オニエワウチエ
鍋島小骨
鴉の夢
つまらない事故で入院になった。
折れたのは肋骨五本で、知らなかったが肋骨はギプスができないんだという。じゃあくっつきにくいのか? 変なかんじにくっつくのか? と医者に聞いたら、「締めれば骨が動かないから痛みが減る」とか言われて、胴体になんかきついのを巻かれている。仕組みは聞いたけどよく分からなかった。ただ、確かに巻くとあんまり痛くない。
あんまり痛くなくて入院しているとヒマだ。
友達も学校があるし、新型コロナがどうとかでそもそも家族でさえ見舞いに入れない。病室は何でか俺以外の患者がいなくて一人。
テレビはカードを買わないと観られなくて、入院中の買い物用と言って親に渡されたほんのちょっとの金がどんどんなくなるから、初日でほとんど観なくなった。このままのペースで使ったら何日目にどうなるか、さすがにバカな俺でも掛け算くらいはできる。うちの親はお小遣いが枯渇したからといってまたくれたりはしないタイプだ。同じ境遇の同年代でもいればただ乗りする手もあるが、何しろこの部屋に一人。
暖かい季節で、窓を少し開けていると外から車や子供の声なんかが聞こえてきた。健康な奴らの声、と思うと何となくムカつく。
何で俺がこんな怪我しなきゃならねえんだよ。
スマホは親に取り上げられていて、
当然、昼寝が多くなった。
昼間、眠っていてもうとうと程度だと、外が明るいのが分かる。
その白っぽい明るさを、大きな何かがふっ……と
眠くて何もできないときもあれば、ハッとして目を開けることもあった。特に何もない昼間だった。
うとうとから本格的に眠るときに暗くなるのかもしれない、と思い、最初は気にしなかった。
入院して二日目の夜、消灯後にまだ眠れずにいると、少し離れたナースステーションの方で人の気配がするのが分かる。
空には満月が上がっていて、カーテン越しにも結構明るかった。病室の大きな窓は普段カーテンをかけないらしく、夜はベッドを一回りくるむようなカーテンを引いている。
その水色のカーテンに、大きな影がふっ……と映ったように感じて、視線を向けたときには飛び
なんだ?
俺は肋骨に気を使いながら身体を起こした。どうしてか分からないが、音を立てないように。まるで何かに気付かれてはいけないみたいに。
やがてカーテンの向こうから、カカカカカカッ、と異質な音がする。ガラスを外から爪で叩くような。
そんなはずない。ここは六階だ。
俺は思わず、床に下ろそうとしていた足をベッドの上に戻してしまった。
ベッドの下に何かいて、足を掴まれたら。――急にそう思ってしまったから。
月光があっても病室の中は基本的に暗い。
何も起きなかった。
なんだ、誰もいない。当然だろ。ビビッちまったな。
ほっとしながら消した懐中電灯をホルダーに戻し、床のスリッパに足を突っ込んで立ち上がろうとする。
俺は窓を背にしていた。さっき、影は窓側のカーテンに映った。
どうせ何でもない。そう思って振り向くと、
カーテンに巨大な黒い
急にでかい冷凍庫にブチ込まれたように皮膚がしびれて感覚を失い、目はそのあり得ないサイズの鴉を見て、
鴉は俺を見ている。とがった
『オォンニィェワウチエェ』
遠くで足音と声がしている。
でも聞こえているのはもっと近くの声。
『オンニェワウチェエ』
カーテンの鴉が喋っている。耳元で声が聞こえる。
俺は叫んだ。
枕を掴んでカーテンの鴉に投げつけ、参考書を掴んで投げつけ、そうしているうちに看護師が駆けつけてきた。
「
「何かいる、なんかいる、鴉、鴉、鴉が!」
「どこに? 橋本さん、どこに」
どこ見てんだよ。俺見てどうすんだよ。
俺はカーテンを指差した。
「そこにデカい鴉が、」
水色のカーテンには何も無かった。
え、と
病室の大きな窓。白い満月、敷地外の街と山。
鴉なんてどこにも。
「ほら、何もいませんよ」
何も。
夢で怖いことあったかな、と優しい声を出しながら枕や本を拾ってくれる看護師の背後には、月光だけ。
何もいない。
夢か?
