茶器紛失事件 其の九

京都の宗旦神社に着いたのは夜明け前で、東雲と呼ばれる空の時間帯であった。


 「洛彩兄様と見られる夜明けがこの様に美しいとは思ってもみませんでした。」


 「私もだよ、綺麗だな。」

 

 付喪神兄妹は仲良さげに空を観ている。その様子を見ていた唯月と万葉は、車の運転で疲れ切って座り込んでいた。


 「俺、徹夜でめっちゃ運転頑張ったんやけど!バリくそ頑張った俺を褒めんと空褒める?!」

 

 唯月は徹夜明けのナチュラルハイになっている。


 「私かて運転代わったったやろ?ええから、はよ宗旦さん呼んで。」


 はいはい、と唯月は立ち上がる。丁度その時、鳥居の横からひょっこりお辰と宗旦が顔を出した。


 「呼ばれんでも来ましたえ。唯月ちゃんに万葉ちゃん、茶器をちゃんと連れて帰ってくれたんやね。」


 お辰に続き、宗旦も和にこやかに付喪神に話しかける。

 

 「えらい見た目可愛いらしなって帰ってきたな。おかえり。」


 茶器の付喪神は宗旦夫妻の側へ駆け寄り、お辰の手を取った。


 「お婆様、勝手に黙って出て来てしまい申し訳ありませんでした。大事にされていた茶器ではなく、付喪神となって戻ってきてしまいました。お爺様も私を探していらっしゃったと聞きました。手間を掛けさせて何とお詫びすれば良いのか…」

 

 彼女は夫妻に謝罪をした。洛彩も一緒に頭を下げ、葛の葉より命令された内容を説明した。


 「宗旦さん、そういう事やし二人を置いてあげてや。茶器やなくなったけど、式神として一緒におらしてあげて。」

 

 唯月と万葉も宗旦夫妻にお願いした。


「そやねぇ、どんな形でも茶器が帰って来てくれた事が嬉しいんよ。話せる様になったなんて尚更嬉しいわ。娘と息子が出来たみたいやね、あなた。」

 

 お辰はにこにこしながら、宗旦を見た。宗旦もまた、嬉しそうに話す。


「お辰の言う通りや。ほんで、式神なら名前を付けんとあかんなぁ。わしよりお前が決めた方が茶器は喜ぶやろ。」

 

 彼は自身の妻と茶器の付喪神の方を見る。お辰は少し考えた後、彼女を抱きしめた。


 「茶器の付喪神よ、式神として紅彩こうさいと名乗りなさい。…って畏まって言うたけど、娘として一緒に生活してね。そや!黙って出て行くのは心配するさかい、やめてね?」


 「お婆様、ありがとうございます。もう二度と勝手に外へは出ません。とても良い名前を頂き幸せの極みですわ。兄様とも一緒にいられるし、全部唯月さんと万葉さんのお陰ですね。」

 

 嬉しそうに笑顔で話す紅彩に、洛彩もうんうんと頷いている。宗旦とお辰は唯月の方を見て深々と礼をした。


 「ぼんにお嬢、ほんまにありがとうな。こんなええ仕事してもろて、わしは感動してる!報酬の方は色付けさしてもらいますさかい、楽しみにしとってや!」



 「報酬は母の与恵の方へお願いしますね。喜んでもろて、此方としても仕事のしがいがありました。では、私たちは此れにて失礼します。」

 

 「宗旦さん、俺ら頑張ったんオカンにしっかり言うといてな!ほな!」

 

 万葉と唯月は彼らに挨拶をして帰路についた。。自宅に着いた頃には、朝のニュース番組が始まっていた。与恵と久三も、デートから帰宅していて朝食を取っている。


「オカン!俺めっちゃ頑張ったんですけどー。徹夜で仕事してんけど褒めて!!褒めた後、小遣いくれ!」

 

 唯月は両親を見るや否や、叫ぶ。


 「おかえり、万葉。唯月のアホは放っとくとして、宗旦さんより話聞いたわ。式神飛ばしてきて何事か思たんやけど、仕事頑張ったみたいやね。お疲れ様。」

 

 与恵は万葉に労いの言葉をかけ、今回の件を報告書として纏めておくようお願いした。彼女もそれを了解し、自室へと戻る。


 「なぁ!俺は?!俺も褒めてってば!オトンでもええから、マジかまちょ!!」


 「唯月、七愛ちゃんと同レベルやぞ。」

 

 そう叫び畳の上で足をじたばたする唯月に対し、久三は呆れ、与恵は彼を見て深い溜息をついた。


 「ちゃんと日本語で話しなさい。唯月もお疲れ様、はよけったいな服脱いで風呂入って、万葉の邪魔せんとさっさと寝よし!ほんまに甘えたやで、うちの末っ子は!」

 

 与恵は呆れてキッチンへと行ってしまった。



「テンサゲなんですけど、はぁ…」

 

 唯月も疲れていたので、母親の言う通りに風呂へ向かった。実に素直な末っ子である。こうして、茶器紛失事件は唯月と万葉の手で無事に解決されたのであった。

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