第42話 家


 クレオが家に押しかけてきてから三日が経った。


 元々一人用のそれ程広くない家にアリスがやってきて……まぁ、アリスは子供だからそれ程問題ではなかったのだが、更にクレオまでがやってきて……男一人の、女二人、その上女二人は姉妹のように仲良しという状態。


 一気に我が家は手狭になってしまい、俺は本格的に引っ越しを考えるようになっていた。


 アリスはともかくクレオは一時的な居候でしかなく、そのために引っ越しを考えるというのもおかしな話だが……アリスが成長していけば、いずれは引っ越しをする必要は出てくるのだろうし、ここらが良い機会なのかもしれない。


 懐に余裕のある今ならば……と、そんなことを近所のカフェで一人、ぼんやりと考えていると、そこに分厚い書類の束を小脇に抱えたグレアスがやってくる。


「ラゴス……家に居場所が無いからってこんな所に逃げてるんじゃねぇよ。

 俺を見習え俺を、子供まみれの中でもちゃんと居場所を作ってるぞ」


「うるせぇよ」


 と、そんな挨拶をし、グレアスが注文をしながら向かいの席へと腰を下ろし……抱えていた書類をどんとテーブルの上に置く。


「見ろよ、この書類の束を。

 これ全部がこの島に送られてきた依頼だぞ、こんなのは前代未聞! まったく驚かされた!

 ガルグイユを殺したお前ならやってくれるだろうって期待感があるんだろうなぁ」


「それ全部が依頼書なのか? 

 ……依頼書が来たからって受ける義務は無いんだよな?」


「ああ、無い。

 政府の命令なら強制もあるだろうが、既に一度ガルグイユの依頼をこなしてるからな、当分は無いだろう。

 今やこの島には四人のガルグイユ殺しがいる上に、駐在軍人までが居るからなぁ、送られてくる依頼書もどんどか増えるんだろうな」


「……なんか、名前ばっかり大きくなってる感じがあるな。

 俺は良い飛行艇を持っているとは言え腕は素人当然、ジーノとアンドレアは経験もあって相応に腕も立つようだが、おせじにも良い飛行艇とは言えない。

 腕と機体、両方を持っているクレオが一番マシということになるが、クレオも実戦経験はそんなに無いそうだからなぁ……」


「とは言え、だ。

 この辺境の島に最新機のラゴスと軍人のクレオが加わってくれたってのはやっぱりありがたい話なんだよ。

 お前達の活躍のおかげで景気が良くなるってのもあるが……いざという時の備えという意味で、島にただ居てくれるだけでも安心感が違うからな。

 ……良い飛行艇乗りがいる島は治安が良くなって、安心感のおかげか皆が笑うようになるもんなんだ。

 すると子供がぽんぽん生まれて、移住者がどんどん増えていって……更に景気がよくなってって感じで良いことが続くようになる。

 ……警察署長としても顔役としてもありがたいだからな……きっかけとなったお前にはこれでも感謝してるんだぞ?」


 からかっている訳ではない、真剣さが込められたその声を受けて、どうにも照れくさくなった俺は、頭をガシガシとかく。


「きっかけは俺じゃぁなくてアリスなんだがな……そんなことより今日は一体何の用事なんだよ。

 こんなどうでも良い書類の話じゃぁなくて、何か他に大事な話があるから時間を作れだなんて連絡よこしたんだろ?」


 頭を掻きながら話題を反らす為にそう言うと、グレアスはニカッと笑って言葉を返してくる。


「どうでも良い書類なんかじゃぁないぞ。これだけの話が来てるってお前に見せておくのも大事な用件の一つだからな? 

 お前にとっても大事な仕事先からの連絡だ、持ち帰ってちゃんとチェックしておけよ。

 ……とまぁ、確かに、これだけなら部下に書類を持っていかせれば良い話で……ここからがお待ちかねの本番なんだが……ラゴス、お前家を買わないか?」


「……なんだっていきなりそんな話になった?」


「いきなりってことはねぇだろ?

 お前の今の家は貸家で、お前は大金持ちの稼ぎ頭……一人でも狭い貸家に暮らしてるってのに、それが三人ともなれば、新しい家を買おうって発想になるのは普通のことだろうが」


「新しい貸家に住んだって良いし、そもそもクレオは一時的な居候だ。

 いきなり家を買えってのは流石になぁ」


 そう言って俺がうろんげな目を向けるとグレアスは、ぐっと歯噛みして、露骨に目をそらして……そうしてから大きなため息を吐き出して、諦めたような態度で言葉を返してくる。


「……別に強制って訳じゃなぁないんだが、家を買ってな、この島に永住するって覚悟を決めてくれるとな、俺も島の連中もありがたいんだよ。

 さっきの安心感にも繋がる話でなぁ……中にはラゴスが都会の女……つまりクレオに誘われて、都会に行っちまうなんてことを言うのもいるからなぁ……どうだ?」


 じっと見つめながらそう言ってくるグレアスの目は本気の色に染まっていて……どうやらこれもからかっているとか、冗談で言っている話ではないようで、俺は真剣にグレアスの言葉を呑み込んで考える。


「……島に永住するつもりはあるからな、家を買う事自体は別に問題は無い。

 いずれはそうしようとは思っていたからな。

 ……ただ借りるではなく買うとなると、今の貯金じゃぁ足りないんじゃないか?

 しっかりと良い家を見定めたいし……稼ぎが安定して、十分なまでに貯金が増えて、それからの話になるだろう。

 アリスと相談だってしなけりゃならないし……」


 考え込みながら俺が真剣に、グレアスの真剣さに応えるためにそう言うとグレアスは……にっこりといつにない笑みを浮かべながら一枚の紙を差し出してくるのだった。

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