冷や汗が背中を流れていることに、ようやく気が付いた。
眠れるお薬出す? 大丈夫? あんまり夢見悪かったら明日先生に相談しましょうね。
看護師がそう言って元通りカーテンを引き、俺は元通りベッドに横になって、どうやらその日は眠った。
眠ったら眠ったで、怪我をしたときの夢を見た。
近所の山の、舗装もしてない道のチェーン柵が壊れて、小さな崖を落ちた。落ちていく俺の目に、遊歩道の仲間たちの顔が見えていた。
何故だろう、スローモーションのはずのその映像の中で、
一人だけが通常速度に近い少しゆっくりで呼び掛けてくるのだ。
誰だっけ。
こんな声だったか。
何でお前だけ、
『ォンニィエワウチエェ』
『ォンニィエワウチエェ』
鬼は内へ?
何で繰り返し、
何で俺はいつまでも落ちないんだ。
戸塚、お前、生きてたのか?
『――ォンニィエワァア、ゥチエェ』
山は黒く、目玉が見ている。
入院五日目。
俺はまたうとうとしている。
暇だからというより、本当に眠いからだ。
昼も夜も影が通りすぎる。
眠れば事故のときの夢を見る。
その度に飛び起きたり、寝ても全然休まらなかったりで、とにかく疲れて眠かった。
精神的なショックがあるとそういうことが起きやすいんですよ、と医者は言ったが、ちょっと転げ落ちたぐらいで精神的ショックもなにも、俺は今までにも軽トラに跳ねられたり家のロフトから落ちたり海で離岸流に持っていかれかけたりしているのに、何で今回に限って。
身体を起こしかけている看護師がやってきて、あら、まぶしくないの? と笑った。俺はあの晩以来、ベッドまわりのカーテンを半分開けたまま寝ている。もちろん、病室の窓側を。
「先生も言ってたと思うけど、明日もう一回写真撮りますね」
あい、と低い声で返事をして、俺はまだ眠い。
「時間がね、えーっと……お昼ご飯の前に迎えに来ますから」
あい。
「あと伝言が」
伝言?
視線を上げると、看護師は真っ黒な
『オニエワウチエ』
俺は絶叫した。
飛び起きると夕方だった。
病室の外では夕食の配膳が始まっている。
どうしたんだ。叫んだ感触がまだ口の中に残ってるのに。
どうして時間が飛んでる?
何だか分からないが、とてつもなくヤバい気がした。
財布と生徒手帳を掴んで公衆電話コーナーに行き、手帳のメモのページに書き付けておいた番号を選んで友達に電話を掛ける。
『もしもし?』
発信元が公衆電話だからか、警戒した感じで高田は電話に出た。こいつは親譲りのスマホオタクで、俺と同級のくせにスマホを二台持っている。電話はこっち、ラインはこっち、と注文がうるさいが基本的にはいいやつだ。
「高田? 俺、橋本だけど」
『橋本? お前いまどこにいんの? 何やってんだよ』
「何って、入院してるわ。なあ、俺事故ったとき、いたのってお前と
ガガン! と耳元でとんでもない音がして俺は
「高田? 何、今の音……」
『――お前、ほんとに橋本か』
「何言ってんだよ、俺だよ。声覚えてんだろ」
『だってお前、今』
がさごそがさっ。耳元で大きな雑音、高田が通話用のスマホを持ち直しているのか。ハンズフリーにすりゃいいじゃねえか、と思った瞬間、信じられない言葉が聞こえてきた。
『お前、病院からいなくなったんじゃないのかよ。おばさんから電話来たぞ。病室にいない、帰ってこないって』
「はあ? そもそもババア見舞いにも来てねえよ。何だその話」
『そ、それに、今、お前からライン来たんだよ。写真つきで。おい、冗談やめろよ。いくら暇だっつってもおばさん泣かすな。めちゃくちゃ心配して警察行くって言ってたぞ』
「ラインなんかできねえよ、俺スマホ取り上げられてるもん。は? 警察? 俺は病室でおとなしく寝てんのに?」
『だってお前送ってきた写真、あの山のォンニィエワウチエェ』
ぞ、と背筋の
「高田」
『とにかく家に連ルォンニィエェワァウチィエェ――――ャレになんねえぞ、橋本、なあだからラインやめろって、おま――――オンニェワウチェエ――ちいり禁止だろ、早く山オンニエワァアウチエエエエエ』
なんだ。
「何なんだよ」
思わず声に出してしまう。
『ナンナンダヨ』
ひゅっ、と
『ナンナンダヨ。ナン。ナンナンナン。ダヨ。オンニ。オンニエ。オニエワ。オニワ。オニワァアァァァァ――――』
「高田お前マジでふざけんなよ!」
『……フザケンナヨオオ――やく戸つ――ォオォオォ――』
電話を叩き切った。何だ今の声。バラエティ番組でスローモーションになると声も一緒に低くなるときのやつみたいだ。ボイスチェンジャー? そんなアプリあったっけ。あったとして俺にこんなこと言う理由は?
