証言

 梅花の元を白桜と桃苑が訪ねたのは、まもなく初夏を告げる花火が打ち上る時期である。


 日は高く、妓楼内は静まりかえっている。

 まだ、黴雨に入っていないというのに、既に湿度が高く若干蒸し暑い。


 三人は妓楼の一番奥、牡丹の名が付いた部屋で顔を突き合わせている。

 白桜は桜月から預かった、梅花が王宮に手入りするための手形を几の上に置く。

「これがあれば、いつでも王宮に出入りできる。これまでのように、人目を気にして合わずとも良い」

 梅花はそっと、手形を手に取る。

 

 手形には、梅花の名と国璽と玉璽が押され、裏には桜月の名が認められている。

「誠に、いつでも良いのですか」

 白桜の顔をじっと見つめ問う。

「勿論」白桜は朗らかに笑う。その笑みに釣られ、梅花も笑みを浮かべる。


 梅花の笑みを見つめていた白桜は、ふと真顔になる。

 そして、梅花の手を握り向き直らさせる。

「その代わりと言ってはなんだが……」

 ここまで口にすると、言いどよむ。

 言葉を濁した白桜に変わり、桃苑が「代わりにわたくしが」と口を開く。


「王妃様らが捕らえられたのはご存じですか」

 桃苑の問いに「存じております」と答える。

 宴から10日も経たぬうちに、都はその話題で持ち切りとなり、白桜からも進展がある度に文が届いていた。

「ならば、話が早いですね。

 まだ詳細は決まっておりませんが、近いうちに裁きが行われることになっております。

 梅花殿には、その場で証言をして頂きたいのです」

 梅花は桃苑と白桜の顔を、交互に見る。

「具体的には、梅花から見て、あの宴で何があったのか。

 私は梅花が倒れた所は見ている。しかし、それ以前は梅花しか分からぬ。

 故に、倒れるまでの経緯を証言してもらいたい」

 白桜は梅花をじっと見つめ諭す。

「梅花殿にとっては、辛いことを思い出させるやも知れません。ですが、証言がなければ、王妃様らを正しく裁くことができなくなってしまいます」

 桃苑の真摯な口調に、梅花は頷く。


「裁きの場というのは、当然王妃様とも顔を合わせるのでしょうか」

 梅花が恐々と言う。

 梅花の頭の中には、宴の場で目にした春玲の鋭い視線が残っていた。

「ご心配には及びません。

 裁きの場には、王様と白桜様は勿論、刑部尚書や大理寺の官吏らがお傍におります。何といっても、国の王妃が裁かれるのです。都中から、野次馬が集まるでしょう。そのような場で、手出しをすることは不可能かと存じます。

 第一、罪人は椅子に縛られ身動きが取れなくなっております」

 桃苑の言葉に、梅花はほっと胸を撫で下ろす。

 

 日が傾き始め、白桜と桃苑が暇乞いをする。

 梅花は、ふたりを妓楼の門まで送る為に、建物の外に出る。

 三人の影が長く伸びる。


「梅花」梅花の前を歩いていた白桜が、足を止め振り返り名を呼ぶ。

 梅花も釣られて、足を止める。

「裁きの件だが…本当に良いのか。

 もし、気が乗らぬようなら……」

「そのようなことはございません」

 白桜が言い終わらぬうちに、梅花が口を挟む。

「だが……」白桜の視線が彷徨う。


 先程の恐々とした声音から、梅花が春玲らに畏怖の念を抱いていることは明らかである。

 白桜としては気が乗らぬのなら、無理強いすることは避けたかった。

 寧ろ、自分の前では怖いのならば“怖い”と、口に正直に出すことを望んでいる。


「確かに、不安がない訳ではございません。

 ですが決めたのです。強くなると。この国の母として」

 梅花が得意げに笑う。

 梅花の笑みに白桜は、呆気に取られたかのような表情をする。


 白桜の表情とは裏腹に、梅花の瞳には強い意志が宿る。

「頼もしいですね。梅花殿」

 立ち止まり、二人のやり取りを見守っていた桃苑が梅花に笑いかける。

 

 白桜としては、梅花のこの物言いは若干疑う部分がある。

 強くならなければと、思うがあまり自分の感情を押し殺し、無理をしているのではないか、と。

 だが、梅花の瞳の強さを見る限り、無理をしているようには思えない。

 恐らく、それだけの覚悟があるのだろう。白桜が即位した暁には、王妃として共に国を経世していく、という覚悟。

 

