またやーいたいリウキウ

「す、すみません! 遅れました~」

「ちょっ、一体どうしたのその格好」


 申し訳無さを演出しながら謝ると、ピン芸人が驚いた顔をしてこっちを見た。既にほとんどのペアが到着していて、予想通り待たせてしまっていた。


 海藻やナマコの内臓が絡まってグショグショになった俺はミライさんに連れられて、道場で乾いた着替えを渡してくれた。なんてサービス精神。


 着替えてみるとジャパリパークのロゴが大きく入ったシャツとジーパンというなんとも言えない格好になり、急いで元の場所に戻ると既に最後のペアが到着していたようだった。



「飼育員みたい」

「飼育員? 俺がか?」

「おんなじ匂い。いい匂いだよ」



 キタキツネが鼻をぴくぴくと動かしている。おそらく本来は飼育員やらパークスタッフが着用するものなのだろう。


 しかし飼育員か。聞くところによると、飼育員は特殊動物がどうたらこうたらで、ジャパリ大なるもに通い資格を取らなければ就くことの出来ない職業だ。給料は結構良いらしいが、夢のある仕事だと思う。


 キタキツネちゃん、飼育してあげるね。



「ふふっ、うふ、でゅふ」

「ぺろさん」


 ミライさんに睨まれた。



 _______



 待ちに待った昼食。俺は腹が減っている。


 なにせさっき大量の海水と、試しに口に入れた海藻のせいで色々と乾いてしまっているからだ。まずは運ばれてきた水を一気に流し込んで乾きを癒す。それからだんだんと食欲が戻ってきて、最高のタイミングで配膳される。


 計算され尽くしたタイミング。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


 運ばれてきたのは……


 白米(量多し)


 味噌汁(豆腐と、おそらく近くで取って来たであろう海藻がたっぷりと入っている。汁多め)


 ゴーヤチャンプルー(ゴーヤの大きさはまちまち)


 ゆし豆腐(大豆とだしの優しい香り)


 ラフテー(立派な三枚肉がゴロゴロ)


 にんじんしりしり(人参の千切りがたっぷり)



