第13話 祝勝会


『凱旋が終わったなら次は祝勝会だ』


 なんてことを港に集まった誰かが口にして……そしてその通りに祝勝会が開かれることになった。


 予算はとりあえずの払いとして手に入れた10万リブラ。


 一月分の稼ぎを一度の祝勝会で使い切るだなんて全く正気の沙汰ではなかったが……今まで世話になった人達への礼も兼ねていると思えば……まぁ仕方のない金額なのかもしれない。


 これから賞金稼ぎとして世話になっていくだろう人への挨拶も兼ねているし、島の人達への挨拶と……それと相棒、アリスへの感謝も込みでの10万リブラと思えば、なんとかギリギリ納得出来ないこともない。


 会場は海近くの洒落た造りのレストラン。


 店内だけではスペースが足りないと、店の前の道にまでテーブルを並べてのかなりの規模の会となって……アリスも居るからということで酒は少しだけ、食事とデザートがメインとなる。


 店の前に並ぶパラソル下のテラス席にグレアスや整備工場の皆といった主賓が集まり、店の入口前に置かれた大きな丸テーブルがアリスの席ということになり、店の中にはそこらに居た名前も知らない連中が押し込まれて、それぞれが頼んだ食事やら酒やらがどんどんと並べられていく。


 そうやって会の準備がそれなりに整ってきたところで、そうする必要があるのだろうと考えた俺が、酒を注いだコップを手に取って挨拶をしようとすると……グレアスが大きな声で、


「面倒くせぇ挨拶なんかいるものかよ! かんぱーーい!」


 と、そう言ってしまい、その場にいた全員がそれに応じてしまい……なんとも酷い形で祝勝会が開始となる。


 その光景を見ながら大きなため息を吐き出した俺が、コップの中身を飲み干してからアリスの隣の席へと歩いていくと……背の高い椅子の上にちょこんと座り、服が汚れないようにとナプキンを首元にかけて、ナイフとフォークを手にとって場に全く相応しくない上品さで料理を楽しんでいるアリスが、俺の方へとにっこりと……初めて見るような柔らかな微笑みを向けてくる。


「ラゴス、美味しいよ!」


 と、そう言って微笑みを深くしたアリスは、俺が席に腰掛けたのを見てから頷いて……上品に丁寧に、ゆっくりとテーブルの上の食事達を食べていく。


 香草油で炒めたブロッコリーとソーセージとマッシュルームにゴマを振った料理。

 取れたばかりのカラフルな魚と、玉ねぎと人参を甘いビネガーソースで炒めた料理。

 新鮮な、この島特産の野菜を冷水で洗い、卵ソースをかけたサラダ。

 島の特産と、輸入したらしい果物の詰め合わせ大皿。

 小魚に、砕いた乾燥ハーブと小麦粉と擦った芋と冷水を練り合わせたものを被せて油で揚げた料理。

 トマトとバジルとチーズがたっぷりのパスタ料理。


 そうした料理の、食材一つ一つを丁寧に楽しむかのように咀嚼し、ゆっくりと果汁ジュースを流し込んで喉を潤し、この場にもこの島にも全く釣り合わない上品な仕草を見せ続ける。


 そんなアリスの様子を少しの間見つめていた俺は……手にしていたコップを遠くへと押しやって、別のコップを……手近なところにあった野菜スティック入りのコップを手にとって、野菜スティックをポリポリとかじっていく。


 アリスは俺に酒を飲むなとは言わないが、飲んでいる姿を見せると良い顔はしない子だった。


『色々あるのだろうから飲んでも良い……飲んでも良いけど出来るなら飲まないで欲しい』


 そんなことを言葉ではなくその表情と目でもって伝えてくる子で……であればと俺は、禁酒の決意をこっそりと打ち立てる。


 アリスのおかげで今がある。

 

 アリスがあの飛行艇と出会わせてくれて、アリスが俺をここまで導いてくれたように思えて……そして俺は、どうしようもなかったウサギ野郎の俺は、アリスのおかげで道を間違わずにいられているような、そんな気分がする。


 島の人はアリスのことを俺の妹だとか、娘だとか、いや母親だとかそんなことを言うが……俺にとってアリスは欠かすことのできない大事な相棒であり、その大事な相棒がそう望むのなら、その通りにするのも悪くない……はずだ。


 と、そんなことを考えながらポリポリと野菜スティックを齧っていると、アリスが俺のことをじっと見つめて、何故だか半目になってからぽつりと声をかけてくる。


「……いつまで飛行帽を被ってるの?

 食事の席なんだし、脱いだ方が良いんじゃない?」


 あ、ああ、そう言えばずっと被ったままだったか。

 色々とあったせいですっかりと忘れてしまっていた。


 気温の低い上空で、風を思いっきり受けることになるからと、飛行帽も飛行服も耐寒を意識した造りとなっている。


 これらを身に着けたまま、酒を飲んで食事をして、その上祝勝会だなんだと騒ごうものなら、ひどいことになってしまうだろうと、俺は慌てて飛行帽の留め金を外して、ゆっくりと脱ぐ。


「っぷひぇぁ!?」


 するとアリスからそんな声が……今までに聞いたことのない、悲鳴に近い声が響いてくる。


 まるで幽霊でも見たかのような顔をしながらそんな声を上げたアリスは、ぷるぷると震えながら歯を噛み締めて、テーブルクロスを掴んで足をばたつかせて……何かを我慢しているような、そんな仕草を見せた直後に決壊する。


「あはははははははは!?

 何それ!? 何その耳!? ど、ど、ど、どうなってるの!?

 あははははははははははは!?」


 テーブルとフォークを投げ出し、取り分け用の大皿を押しやって、テーブルに顔を突っ伏しながらテーブルをどんどんと叩きながらそんな大声を上げて、今までに無い大笑いをするアリス。


 そんなアリスの笑い声に釣られたらしいグレアスを始めとした他の野郎共までが、俺の方を見るなり、とんでもない笑い声を上げ始めて……俺は『耳』が一体どうしたのだろうと、首を傾げたなら手を頭の上へとやって、自らの耳がどうなっているかを確かめる。


 直後、俺はアリス達が笑っている理由を理解する。

 飛行帽に押しつぶされた俺の長いウサギ耳が……飛行帽に押しつぶされ続けたせいで、ペタンと倒れ……頭の形に沿うかのようにうなじの辺りに垂れていたのだ。


 押しつぶされていた時間が長かったせいか、癖がついてしまったらしい二つの耳は、軽く触ってみただけでは元に戻らず……仕方無しに俺は耳の根本をぐいと掴んで、そのまま無理矢理に持ち上げて立ち上げる。


 だがしかし、それでも耳は元に戻らず、力なく前方にぺたりと倒れてきて……俺の目を隠し、俺の鼻先にぺしんと当たり、その様子がまたアリスの笑い声を増幅させる。


「や、やめてやめて、私をこれ以上笑わせないで?!

 し、しんじゃ、死んじゃう!?」


 笑い声混じりにそう言ったアリスは……俺の耳が元通りになってくれるまでの数分間、全身を使ってじたばたと悶えながら、満足な呼吸も出来ない程に笑い続けるのだった。

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