第94話 訓練


 アリスに例の男と拳銃携帯の話をすると、


『なんだかよく分からない変質者のことなんてどうでも良いよ!

 そんなことよりも……拳銃!! うわーうわーうわー、どんな拳銃が貰えるんだろ、楽しみ!』


 と、男のことなんかどうでも良いらしく、完全に拳銃の方へと意識が行ってしまった。


 拳銃が貰えるといっても、すぐに何もせずに貰える訳ではなく、警察署の射撃場での拳銃の扱い方に関する講習と、メンテナンスに関する講習と、各種法令に関する講習を受けた上でのことなのだが……勉強熱心なアリスにとってそんなことは苦にもならないだろう。


 そういう訳でアリスは当分の間、学校と警察署に通う日々を過ごすことになり……アンドレアとジーノはそれぞれの家族や彼女と時間を過ごすことになり……そうして俺とクレオは、前々から何度かやろうやろうと口にしていた、飛行訓練に本腰を入れることになった。


 アリスが拳銃に関する講習のすべてを受け終わるまでは一週間ほどかかるそうで……俺達の飛行訓練も一週間みっちり休み無しで行われる。


 多少の整備費や燃料費がかかったとしても問題なし。

 その程度の金を払っても困らない程に稼いでいるのだから、金のことよりも何よりも、この機会にとにかく濃密な訓練をしようとなり……そうしてクレオ式というか、軍隊式の訓練の日々が始まることになった。


 整備の関係で訓練開始時刻は11時、休憩をはさみつつ16時に終了予定。

 形式は模擬戦形式、銃は使わずに決められた区域内を飛び合って、5秒間、相手の後ろを取ったなら得点獲得。

 一度で終わらず何度も何度も時間がある限り仕切り直し……終了時点での合計得点でクレオに勝っていたならそれで合格、訓練は終了……というのが軍隊式の訓練なんだそうだ。




 そういう訳で訓練初日、快晴。

 

 訓練を開始した当初俺は、機体性能で勝っているのだから何度かやれば、2・3戦もしたら勝てるようになるだろうとそんなことを思っていたのだが……結局、いくらやっても、何度も何度も挑んでも……たったの1点を獲得することすら出来ずに初日を終えることになった。


 確かに俺達の機体のほうが性能は勝っている。

 だが複座を作ったり銃座を作ったりの関係で、機体全体のバランスはかなり悪くなっており……アリスを乗せることに慣れてしまっているせいか、一人だけで空に上がると途端に機体の姿勢がブレてしまう。


 その上、腕に関してはクレオが圧倒的に……次元が違う程に上で、そんな状態で勝てるはずもなく、クレオの後ろを取るなど夢のまた夢で……そんな結果になってしまうのは当然のことだった。


 訓練を終えたなら飛行艇を整備工場に預けて帰宅し……その帰路、夕食時に反省会。


 翌日に備えて風呂に入ったらすぐ寝て……目覚めたなら身支度朝食を済ませ、時間まで座学を行ってから整備工場へ。


 そうして二日目の訓練が始まり……二日目も惨敗で終了。


 クレオ曰く、初日よりは機体のバランスに慣れてきていて、腕も上がっているそうなのだが……まだまだ素人レベルなんだそうで、お話もならない段階らしい。


 三日目、当然の惨敗。

 疲労がたまりつつあるせいか俺から見ると二日目よりも酷い内容で……クレオから見ると初日よりも酷い内容かもしれないとのこと。


 四日目、変わらず惨敗。

 睡眠時間を増やしたおかげか疲労は綺麗に抜けていて、今までで一番良い内容だったらしいが、0は0のまま。


 段々反省会の内容が薄くなってきていて……クレオ曰く俺があまりにも成長していないので、特に言うことがないらしい。


 五日目。

 何度かクレオの後ろを取りかけるも、5秒間という時間は今の俺にとってとんでもなく長いものであり……結局得点は0のまま惨敗


 1点でも得点したら勝利……ではなく、獲得得点でクレオを上回る必要があるというのに、残り二日で0点のままというのは……まったくもって論外だった、論外な上に絶望的だった。