梅花の覚悟に、己はどれだけ答えられるだろうか―。

 白桜は今一度、気を引き締める。


 白桜が視線を向けた、西の空から宵闇が迫る。


 白桜らが妓楼を訪れてから数日後には、初夏を告げる花火が打ち上り、黴雨に入った。

 白桜から裁きの正式な日取りが認められた、文が届いたのはそれから間もなくのことである。


 梅花が裁きの場で、証言をする日。

 霧雨が降り道や瓦を濡らす、黴雨らしい天気である。


 梅花は番傘を差し、白桜から渡された手形を手に城門を潜る。

 外廷では、既に裁きが始まっており、張り詰めた雰囲気に満たされている。


 外廷には、官吏や女官だけではなく、民も番傘を差さず野次馬の如く群がり、裁きの様子を見守っている。

 正殿である金烏殿に通じる石段の上で、桜月と白桜が梅花を見下ろす。二人は、梅花の姿を認めると小さく頷く。

 石段の前では、それぞれ白い襦裙と深衣に身を包んだ、男女四人が椅子に手足を縛られ、前を向いている。

 顔を知っている、春玲と桜薫の二人と、初見の梅花と同じ年頃の少女とその父と思われる男性が、梅花に視線を向けている。

 恐らく、少女が白桜の縁談相手であった白蓮、隣が白蓮の父であり国の左丞である柊明だろうと思案する。


 四人とも、弊衣蓬髪へいいほうはつとした容貌である。どの衣にも、血が滲んでいるのが見て取れる。

その容貌に、皆慄き一瞬視線を逸らす。

 鴆毒を盃に混入させた張本人である、春玲の側仕えの女官は、拷問に耐えることはなく、こと切れている。

 春玲と白蓮は、鋭い視線で睨みつけており、柊明は眼窩がんかに何も入っていないような、伽藍堂の表情である。

 その中で異質なのは桜薫で、彼は一切表情を変えず真っ直ぐ前を見つめている。


 四人の前では、一人の男性が証言をしている最中である。


 城門を潜ってから、微動だにしない梅花に桃苑が近づき、「ご足労をお掛け致します」と声を掛ける。

 梅花も桃苑に会釈をする。

「とりあえず、傘を閉じたほうがよろしゅうございます。

 邪魔になりますので」

 梅花は言われた通り、番傘を閉じる。

「お預かり致します」桃苑が番傘を受けとる。

「今日、判決が出るのでしょうか」

 男性の証言を小耳に挟みつつ、梅花が問う。桃苑は頭を振った。

「いえ。今日明日はとりあえず証言を集め、判決を出すのは通常なら三日後ですが…此度は、王族を裁くのですからもう少し掛かるかと存じます。どちらにせよ、判決が出次第文にてお知らせいたします」

 妓楼から証言を求められたのは梅花だけではない。楼主と芽李月、更には他数名の妓女も、時間をずらして裁判の場で証言をすることになっている。


 男性の証言が済み、男性が踵を返し群衆に紛れる。

 その様子を目にした桃苑が囁く。

「王様から名前を呼ばれたら、返事をして前に出、揖礼を捧げてください。

 その後は、お二人のご下問に正直に答えれば問題はございません。

 良いですか。決して、偽りを述べず正直に答えてください。偽りを述べると、逆賊だと思われてしまいますので」

 桃苑の真摯な物言いに、梅花は固い表情をし頷く。


 石段の上で並んでいる、桜月と白桜が頷き合う。桜月の視線が、梅花に向けられる。

 梅花は、気持ちを落ち着かせるため深呼吸をする。

「妓女・梅花。証言を」

 桜月の威厳のある声で名を呼ばれ、梅花はびくりと肩を震わせる。

「梅花殿」桃苑が囁く。

 桃苑に諭され、梅花は「はい!」と声を上げる。緊張で声が裏返る。

 その声に群衆が皆、一斉に梅花の方を向き視線を向ける。


 梅花は群衆の注目を浴びつつ、出来るだけ群衆と視線を合わせぬように、下を向き足を進める。


「梅花って、確か白桜様の……!」

「じゃあ、あの子が宴の時に……?」

「王妃様の眼の敵か……」


 群衆の中から、ひそひそと囁く声が耳に届く。

 梅花は群衆の波を潜り抜け、四人の前に立つ。


 梅花が目の前に現れたことで、春玲と白蓮はより一層、視線を鋭くし睨みつける。柊明と桜薫の表情に変化はない。

 梅花は恭しく揖礼を捧げる。

 顔を上げた梅花に、白桜は頷く。


 梅花は頷き返し、前を見据える。

「此度の経緯を説明せよ」

 桜月から問いが飛ぶ。梅花は、深呼吸をし口を開く。

 白桜と出会ったきっかけから始まり、白桜との関係、更には此度の宴で白桜が打った先手、そして裁きに最も重要な宴当日の、状況を説明していく。

 

 梅花が話す様子を、背後から聞いていた桃苑は、淀みない証言に、ほっと胸を撫で下ろす。

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