影の
意味も分からないのに。
そのまま自宅に電話した。
ワンコールで出たのはお母さんで、ハイ橋本でございますが、という気取ったいつもの声。
「お母さん、俺だけど今高田に電話したら」
キャアアアアア! とけたたましい悲鳴が聞こえた。
「お母さん。お母さん、聞いてる?」
アアアアア嫌あああああああなたあなたあなた早く代わって出て、早く!
そんな
どうしたってんだ、一体。
俺が行方不明だから親が心配してると高田は言った。その親の反応がこれか?
『もしもし』
いつになく硬い声。お父さんだ。
『君は誰だ。何度も何度も……ふざけるのはやめなさい!』
「お父さん、俺だって。お母さんどうしたの」
『……悪質ないたずらにもほどがある。二度と掛けてこないでくれ。
私たちの子供はもう死んだんだ!』
「――ちょっと、待ってよ」
俺は山道で怪我して入院してる。
高田は俺が行方不明だと言った。
そしてお父さんは俺が死んだと言ってる。
めちゃくちゃじゃないか。
何が起きてるんだ。
「俺が行方不明になって騒ぎになってるって高田に聞いたから掛けたんだよ?」
『高田くんだって死んだ。知っててやってるんだろうが!』
は?
『いいか、こんなこと
「高田が死んだ? 今さっき電話したって」
電話口の向こうで悲鳴のような泣き声が聞こえた。お母さんがあんな泣き方してるのは聞いたことがない。
『もういい、切るぞ! 二度とこんな馬鹿な真似しないでくれ!』
「待って、お父さん、ほんとに俺だって」
『いつか
「お父さん、」
ブッ、と通話の切れる音がして、ツーッツーッとあの音が流れるかと思ったらザザッ、ザザッとノイズが出て。
ザザッ、ザザザッ――
ザァ――ザザザ――
ザザッ――――ォンニィエワァア、ゥチエェ――――
オンニィェワウチエェ――――
オンニェワウチェエ――――
ォンニエェワウチエェ――――
ォンニィエェエワァア、ゥチエェ――
オニエワウチエ――――
どんどんピントが合っていく。誰かと誰かと誰かの声が混じっている。
俺はこの言葉を聞いたことがある。
いつ。どこで。
ザザッ――
ザ――――しもと――――
はしもと――――橋本くん――――
* * *
「やめて! ダメだよやめて!」
はぁ? と俺たちは、面白がって
砂利の上に倒れた戸塚は両手で頭を抱え、身体を縮めて耐えようとしていた。俺が山道を転げ落ちて肋骨を折る二時間ほど前のことだ。
「やめて? ヤメテェだって、ハハハ! 何だこいつ」
「お前なんかの言うこと聞くと思ってんのー?」
「ダメなんだって、橋本くんお願い、じいちゃんにお
「は? お前のじいちゃんもう死んだろ」
フリーキックの要領でスニーカーの
「この神社の中には大事なものがある、絶対に誰にも渡せないってお前のじいちゃん言ってたんだろ? 何か金目のもんだろ?」
歩き出した俺の足首が掴まれた。戸塚。
「うぜえんだよ!」
蹴り飛ばすようにその手を離させて、古くて小さいのにやけにきちんとした神社の建物に向かう。
この山は俺たちの溜まり場だった。舗装もされていない、チェーン柵だけがある細い道を登ると、山の中腹に、ほとんど通う人もいない神社がある。古い社務所というのか、小さなプレハブがあり、俺たちにはそれは格好の隠れ家で、戸塚に鍵を持ってこさせて、漫画やゲームを持ち込んでは毎日溜まっていた。
誰も文句を言う奴はいなかった。この山は戸塚の家のものだからだ。だから俺たちは不法侵入してるわけじゃない。友達の家に遊びにきてるんだから。
戸塚のじいちゃんが神社にお宝を隠しているらしいという話は昔からあった。それで、神社があるにも関わらず誰も山に入れないのだという。山は周囲をイノシシやクマ対策の電気柵で囲まれていて、誰も入り込むことができなかった。