 あまりにも結果が酷いというか、進展がなさすぎて、アリスやクレオや、ルチアまでが俺のことを心配してきたが……まぁ、なんというか、訓練を舐めている訳ではないのだが、この程度のことは俺にとってなんでも無かった。


 確かに訓練は大変だし、0点のまま進展がないのは辛いし、それなりの疲労とストレスが溜まっているのは確かなのだが……俺にとっては本当にこのくらいは『この程度のこと』でしかないのだ。


 あの頃よりはマシ、あの底辺の頃よりは全然マシ、余程に下手なことをしなければ、死ぬ心配もないのだから……いくら疲れてもいくら負けても、たとえ0点のまま一週間を終えたとしても、また挑めば良い、頑張れば良い、それなりの努力をし続ければ良いだけの話だ。


 何だったら一ヶ月でも二ヶ月でも、生活費に問題がなければ1年でも2年でも訓練を続けられるという自負が俺にはある。


 ……まぁ、いくら可能だといっても流石にそれはクレオに申し訳なさすぎるので……せめて後二日で1点くらいは取れるようになるくらいの成長はしたいものだ。


 


 六日目。

 ……この日俺はようやくクレオの背後を5秒間取り続け、得点することに成功した。


 背後を取れるようになったきっかけは、自分の視野の狭さに気付いたことにあった。


 俺は今まで自分のことで精一杯で……自分の飛行艇が何処を飛んでいるのか、どちらを向いて飛んでいるのか、次にどう操作したら良いのかとか、そんなことばかりを考えていて……今までそこら辺をアリスに任せっきりだったせいなのか、相手のことを全く考えていなかったのだ。


 勿論相手のことを視界に入れて、相手が何処にいるのか、どう飛んでいるのか、目で見て把握することをしてはいたのだが……クレオがどうしてそこを飛んでいるのか、どういう考えでそう飛んでいるのか、次にどう飛ぼうとしているのかなど、そこまで考えが至っていなかったというか……相手の立場に立って考えることが全く出来ていなかったのだ。


 クレオは確かに俺よりも腕が良く、機体性能もそこそこで、この島最強と言っても良い存在なのかもしれないが……クレオから見れば俺の機体の、次元の違うエンジンの性能は、ただただ脅威であり……その勝利は決して余裕のものでも、油断して出来るようなものでもなく、真剣に挑み、真剣に考え……俺の二手三手先を読み、その行動を読み切った上でのものであったようだ。


 それに対し俺は、その場その場の場当たり的な対処しかせず、戦場を俯瞰することもせず……クレオにも苦手なことがあるということや、クレオも疲労がたまれば動きが鈍るという、当たり前のことにも気づけていなかった。


 そんな状態で勝てるはずがない。

 クレオが軍人だとか凄腕だとかそういうこと以前に、俺があまりにも未熟すぎたのだ。


 その事に気づき、クレオの動きを読めるようになり……まだまだ未熟ながら戦場を俯瞰することも出来るようになって……そんな六日目の訓練が終わった時点での得点は俺が3、クレオが25という結果だった。


 

 そして七日目。

 訓練最後の日。


 クレオの動きを読み、相手と自分の位置を正確に把握して、ある程度のレベルで戦場を俯瞰出来るようになった俺は……最終的に13点の得点を得ることが出来た。


 0点が続いたのが嘘のように思える、まさかの二桁得点。


 そのことは本当に……本当に本当に涙が出る程嬉しかったのだが、クレオはクレオで軍人の意地を見せての17点獲得。


 そういう訳で結局俺は、七日の訓練を不合格……再訓練の必要ありという結果で終えることになるのだった。

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