訝しがりながらも、俺とアリスは、アンドレアと共に屋敷の応接間へと足を進めるのだった。



 

 応接間についたならアンドレアをソファに座らせてやって、ジャケットを預かり、タイを緩めてやって、ルチアが淹れてきてくれたお茶を飲ませてやって……。


 するとアンドレアは、お茶が良かったのか落ち着いたのが良かったのか……ソファにもたれて顔を天井に向けて、大きないびきをかいての眠りにつく。


 ソファで寝るというのはあまり良いことではなかったが……折角寝てくれたのだ、ここで起こすのも可哀想だということになり、俺達は空調を調整し、ルチアが用意してくれた毛布をかけてやって、応接間の扉をそっと閉めて……静かに、アンドレアを起こさないようにしながら応接間を後にする。


 それからゆっくりと、足音を立てないように移動して……食堂に戻っての片付けや、食後の身支度などを済ませて……やるべきことを済ませて、落ち着ける状態を作ってから、リビングのソファに腰を下ろし、ふはぁっと息を吐き出す。


「……いや、しかしまさか、プロポーズとは驚いたな。

 彼女がいるとは聞いていたし、そういった雰囲気があることも聞いていたし、いつかはそうなると思っていたが……そうか、成功したのか」


 息を吐きだしてから俺がそう呟くと、隣のソファにぐでーっと身を預けているアリスが言葉を返してくる。


「いやー、まさかあのアンドレアさんがねー、OK貰えるなんてねー。

 ……ま、最近は稼いでいたし、貯金もしてるんだろうし、優良物件だもんねー」


 そんな言葉を受けて、俺達用の茶を淹れてくれたルチアが、ソファ前のテーブルにそれらを置きながら言葉をかけてくる。


「でも驚いちゃいましたね。

 断られちゃって泣きはらして徹夜しちゃったーなんてのはよく聞きますけど、OKを貰ったっていうのにどうしたら良いか分からなくなって徹夜しちゃうなんて……。

 そもそも、その……彼女さんと一緒に過ごさないで、そのまま家まで送っちゃうってのも驚きなんですけども」


「まー……アンドレアらしいって言えばらしい話だけどな。

 彼女さん……いや、婚約者さんか、婚約者さんもアンドレアがそういう男だというのはよく理解しているんだろうし、今更怒ったりはしないんだろうな」


 と、俺がそう返すと、ルチアは「なるほど」とそう言って……次の仕事の為か、パタパタとリビングから駆け出ていく。

 

 その姿を見送り、アリスと同時にティーカップを手に取り……アリスと同じ仕草でその香りを楽しんでいると、そこに突然バタンと、慌ただしい音が響いてくる。


 その音に一瞬、ルチアが転びでもしたかと俺達は驚くが、音の発生源はルチアが向かった食堂では無く玄関の方からで……お互いの顔を見合った俺とアリスは、同時に頷き、恐らくはクレオなのだろうと察し……これ以上騒がしくしないように、アンドレアを起こしてしまわないように、慌てて玄関の方へと向かう。

 

 するとそこにはクレオの姿と、どういう訳か満面の笑みのジーノの姿があり……そんな二人の足元には大きなワイン樽が置かれていた。


 クレオを見てジーノを見てワイン樽を見て……何がなんだか分からない俺とアリスが首を傾げていると、クレオは笑顔で、


「さぁ、皆でお祝いですよ!!」


 と、大きな声を張り上げる。


 その声を受けて俺達は……呆れ顔になりながらクレオに向かって、


「悪いが少し静かにしてくれないか?」

「ちょっと……静かにしてくれない?」


 と、同時にそんな言葉を口にするのだった。

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