第2話 破滅と目覚め
視察中のカエキリウスが刺客に襲われ、負傷した。
資格はまもなく捕らえられたけれど、彼は、私の父であるマクシミヌス・ディド・クレメンテに命じられたと言い残し、自害してしまう。
その日のうちにお父様は捕らえられ、短い裁判の結果、処断されることが決定した。
一人が犯した大罪は、一族全員の罪だ。
その瞬間に、クレメンテの家系が途絶えることが決まってしまったのだ。
皇后である私の処遇についても、話しあわれた。
皇后という地位にいる以上、たとえ大逆人の親族だとしても、処断することは難しい。幽閉か、処断か――――
だけど刺客が私の関与まで仄めかしていたため、ルジェナの父親であるダヴィド・ガメイラ・ヘレボルスが私の処断を強く要求した。
――――そして、私も処断されることが決まった。
処断が決定したその日、私はクレメンテの実家に戻っていた。
そこで、お父様の友人から、お父様の処断が決まったこと、私自身も殺される運命であることを知らされた。
父の無罪を訴えるため、カエキリウスに直接、直訴することも考えた。
だけど、親族に説得された。今、逃げなければ確実に殺される。彼らは口をそろえて、そう言った。
翌日、牢獄の中から、お父様の伝言が届いた。
今は逃げて、いつか、自分の無実を証明してほしい。お父様はそう訴えていたそうだ。
それが、お父様の本心だったのか、それとも私達を生かすためにそう言っただけなのか――――その時の私にはわからなかった。
その時はそんなことを考える余裕もなく、お母様のためにも、逃げることを選択するしかなかった。
国外にいる親族を頼るために港を目指したけれど、すぐにパンタシア軍が追手を差し向けてきた。
そして私達は、港の手前で追いつかれてしまう。
森の中に逃げ込み、走っているうちにお母様ともはぐれてしまって、やがて疲れから動けなくなった私は、追いかけてきた男達に拘束された。
――――このまま首都ニベアに連れ戻され、民衆の前で斬首される運命なのか。
無理やり歩かされながら、私は自分が斬首される瞬間を想像して、絶望から気を失った。
目覚めるとそこは、薄汚れた、凍えるような岩壁の牢獄――――ではなく、温かく、清潔な部屋だった。
「・・・・・・・・」
真っ白なシーツに横たわり、私はベッドの天蓋を見上げていた。
(私、夢を見ているの?)
この心地よさが、現実とは思えない。
(私は、追手に捕まったはずなのに・・・・)
国軍の追手に捕まり、ニベアの牢獄に連れていかれたはずだ。牢獄が、こんなに優しい空間であるはずがなかった。
「・・・・!」
扉が開く音が聞こえた。私は跳ね起き、身構える。
「目が覚めたようだな」
入ってきたのは、黒衣の老紳士だった。
一目で貴族階級の人間だとわかる装いで、老齢なのにとても姿勢がよく、面立ちにも渋みと気品がある。白髪の髪は、一本の乱れもなく後ろに撫で上げられていた。
「気分はどうかな?」
――――隙がない装いとは違い、彼の目は虚ろで、表情には生気がない。
「あなたは――――」
「色々と聞きたいことは多いだろうが、まずは水を飲みなさい。喉が渇いているはずだ」
彼はベッドの脇に置かれた椅子に腰かけると、自らグラスに水を注いでくれた。
だけど私は警戒心から、グラスを受けとることができなかった。
「毒は入っていない・・・・と言っても、この状況では信じてはもらえないか」
「あなたは誰なんです? そして、ここはどこですか? まず、それを教えてください」
そう言うと、男性は姿勢を正した。
「――――私の名前は、コンラドゥス・ユルス・グレゴリウス。君も一度ぐらいは、私の名前を聞いたことがあるんじゃないだろうか。これでも一応、パンタシアの閣僚の一人だ」
私は息を呑み、男性の顔を見つめる。
「そしてここは、私の屋敷だ。君を捕まえたのは国軍の兵士ではなく、私の部下だ。国軍に潜り込ませている密偵に、君達の居場所を探らせていた。居場所をつかんだので部下を先回りさせ、君を保護してもらったという次第だ」
「な、なぜ、私を助けてくれたんです?」
「君のお父上の、マクシミヌスとは交流があった。・・・・彼の処断は国が決めたこと、私はその決定に逆らえず、マクシミヌスを助けられなかったが、せめて彼のご息女だけでも、助けたかったのだ。――――それに君には、やってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと・・・・?」
グレゴリウス卿は、その質問には答えなかった。
私は俯き、シーツを握りしめる。
「お父様は・・・・私の・・・・家族は・・・・」
グレゴリウス卿は答えを避けるように、目を伏せてしまう。
――――その仕草で答えを悟り、目の前が真っ暗になった。
「マクシミヌス・ディド・クレメンテは、彼の妻が捕らわれ、ニベアに連行されたその翌日、彼女とともに――――斬首された。君のご兄弟は、いまだ行方不明だ」
「・・・・・・・・」
指先が震えている。目眩で、部屋が回っているように見えた。
「だが・・・・希望を失うのは早い。君の兄弟が生きている可能性は、まだ残っているのだから」
「父上」
部屋にもう一人、男性が入ってきた。
その人はまだ若く、身体がとても大きかった。扉をくぐる時に、枠に頭がぶつかるのではと心配になるほど、背が高い。
「客人が来てますよ。今後のことについて、話があるそうです」
グレゴリウス卿にそう伝えた後、彼は私と目を合わせ、優しく微笑みかけてくれた。
彼がグレゴリウス卿の息子で、ベルナルドゥスという名前であることは、後で知った。
「イネス、すまないな。今日はゆっくりと話している時間はなさそうだ。この話は、後日また、あらためてしよう」
グレゴリウス卿は立ち上がる。
「今は何も考えず、とにかく身体を休めなさい」
「・・・・・・・・」
グレゴリウス卿は、私の肩を優しく叩いてくれたけれど、私にはもう、返事をする気力さえ残っていなかった。
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