第14話 これからの生き方


 腹をいっぱいにして、存分なまでに笑いに笑って……そうしてアリスは、祝勝会に参加してくれた皆に挨拶してくると、席を離れて駆けていく。


 その後姿を見送って、力を失っていた耳をしっかりと立て直した俺は、自分も食事を楽しむかと、テーブルの上に並ぶ食事に手を伸ばし、ゆっくりと楽しんでいく。


 そうした食事の中でも、この香草油で炒めたブロッコリーが美味いなと、夢中になって食べていると、高そうな酒瓶を直接口につけて、その中身をガブガブと飲んでいるグレアスが、こちらへとやってきて……さっきまでアリスが座っていた椅子に腰を下ろし、テーブルに肘をどんと置いてから声をかけてくる。


「で、ラゴス、お前これからどうするんだ?

 あれだけの金がありゃぁこの島から出ていくことだって出来ちまうし、あの飛行艇があれば好きな場所に行くことも出来ちまうだろ?

 ……お前は……いや、お前たちはこれからどうしていくつもりなんだ?」


 俺達のことを心配しているらしいラゴスは、そう言いながら赤らめた顔を厳しく引き締めていて……俺はブロッコリーの茎をちょびちょびと齧りながら言葉を返す。


「どうもこうもないさ、俺達は変わらずこの島に居続けるつもりだよ。

 他所へいった所でこんな見た目の俺じゃぁ中々受け入れては貰えないだろうし……この島には飛行艇を飛ばす為に必要な人達が揃っている。

 そもそもこの祝勝会だって、そういう人達にこれからもよろしくなって、そういう挨拶のつもりで開いたんだ。

 だってのに島から出ていってしまったら、奮発した10万リブラが無駄にまってしまうじゃないか……。

 それにほら、アリスの学校のこともある……。少なくともアリスが大人になるまでは、この島から離れるつもりはないよ」


「……そう言ってくれるのはありがたいがな、この島じゃぁそんなには稼げねぇぞ?

 あの飛行艇の性能がありゃぁ……1000万単位の中央政府の仕事や、最前線の仕事だって請け負える。

 この島の顔役としちゃぁ、お前のような話がわかる飛行艇乗りが居てくれるのはありがたいことだがな……俺に、いや俺達に遠慮して、居たくもない田舎に居続ける必要なんかねぇんだぞ?」


 真剣な顔でそんなことを言ってくる……俺がグレアスに気を使って島に残ろうとしていると本気で考えているらしいグレアスの言葉に、俺は小さく吹き出して、からからと笑い声を上げる。


 そんな俺のことを「なんで笑ってんだ」とでも言いたげな顔で見つめてくるグレアスに、俺は齧っていたブロッコリーの茎を口の中に放り込んでから言葉を返す。


「これまで色々と手回しをしてくれたグレアスには感謝しているし、実は尊敬もしてたりするがな……それを理由に島に残ろうなんて決断をする程物好きじゃぇねよ。

 俺がそうと決めたのは俺とアリスのこれからにとって、その方が良いだろうっていう、そういう判断があったからだ。

 ……何しろ俺はまだまだ飛行艇乗りとしちゃぁまだまだビギナー……ガキみたいなもんだからな。

 覚えなきゃならねぇことはいっぱいあるし……一人前に成長するまではこの島に居座って厄介になるつもりだよ。

 それとさっきもいったがアリスの学校のこともある……確か子供は学校にいかせなきゃ駄目って、そんな法律があるんだろ? 

 ならまぁ……アンタに逮捕されないように、当分は法律を遵守する、模範的国民で在り続けないとな」


 と、俺がそう言うとグレアスは、喜んでいるのか怒っているのか、判別のつかない複雑な表情をして……手にしていた酒瓶の中身を一気に飲み干す。


 そうしてから椅子を蹴倒しながら立ち上がり、


「酒だ! もっと高い酒をくれ!

 今日はラゴスの金で飲み倒すぞ!!」


 なんてことを叫んで、どすどすと地面を踏み鳴らしながらレストランの中へと去っていくのだった。



 

 そんな祝勝会が終わって……ものの見事に10万リブラを使い果たした翌日。


 俺とアリスの一日はいつもとは少し違う形で始まった。


 アリスよりも先に俺が目を覚まし、アリスが俺を仕事に送り出すのではなく俺がアリスを学校へと送り出し、今まではアリスがやってくれていた家事も俺が担当することになる。


 当分の間……飛行艇の整備が終わるまでの間は、仕事もできないし、何もすることが無いのだからそれも当然のことだろう。


 たった一度のフライトで、整備をする必要なんてないだろうと言う奴もいたが……何しろあの飛行艇は一点物、換えが効かない代物だ。


 短い時間のフライトだったとはいえ、戦闘までしたのだから整備をしておくのは当然のことだろう。


 もう何ヶ月かしたらあの飛行艇を調査した人達が模倣エンジンやらを売りに出すらしいが……それもまだまだ先のこと。とにかく今は大事に大事に、絶対に壊さないように扱っていく必要がある。


 一度フライトしたら数日整備、そうしてから今回のような仕事を探して100万ほどの稼ぎ……。


 仮に整備に一ヶ月以上がかかるのだとしても食っていくには十分で、更には貯金まで出来る計算になる。


 アリスは学校なんかに行くよりも、もっと冒険をしたいだとか、もっと空を飛びたいだとか不満そうにしていたが……いざ事故が起こった時のことを思えば仕方ないと納得してくれた。


 アリスが将来どんな生き方をするのかはまだ分からないが、学校にいっておいて困るものではないだろうし……当分の間はこんな感じで、ローペースでちょこちょこと仕事をしながらの日常を送ることになるだろう。


 と、そんなことを考えながら我が家の掃除をしていると、


「ラゴス、いるか?」


 と、何処かで聞いた声が玄関の方から響いてくる。


 やっと来たかと、そんなことを思いながら玄関の方へ歩いていくと、そこには市場の責任者が、あのハゲ親父が立っていて……その手に山のような書類と、リブラマークの入った紙帯でまとめられた大量の紙幣の姿がある。


 まとめられた紙幣の厚みを見てにっこりと笑った俺は、ハゲ親父の来訪を全身全霊で歓迎するのだった。

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