第11話

薄い緑が広がる茶畑があった。

それを見渡せる程度の丘にピクニックマットを敷き、俺はカルラと一緒に座った。

「綺麗だね」

ああ、めちゃくちゃ綺麗だった。


カルラが編み物のバスケットからサンドイッチを取り出して、口に運ぶ。俺もそれを真似てサンドイッチを食べた。

蝶々が肩の周りを飛び回る。

チューリップの群がりが横で揺れる。

「カルラさあ、俺の事好きか?」

「え?なーに言ってるのお、もちろん...好き」

カルラが可愛げにこっちに頭を傾けた。

「俺も好きだよ」

トンボが空中で停止している。

「カール、結婚とか考えてるの?」

「え?いや、わからない...」

「私に何か不満?」

「そんなんじゃない、ただ、わからないんだ」

「私はいつでもいいからね」

にこり。

それに見惚れてしまって何も言えなかった。

「昔から自信過剰な癖に、人前では受け身なんだからあ。自分より成功してる人を怖がってんじゃないわよ!」

ピシっと叩かれた。

「そうだよね、そうそう。そうなんだ。そうなんだよな...」

「だから、カールだってやればできる。私を気にせずに成果を上げてみなよ」

「ああ、頑張ってみるよ。ありがとう」

「...そして結婚はその後...」

「はは、わかったよ」

「本当?!約束だからね」

「...」


その後はあまり記憶として覚えていない。

残っていないのだ。

ただ、紛れもない世界の事実の一つとして、脳に残っている。


俺はポケットから小さな注射器を出して、無駄のない動きでカルラの首筋に刺した。

中身の液体を注ぐ。

カルラは虫に噛まれたとでも思っていたと思う。

人の考えを読み取るのが前から得意な俺。

もちろん、今となっては確定できないし、何を考えていたのかを知る事は無理だ。

この世から消えたカルラの自我は俺の手の届かない所へと飛んだんだから。

蝶々も飛び去って、トンボも飛び去って、チューリップの花びらさえも風に運ばれて飛び去った。

残っているのは俺。

俺と薄緑の茶畑だけ。

しかし、俺は二度とその丘に戻る事はなかった。

カルラの身体を抱えて歩く俺を、二度と迎えたくなかったんだと思う。

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