今年になって戸塚のじいちゃんが死に、監視の目がなくなるまでは。
戸塚の父親はサラリーマンで神社の面倒は見ない、ということが分かったとき、俺たちは戸塚を囲んでお話をした。
戸塚はすぐ、家から山の入り口のフェンスを開ける鍵と、社務所の鍵をとってきた。当然だ。俺たちは友達だもんな。
そうして、じいちゃんが永遠に来なくなった社務所に溜まり、戸塚をパシり、飽きるとそこら中追いかけて絞め技をかけたりして遊んだ。友達だから。
実際、戸塚は便利だった。気持ち悪いってほどの見た目じゃないし、そのへんにいても邪魔しなければべつに気にならない。命令すれば言うことをきく。何より、戸塚という部下を持ってるグループである俺たちは、戸塚を手に入れる前よりも学校での格が上がった。目下を抱えてるってのは、俺らの間では一人前の条件だ。
戸塚にもメリットはあったはずだ。他のグループに手を出されにくくなったし、担任の岡林にも、友達ができてよかったね、と言われていた。俺たちは山道を歩きながら大笑いした。友達!
そうして一月くらいが経った頃、誰も言い出さないので俺が言った。神社の中のお宝見ようぜ、と。
戸塚は、初めて俺たちに反抗した。その反抗は思ったより必死で、めちゃくちゃウザかった。
だから再教育してやったんだ。
蹴っても蹴っても足に取りすがってくる戸塚がウザくて、気持ち悪くて、気味が悪くて。無駄だよお
自分でも意外なくらい腹が立った。
俺と、高田と、槙田と、工藤で、踏んで、踏んで、蹴って、蹴って。
いつの間にか戸塚は動かなくなっていた。
俺たちはびっくりしたが、どうなるものでもないので、ちょうど開いていた神社の扉の中に戸塚を放り込み元通りに扉を閉めた。そのとき隙間から、大きな丸い鏡のようなものを見た気がする。鏡のスタンドは黒い
それに、その時何か聞いたような。でも高田たちは聞こえなかったというから、気のせいだと思った。
とにかく、戸塚の家の人間でもこの神社の扉を開けてはいけないと思っているのなら見付からないだろう。社務所に置いてある俺たちの私物は全部引き上げよう。
そう話し合って、何も残さないよう
俺はその途中で何かに気を取られ、足を踏み外して落ちた。
でも、戸塚の家の山で怪我したとは言えない。手伝ってもらって何とか山を出て、別の階段まで行きそこで落ちたことにした。
で、そのまま入院している。
……はずだった。
* * *
はしもと――――橋本くん――――
ザザッ――
ザ――――しもと――――
ザザッ――――ォンニィエワァア、ゥチエェ―――
聞こえる。
夢の中の
鴉の頭になった看護師が何を言っていたのか、
あのとき戸塚を放り込んだ神社で、俺だけが何を聞いたのか。
元々、戸塚と知り合いだったのは俺だけだった。戸塚とは幼稚園から一緒だ。俺はいつも何人かとつるんだが、戸塚は一人でいることが多かった。
地元では、戸塚は『お
『お
それは、あの神社が
「神社が、じゃなくて、お社の中にいるのがタタリ様なんだ」
まだ普通の友達だった小学生の頃、戸塚はそう言っていた。
「うちではオヤシロサマって言ってる。オヤシロ様は
「誰か祟られたことあんの?」
「あるよ。ずっと昔、勝手に山に入って山菜取ってた人が雨に降られて、雨宿りにお
おにはうちへ――――その声に付きまとわれてその人は、そこら中走り回って、山道から沢に落ちて死んだって。
それ以来、山にフェンスをつくったってじいちゃん言ってた。金かかったけど、お
昔から、人間が無礼だからお
おにはうちへ。
勝手にお
いや、でもあの時は、俺が触る前から扉は開いてたのに。
開けた奴が祟られるんじゃないのか?
