第43話 曰く付きのお屋敷


 グレアスとの会話を終えた俺は、家に帰るなりアリスとクレオに声をかけて……そうしてグレアスが紹介してくれた物件を見る為に、行政区の近く、港からはそれなりに離れた高台へと足を運んでいた。


「……例のおすすめ物件がここって訳ね」


 町全体を見下ろせる位置にあるその家は、家というよりは屋敷といった方が良い、そんな建物で……その屋敷を見るなりそう言ったアリスは、腕を組んで「ふーん」と唸りながら屋敷全体をしげしげと眺める。


「へぇー……王都の貴族が愛人とこれから生まれてくる子供の為に建てたんだけども、その愛人が貴族から大金をせしめた上に本命の男と旅立ってしまって、不要となって売りに出すも買い手がつかず、完成からこれまで誰も足を踏み入れていない中古物件、ですか。

 ……まぁ、値段を見る限り、お買い得だとは思いますよ、うん」


 資料を見ながらのクレオの言葉を耳にした俺は「うーむ」と唸り首を大きく傾げる。


 値段は土地込みで500万リブラ。

 破格と言えば破格なのだがなぁ……。


「買おうと思えば買える金額だよね。

 まぁ、家を買ってそれで貯金がすっからかんじゃ困るから、もう2、3個仕事をこなしてからになるけど……。

 ……ちなみにラゴス、同じ値段で普通のお家を買うとしたら、どのくらいのお家が買えるの?」


 アリスのその問いに俺は首を傾げたまま答えを返す。


「正直土地を買った上で家を建てるとなると、500万じゃぁロクな家にはならないな。

 今の俺の家よりも少し広いか……場所によっては狭くなるくらいだ」


「このお屋敷は大きな庭付き2階建てで、お部屋もたくさんありそうだし、外観からして結構なお金をかけて作ってる感じだよね。

 既に出来上がっているものだからすぐに住めるし……お買い得はお買い得、なんだよねぇ」


「王都ならどんな曰く付きでもすぐに売れる値段ですが……この島にあるというのがネックなのでしょうね。

 辺境過ぎて買う気になれなくて、辺境の家としては全く不釣り合いな大きさで。

 港から遠くて、大きいだけに管理が大変……この島の方々としても安易には手が出せない、と……」


 俺の言葉にアリスとクレオがそう続いてきて……俺は傾げていた首を逆方向に傾げる。


「田舎だけあってここらの連中は迷信深いところがあるからな、変な曰く付きってのは好まれないだろうな。

 ……ただまぁ、俺は曰く付きとまでは思って無い訳だが……」


 俺がそう言うとアリスが首を傾げながら言葉を返してくる。


「そうなの? 逃げられた愛人の家って結構な曰く付きだと思うけど。

 その貴族も愛人と子供をここに押し込んで隠したかったんだろうし」


「貴族視点ならそうだろうが、愛人視点だと話は変わるんじゃないか?

 貴族を上手くやり込めて、金と子供と愛する男との生活を手に入れたっていう勝利のトロフィーとも言えるだろ?

 まぁ、愛人本人はこの屋敷を見たことすら無いんだろうが……母は強しというか、強かというか……嫌いじゃない話だな」


「建てられた経緯に思う所がなくて、お金もあると言えばある。

 ……ならどうしてそんなに首を傾げて悩んでいるの?」


「……いや、あまりに大きな買い物すぎてピンと来ないというか、困惑しているというかな。

 何もかもがいきなり過ぎて実感が沸かないやら、しっくりこないやら……うん、混乱してるんだろうな。

 それにアリスが気に入らなければ買う訳にもいかないし……どうしたものかってな」


「……まー、私としても気にならないといえば気にならないかな。

 ラゴスの言う通り強かさの象徴とも言える訳だし? ここに住んだら強い大人になれそうだよね」


 と、そんな会話をアリスとしていると、クレオがぐいと顔を突き出し話に割り込んでくる。


「自分も賛成ですよ! これからの時代、強かであればこそ活躍の場が増えるんでしょうし、強い女性っていうのはアリスちゃんにも似合ってると思います。

 お庭に色々花を植えてガーデニングするのも良さそうですし……畑を作って家庭菜園するのも良さそうですね。

 ここはとっても温暖でいいお天気が続くみたいですから、きっと色々な野菜が元気に育ちますよ!」


「……クレオ、ここは俺とアリスの家になる訳であって、お前の家になる訳じゃぁないんだからな?

 あくまでお前は国からの支給とやらが届くまでの居候なんだからな? 余裕が出来たら家を借りるなり、部屋を借りるなりしろよ?」


「なら自分、このお屋敷のゲストルームをお借りしたいです!

 このお屋敷を買ったとして、部屋を余らせておくのももったいないですし? 信頼できる自分みたいな人間に貸して家賃をとった方がお得ですよ?」


 クレオのその言葉に俺が唖然としていると、アリスは膝をばんばんと叩きながら大きな笑い声を上げる。


「し、強かだ! 早速お屋敷の影響でクレオが強かになっちゃった!」


 そんなことを言いながら笑って、笑いに笑って……そうして笑いを噛み殺しながらアリスは、クレオと家賃交渉を始めてしまう。


 その光景を見てまだ買うと決まった訳じゃないんだがなぁとため息を吐き出した俺は……この屋敷を切り替える為にどんな仕事をしたら良いのだろうかと、そんなことを考え始める。


 屋敷を掃除して、手入れもして、屋敷に合わせた家具を買って引っ越しをして。

 グレアスによると屋敷を買うと色々な税金を払う必要があるそうだし、そのための貯金をしつつ、この屋敷の代金を払って……。


 アリスは2、3個の仕事をすればと言っていたが、もう少しする必要があるかもな。

 幸い依頼は山程来ているようだし、そこから手頃なのを選んでジーノやアンドレアと協力して……。


「じゃあ、クレオにも仕事を手伝って貰うってことで、お家賃は格安にしてあげる! 

 ラゴス、軍人さんが手伝ってくれたら百人力! 操縦の指導もしてくれそうだよ!」


 俺があれこれと考える中アリスはそんなことを言ってきて……そうして満面の笑みを向けてくるアリスとクレオに俺は、ため息を吐き出しながら「分かった分かった」と、そう呟き……こくりと頷くのだった。

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