 すると、ピン芸人達が話をしているのが聞こえてきた。豚肉がどうとか、ヴィーガンがどうとか言っている。


 確かに動物が人の姿になった場所で動物の肉を食べるのはいささか不謹慎にすら感じるが、モノを食べるときは集中したいんだ。一人の世界でただ純粋に楽しみたい。


 食前の挨拶をしそうな雰囲気になったので俺も手を合わせ、まずはゴーヤチャンプルーに箸を伸ばした。


「ウン、うまい」

「できればお新香が欲しかった」


 チャンプルーとにんじんしりしりは甘めの味付けになっている。これはご飯が足りなくなりそうだ。


「メインディッシュだよな」


 ラフテーをついばみながら白飯。このラフテーはいい肉だ。しかも濃い目に味付けされているので白飯が進む。味噌汁も飲むと、実家に帰ってきたかのような感じだ。


「焦るな焦るな」

「豆腐がまだだった」


 おお、さっきはお新香がほしいと言ったが訂正しよう。このゆし豆腐は美味い。肉やら炒めものやらで慌てふためく口の中をリセットしてくれる良い着地点だ。


「しかしこのラフテーは美味いな」

「ありがとうございま~す」


 背後からの落ち着いた声。慌てて振り向くと、頭にヒレを生やした女の子がニコニコしながらこちらを見ていた。おそらくクジラだな。


 そこで気づく。周りの人が全員俺を凝視している。


 ……変なスイッチが入ってしまったようだ。以後気をつけよう。



「独り言うるさいよ」

「ご、ごめんねキタキツネ……ああ恥ずかしい」

「怖い顔してたよ? どうしたの? ボクきになる」

「なんていうか、クセというか習慣みたいな……とにかくこのことは忘れてくれっ!」

「ふうん」



 ふとキタキツネの皿を覗くと、なんと白米と味噌汁だけ綺麗サッパリ無くなっていた。子供らしくて可愛い。


 そして予想通りというかなんというか、ゴーヤチャンプルーはほとんど箸をつけていなかった。箸というか、スプーンだが。



「うう」


 ゴーヤチャンプルーをスンスンと嗅いで、びっくりしたように頭を上げた。


 嗅覚が良いからゴーヤの匂いが気になるんだな。正直食べてあげたいし、更に本音を言うと食べたい。個人的に食べたい。美味いから。



「ゴーヤ食べたほうが良いって」

「肉まんたべたい。ここ、肉まんないの?」

「沖縄料理しかなさそうだし肉まんはなさそうだな。他のはどうだ?」


 にんじんしりしりとゆし豆腐も匂いをかぐと……今度は二皿一気に平らげた。


「うおぉ、食べるの早っ」

「美味しかった。これはなんだろう。粘土?」

「粘土じゃない。ラフテーだ。ブタさんの肉を美味しくしたやつだ」

「お肉なの? へぇ、初めて知った」


 これまたスンスンと匂いをかぐと、一個まるごと口に放り込んだ。続けて残りのラフテーも口に放り込んで、あっという間に飲み込んだ。


 見ていると本当にキツネなんだなぁと感じる。たまに歯をむき出しにして噛み付くし、首の動きが動物っぽい。見た目に加え、そのギャップのおかげでなんとも可愛らしい。



「かわいいな」

「ねえぺろ、これって持って帰れるのかな! ギンギツネにあげたい」

「持って帰れません!」

「ギンギツネ美味しいもの食べたいって言ってたんだけど、それじゃあどうしよう」


 しおりを開いて確認すると、次はゴコクを経由すると書いてあった。日本でいうと四国に対応する場所らしい。


「この次に行くゴコクって場所、ここはおそらくラーメンとかうどんとか、手羽先とか色々美味しいものがあると思うんだ。リウキウで綺麗な景色を見れたから、ここで自由時間あったらおみやげ選びに集中しよっか」

「ほんと? やった、おいしいもの買える」



 ギンギツネも肉食の動物だし、肉系のお土産を買ってあげたほうが良いかな。


 そんな事を考えていると昼食の時間が終わりに近づいた。キタキツネの皿を見るとなんとゴーヤも綺麗サッパリ完食していた。


 食欲が勝っちゃうキタキツネ、やっぱりかわいい。




 _____



 そんなこんなで食事の時間は終了。



「それじゃあみんなまたね!」

「またあいましょう!」


 シーサー達が言うのに合わせて、みんなも別れを告げた。ピン芸人が「またやーいたい」とか言っていたが、おそらく沖縄の方言でまたあいましょうね的な意味だと予想している。


「「またやーいたい」」


 キタキツネとほぼ同時に同じことを言った。会って数日しか経っていないがだんだんと馴染んできたのかも知れない。


 横目で微笑みあった後、促されてクルーザーに乗り込んだ。このクルーザーでゴコクに向かうようだ。


 45分間、満腹になった二人は特に会話は交わさずいつの間にか眠ってしまっていて気づいたらゴコクに到着していた。



「キタキツネ、ねぇキタキツネ」

「すう……ううん? ねむい……」

「ゴコクは通過してそのままホートクに行くって。ごめんよぉ、お土産選ぶ時間ないみたいだ」

「別に、ボクは……いいよ。またホートクで選べばいいもん」

「ホートクに着いたら起きるんだぞ。というか、こんなに寝たら夜寝られなくなるぞ」

「ギンギツネみたい。でももうボク眠くなくなったから大丈夫だよ」


 キタキツネは目をゴシゴシとこすると、ホートク行のバスに先に乗り込んでしまった。後から着いていくと、



「いや寝てんのかい」

「ホートク……おいしいものあるのかな」

「東北、じゃなくてホートクは美味しいものいっぱいあると思うぞ。美味しいスープとか、ラーメンとか、お肉とかな」


 牛タンは無いと思うが、きりたんぽや喜多方ラーメン的なものはあるだろう。しおりを開くとそれっぽいものが載っている。


「早く行きたいな。ホートク」

「そうだな」



 また眠りに落ちてしまったキタキツネ。


 ここで俺は魔が差して、手を繋いでみることにした。


 ふかふかの手袋の上から握ると優しく握り返してきて、一瞬気絶しそうになった。前に主催者のピン芸人が座っているが、横のフルルと喋っているのでバレはしないだろう。というか、手をつなぐくらい目をつむってほしいと思う。


 正直、抱きしめたい。腰のあたりまで伸びるきつね色のロングヘアや、腰から伸びる大きな尻尾が息をするのにあわせて誘うように揺れている。かわいいなぁ、本当にかわいい。


 残り少ししか一緒に居られないのが本当に残念だ。まあ、高倍率の抽選に奇跡的に当選しただけで十分幸せ者だと思うけれども、行けるとこまで行きたいというのが本音である。彼女を作ったことがない人間なのでノウハウはないが、やれるだけやってみよう。



 かわいいな

 ああかわいいな

 キタキツネ

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