「でもお
まだ小さかった戸塚。どうやって子供が生まれるかも知らなかった俺たち。
「だから僕はお
目が回る。
忘れていた。
お
あの神社の前で、社務所の中で、俺たちが戸塚をボコボコにして遊ぶのを。
「橋本くん、ひみつだよ。僕ね、お
中から扉が。
自然と開いて。
大きな鏡と。
鴉の台と。
ふしぎな声が。
「血がでているよ。誰が泣かせた。こらしめてやろうか。ニエをウチへ――」
俺は、祟り神を怒らせたのか。
* * *
はしもと――――橋本くん――――
ザザッ――
ザ――――しもと――――
ザザッ――――
病棟のホール。
オレンジの夕陽。
他に何の音もしない。
ここにはたくさんの人がいるはずなのに。
受話器から手が離れてもノイズと
重力がどうかしたような気分でホールから角を回った。
ナースステーション。
無人。
明かりすらない。
窓のあるカウンタには埃。
振り返って廊下を見通す。
夕食の配膳時間だったはずなのに誰もいない。
看護師もいない、患者もいない、ワゴンもない。
照明もついていない。
どの病室も。
『祟りで気が狂っちゃったんだって。
山を降りてきてもお
戸塚。
振り返ると鏡写しのように、無人の廊下が続いている。
その向こう、無限に反復されながら続く廊下の途中に、戸塚がいる。
子供の戸塚が。
大きな鴉を腕に抱いて。
『おにはうちへ――――その声に付きまとわれてその人は、
そこら中走り回って、山道から沢に落ちて死んだって』
「戸塚、」
『僕はお
ああ。
廊下が赤い。
廊下が黒い。
満月が見ていたのは、
あれは
戸塚の足元に俺はいる。
頭と耳と鼻から血を流し、開けっぱなしの目は
『橋本くんは、崖から落ちたよ。
そう話してあったでしょ』
戸塚の足元に高田がいる。
紫の顔で口から泡を噴き、目を閉じている。
『高田くんは農薬飲んだよ。
僕に飲ませようとしたことあったね』
半目を開けたままの槙田の首が直角くらいに曲がっている。
『槙田くんは首を絞めるの好きだったよね』
そして工藤は。
俺たちの死体の前に、ぼとり、と手首だけが落ちてくる。
ぼとり。今度は膝から下が。
ぼとり。逆の脚の腿から下が。
ぱたたた、ばたた、と赤黒い血を撒き散らしながら、
どちゃり、と手足をもがれた胴体、
そして、ゴッ、と音を立てて、
――首が。
『工藤くんは駅のホームで何度も僕を押した。
こういうのが好きなんだよね?』
「戸塚、もうやめろよ!」
声をあげると、鴉を抱いた戸塚は不思議そうにこちらを見た。
そして次の瞬間、恐ろしい笑顔を見せる。
『やめろよ?
やめろって?』
廊下に転がる幾つもの死体を踏み、死体を
「来るな!」
思わず声を上げたが、
真ん丸の目。
鴉の目。
開けた口の中がやけに赤い。
『やめろとか来るなとか、そんなこと言うの? 橋本くんが僕に?
あはは、
――人間が僕に指図しようというのか。愚かな!』
廊下全体からこちらの背骨まで震えるような、大勢の人の声が合わさったような、鴉の声が側で聞こえる。
『……橋本くん、僕もう僕じゃないんだ。元に戻ったの。僕はお
橋本くんが僕を殺したから、
僕、お
僕が、あのお
橋本くんが、
かみさまを怒らせたら、
ああ。
そうだ、俺は見たんだ。
神社の中に放り込んだ戸塚を最後に一度振り返ったとき、最初は閉じていた目が半分開いていたのを。
その唇がわずかに動いたのを。
その時、
あの声が聞こえたんだ、
仲間内で、俺にだけ。
――
鴉の化け物になった
「やめろ。やめてくれ、助けて」
俺が
『僕もやめてって言ったよ。橋本くん』
戸塚の顔はにんまりと笑っていて、
細められた目からは涙がひとすじ流れていた。
大きな鴉の羽根が世界を覆う。
俺は絶叫した。
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