第39話 王様


 結局それからトラブルらしいトラブルは起きることなく、バレットジャック漁は無事に、大漁という結果で終わることが出来た。

 

 漁船の保存庫を埋め尽くさんばかりのバレットジャックはただちに港に運ばれて、すぐさま解体、加工、調理などがなされて、食料だったり肥料だったり油だったりと様々な形で活用されることになる。


 釣り上げたばかりの新鮮なバレットジャックは、焼いて良し煮て良し炙って良し揚げて良しと、どんな料理法でも美味しく食べることが出来て……今日の報酬には、現金だけじゃなく漁師の家族達が料理してくれるバレットジャック料理も含まれていたりする。


 この季節だけのご馳走であるバレットジャックは、島に住むものなら誰もが好物としていて……俺は数える程しか食べたことがないが、それでもその味に魅了されてしまっていて……今からその報酬が楽しみで楽しみで仕方ない。


「あー、なるほど、港に帰るまでが護衛の仕事なんですねー。

 そして港についたらバレットジャックパーティ……うぅん、自分はどうしましょうかねー」


 飛行艇のエンジンを軽く回し、港へと帰る船団を追いかける形で水上を走っていると、隣を走るクレオからそんな声が上がる。


「……俺は軍の仕事とかは良く分からないが……この時期の釣りたてのバレットジャックの味は知っている。

 びっくりする程に美味いぞ、ここまで来て食っていかないのは、はっきりいって大損だぞ」


 と、俺がそう返すと、クレオは「むぅん」と唸り、両手でがしがしと頭を掻きながら悩み始める。


「クレオさん、だいじょーぶだよ。

 王様はきっと逃げないから、っていうか多分バレットジャックを食べに来るから!

 島中の人が集まって美味しいものを食べてるとなったら、あの食いしん坊は絶対にやってくるよ!」


 アリスのそんな一言を受けて、そう言えばアリスは王様の食事にしばらくの間付き合っていたな、なんてことを思い出していると、クレオが大きな笑みを浮かべて、その瞳をきらきらと輝かせ始める。


「そっか! そうだよね!

 なら自分もバレットジャック料理にありついても良いですよね!!

 いやー……他の皆には悪いけども、これも先行した約得ってやつですかねー」


「うん? 他?

 他の皆って、まだ他にも王様を追いかけているのがいるのか?」


 クレオの言葉に俺が総反応すると、クレオは当然でしょうとばかりに頷いて言葉を返してくる。


「もちろん! 護衛隊全員が追跡任務についてますよ!

 私含めて35名……その全員が飛行艇乗りという訳ではないのですが、それでもそれぞれの方法でこちらに向かって移動しているはずです。

 ……なんだかんだと言っても陛下はこの国の支柱ですから、何かがあったら国が傾いてしまいます。

 ただでさえ今は色々な発見やら何やらで騒がしくなっているのですから、支柱にはじっと、国の中心で国を支えていて欲しいんですけどねー……」


「……なんだ? 何か含むところがありそうだな?」


「まー……陛下はほら、生まれた時からその役目が決まっていて、その為だけに厳しい教師達に囲まれて、勉学とか鍛錬を強制されてきた訳ですから、自由になりたい、自由に生きたい、ちょっとははめを外したいって気持ちも分からなくはないんですよ。

 だからまぁ……ちょっとくらいのおいたは自分達も見逃すんですけど……ただまぁ、今回のはちょっとやりすぎですね。

 ここらへんの島々は辺境と言えば聞こえは良いですが、つまるところは対魔物の最前線……王都と比べたら危険度がこれでもかと跳ね上がる地域です。

 そこに護衛も無しで向かっちゃうなんてのは、とっても危険な行為ですから」


 そう言って遠い目をするクレオ。


 俺みたいなのとは対極の地位に生まれた王様。

 その人生は恵まれていて、一切の不自由がなくて、何もかもが思い通りになって、自らの不幸さに泣くことなんて無いものと思っていたが……どうやら現実は違うようだ。


 王様なんて凄い身分に生まれても相応の苦労があり……相応に大変なことがあるようだ。


 ……とはいえ、好き勝手に旅行できたり、うまいもんを山程食えたり、子供を馬鹿みたいに作ることが出来ている時点で恵まれているだろうと、多くの物を持っていやがるだろうと思ってしまうので、同情は一切しないが……まぁ、うん、ある程度の理解は出来るかもしれないな。


 と、そんなことを考えていると港が見えてきて……今日の英雄である漁船が港へと入り、港で待っていた人々から大歓声が湧く。


 それを見て護衛は終了だなと頷いた俺達は、整備工場の方へと向かい……クレオの機体も一緒に整備をお願いして……そうしてから駆け足で港へと戻る。


 すると早速バレットジャックの解体や調理がそこら中で始まっていて……俺達はすぐに食べられるだろう、バレットジャックの炙りを調理している一帯へと足を進める。


 解体し、小さく切ったバレットジャックの身をガスバーナーで炙り、丁寧に炙ったならどかんと野菜の盛られた皿の上に並べて……そこにネギとニンニク入りのバルサミコ酢をこれでもかとぶっかける。


 それで完成。後はフォークを突き立てて、フォークに突き刺さったバルサミコ酢まみれとなったバレットジャックと野菜を口の中に放り込んで食べるだけ。


「うんまぁぁぁ!!」


「うわっ、ほんとだっ、何これ!?

 魚じゃないみたい!!」


 大きなテーブルにいくつもの皿が並んで、そこに突き立てられたフォークに周囲の人々が手を伸ばす中、俺とアリスも早速とばかりに手を伸ばして……そんな言葉を思わずもらす。


「あ、ウサギさんなのにお魚食べるんですね。

 野菜だけじゃないんですね……ってうわっ、何これ!? 何これ!?

 入隊したときに一度だけ牛のステーキを食べたことがあるけど、こっちのほうが断然美味しい!!」


 続けてクレオがそんなことを言ってきて……次のフォークに手を伸ばしながら俺は、


「一応言っておくが俺はウサギじゃなくて、ウサギの獣人だからな!」


 と、そう返して……二切れ目のバレットジャックを口の中に放り込むのだった。

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