第40話 パーティ


 バレットジャックの身をシェフナイフで徹底的に叩く。

 叩いて叩いて、練り合わせて、そこにハーブやネギ、スパイスを効かせたら……そのまま生で食う。


「え、え、え、生で!?

 大丈夫なんですか!?」


 昔からこの島でやっている食べ方なんだから大丈夫だろうさ。

 クレオの悲鳴のような声を聞き流して、出来上がったそれを口の中に運び……とろりとした食感とたまらない味を堪能する。


「え、えぇぇい、自分もいざ尋常に……!

 ……お、お、美味しい!? 生なのに!?」


「そんなに生が気になるなら向こうの、ブロックを組んで火を起こしている一帯へ行けば良い。

 これからあそこで揚げ料理や焼料理、煮料理なんかも始まるぞ」


 衣をつけてからりと上げて、レモンの果汁を絞って食べたり、たっぷりのバターで焼いて薄切りのニンニクを添えてステーキ風にして食べたり、マスタードの実とローリエを浮かべたオリーブ油でもって、じっくり煮込んでからほぐして食べたり、バレットジャックは火を入れても美味しく食べられる魚だ。


 ただ焼いて塩を振るだけってのも中々で……物好きな連中の中には内蔵を塩漬けにしたり、バレットジャックそのものを塩漬けしたりして、ワインのあてにする者もいる。


 野菜に合うし、果物にも合うし、チーズにも合う。

 ……ああ、そうだ、火を通すならアレだな、チーズ料理も欠かせないな。


「……アリス、もう少ししたらチーズのはさみ揚げが作られるはずだ。

 あれは外せないぞ……あっちの婆さんのが美味いから、今のうちに移動しておこう」


 俺がそう声をかけると、夢中で生のバレットジャックを頬張っていたアリスが、もぐもぐと口動かし……口の中を飲み下すまで懸命に動かし、そうしてから言葉を返してくる。


「そんなに美味しいの? そのチーズのはさみ揚げっていうお料理は」


「ああ……こう、バレットジャックの身で薄切りにしたチーズを挟んでだな、厚めの衣を被せて高温の油でがっと揚げるんだよ。

 すると衣の中でチーズが溶けてな、衣を噛むとじゅわっと溶けたチーズをバレットジャックの風味が―――」


 そこまでの説明で十分だったのだろう、アリスが俺の左腕を、クレオが俺の右腕を取り、引きずるような形で婆さんの前へと移動していく。


 ブロックを積み上げ、その上に大鍋を置いて、質の良いオリーブオイルをたっぷりと流し込んで火を入れて、油が熱せられていく傍らで手早くナイフを滑らせ、料理の下拵を整えていって……そうしてまだまだかと、鍋の前でじっと婆さん達のことを見つめる俺達へと微笑み返した婆さんは、分厚い衣に包まれたバレットジャックとチーズを、そっと鍋の中へと沈めていく。


 そうして聞こえてくる心地よい音に聞き入っていると、婆さんがトングでもって完成品を油から掴み出し……油を切り、更にそっと乗せて、野菜を添えてから手渡してくれる。


 出来上がったばかりのそれを……湯気が立つほどに熱いそれを、冷めるのを待つことなく口の中に放り込むと、じゅわっとチーズと旨味がとろけだしてきて……俺とアリスとクレオは、熱い熱いと悲鳴を上げながらも、至福の時間を過ごすことになる。


 そこからはもう夢中だった。

 まだ足りないとはさみ揚げを次から次へと食し、他の料理も食し、腹の限界までバレットジャックを詰め込んでいく。


 本来であれば金を払って食べるこの料理達も、仕事の報酬ということで全てがタダ、漁師達のおごりだ。

 こんな機会そうそうにあるものかと、三人で港のパーティ会場を荒らしていく。


 そうやって食べに食べて、心の奥底までバレットジャックで満たして……そうして俺達は、会場の隅の方に出ていた露店でジュースを買って……そこら辺に腰を下ろし、ジュースをゆっくり飲んで腹を落ち着ける。


「っはぁ……いつもは自腹で、酒片手のバレットジャックだったからなぁ。

 ここまでバレットジャックだけを詰め込んだのは初めてだよ」


「……私、どういう経緯でこの島に来たのかは分からないまんまだけど、とにかくこの島に来ることが出来てよかったと心底思うよ、バレットジャックに出会えて良かった……」


 俺のつぶやきに対し、アリスがそう返してきて……そこまで気に入ったのかと俺が驚いていると、アリスの隣に座るクレオがため息を吐き出してから声を上げる。


「自分もです……自分も王様の護衛をやってて本当に良かったと心底思います。

 そうじゃなければこの味に出会えなかった訳で……ああ、もういっそのこと、お仕事は辞めちゃってこっちに移住しようかな……」


 そんなとんでもない発言に俺が、


「お、おいおい、バレットジャックを食えるのは今だけで、年がら年中食える訳じゃぁないからな……?」


 と、返すもクレオの耳には届いていないようで……呆けたような表情のままクレオは自らの腹を撫で「いくらくらい貯金したら移住できるだろう」と、そんなことを呟き始める。


 王都の飛行艇乗りで王様の護衛ということは、エリート中のエリートという訳で……食欲に負けて馬鹿なことするなよと、そう俺が声を上げようとした―――その時。


 警察署へと続く道の向こうから、まるで坂道を転げ落ちているかと思うような勢いでグレアスが駆けてくる。


「ぬぁぁぁ、出遅れちまった!

 これを、バレットジャックを食えないでどうして生きていけるっていうんだ!

 身体が乾ききって萎れちまうじゃねぇか!」


 と、そんなことを言うグレアスの側には当然王様の姿もあり……、


「ほう……これがあのバレットジャックか。

 加工品しか食ったことねぇから知らなかったが、こんなにも良い匂いがするもんなのか……!」

 

 なんて大声を上げる。


 その大声を受けてクレオが動き出す……かと思ったんだが、仕事を……ここまで来た目的を忘れてしまったのかクレオは呆けたままで、王様もクレオに気付かないままパーティ会場へと乗り込んでくる。


 そんな王様とクレオのことを見やって、一体どうしたものかと頭を掻いていると……空を切り裂くプロペラの音が複数、響き聞こえてくる。


 それはどうやらクレオの仲間の飛行艇のプロペラの音のようで……海の向こうから編隊を組んだ飛行艇達が真っ直ぐにこちらへとやってくる。


 そしてその姿を見た王様と、ようやく正気に戻ったクレオはそれぞれの事情を思い出し、飛び上がるようにして立ち上がって……王様はどうやったら逃げられるのかと、クレオは王様のことを忘れていたとパニックに陥るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る