闘う男、スーパーマン

※※※




(ハァ……。なんとかバレずに済んで良かったわ〜。……いやぁ、マジで焦った)



 万が一悪魔に正体がバレようものなら、危うく家庭教師の職を失う事になっていたかもしれない。腰の負傷だけで済んだのなら、安いものだ。

 未だビキビキと痛む腰を抑えつつ、可愛い美兎ちゃんの笑顔を思い浮かべる。



(あぁ……っ! 俺の可愛いマイ・ワイフ♡♡♡ 今行くから、待っててね♡♡♡ ——!!?)



 ルンタッタ・ルンタッタとスキップを始めようとした——その時。

 俺は瞬時に顔を青ざめさせると、そのままゆっくりと視線を横に向けた。



(……エッッ!!!? な、ななななっ……、なんでいるんだ!!!?)



 俺のすぐ隣りをシレッと歩く悪魔の姿を見て、俺の心臓はズンドコズンドコと急激に鼓動を早める。



(エッ……!!!? 何っ!!? も、もももっ、もしや……っ!!! バレたとかっっ!!!?)



 緊張で血走った瞳をガッと開かせると、悪魔に向けてゆっくりと口を開く。



「あの……。何か、俺に用……かな?」


「あ、私もこっちなんです」


「あぁ、そうなんだね……」



(……って、いやいや!! それにしたって、俺の隣りを歩く必要なくねっ!!?)



 なんてことを思いつつも、バレるリスクを恐れて沈黙する。

 いつもなら軽快にスキップしている通い慣れたこの道のりも、悪魔が隣りにいるせいでちっとも楽しめないばかりか、まるで地獄のように感じる。



(一体、どこまで一緒なんだ……?)



 チラリと隣の様子を見てみるも、ニコニコと嬉しそうな顔を見せる悪魔は一向にこの場からいなくなる気配がない。

 このままでは、もうすぐ美兎ちゃんの家へと辿り着いてしまう。



(っ……くそぉー!! 俺のハッピーロードを、返してくれ……っ!!!)



 その悔しさをグッと堪えると、涙を飲んで平静を装う。

 残念ながら、俺のハッピーロードは奪われてしまったが、正体がバレていない事に一先ひとまずは良しとするしかないのだ。

 

 幸いなことに——俺にはまだ、美兎ちゃんとの2人きりでのカテキョの時間という、究極の癒しが残っている。そこで挽回ができるのなら、おんの字だ。

 そんな事を考えながら、白塗りの可愛らしい家の前でピタリと足を止める。



(……お待たせ♡♡♡ マイ・ワイフ♡♡♡ )



 死人のような顔から瞬時に破顔させると、目の前にあるインターホンに向けて右手を伸ばした俺。そのままボタンに触れてインターホンを押そうとした——その時。

 左隣りから感じる嫌な気配に気が付き、俺はピタリと動きを止めると恐る恐る左隣りを見た。



「…………へ?」



(なんで……、いるの……?)



 間抜けな声を小さく漏らすと、視界に映る悪魔の姿を呆然と見つめる。

 そんな俺を見てニッコリと微笑んだ悪魔は、俺の人差し指の上に自分の指を重ねると、そのままインターホンを押し鳴らした。



『——はい』


「……あっ。美兎、着いたよ〜」


『あっ! 衣知佳ちゃん! ……あれ? 瑛斗先生も一緒だぁ〜! 待ってて、今開けるねっ!』



 インターホン越しのそんなやり取りを、ただ、呆然と突っ立ったまま眺める。




 ———ガチャッ




「いらっしゃ〜いっ!」



 程なくして開かれた扉から、笑顔の美兎ちゃんが元気よく姿を現した。



「遅くなって、ごめ〜ん」


「ううん、大丈夫っ! 入って、入って〜! ……瑛斗先生も、早く早く〜!」



 キャッキャと無邪気な笑顔をみせる美兎ちゃんを眺めながら、俺は先週交わした美兎ちゃんとのやり取りを思い出していた。



(そういえば……。夏休みの宿題を一緒にやる為に、友達が来てもいいかって聞かれたっけ……)



 すっかりと忘れていたが、確かそんな事を言っていた気がする。

 美兎ちゃんに夢中になりすぎるがあまり、そんな大事な事を聞き流していたとは——。


 脳裏に浮かぶのは、美兎ちゃんの前でデレデレとした笑顔を浮かべる、先週の間抜けな自分の姿。「いいよ、いいよ」なんて、たいして考える事もせずにヘラヘラと答えていた、そんな姿を思い返す。


 何故、軽はずみに受けた。先週の馬鹿な俺。今更後悔したって、もう遅いのだ。

 こうなってしまえば、正体がバレないよう徹底的に演じるしかない。


 ここから先は、戦場だ——。



(うさぎちゃんとの、甘ぁ〜い新婚ライフ♡ という、輝かしい未来は……っ!! なんとしてもっ……、守ってみせるっっ!!!!)



 早々に本日の”美兎ちゃんとの至福の時間‘’を諦めた俺は、そう覚悟を決めるとカッと見開いた瞳で目の前を見つめる。


 そこに見えるのは、マイ・ワイフ♡ の隣りで上機嫌な笑顔をみせる少女の姿。俺の視線に気が付くと、ほんのりと赤らめた頬でクスリと小さく微笑む。

 やはりあれは——少女の姿をした、悪魔の化身に違いない。


 ならば、倒すしかないだろう。


 スーパーマンだったら、ここで逃げ出すなんて事はしないはず。悪と向き合い、必ずや勝利を収めるのだ。

 最近見た、リバイバルされた【スーパーマン】の映画を思い浮かべて、そんなことを思う。

 


(覚悟しろっ! ……悪魔めっ!! 俺の大切な‘’至福の時間’’を奪ったこと……っ、後悔させてやるっっ!!! グハハハハッ……!!!)



 どちらが悪魔か、もはやわからない。そんな笑い声を脳内で響かせながら、嬉しそうに微笑む悪魔の横顔を見つめる。

 メラメラと闘志に燃える瞳で悪魔に向けて目に見えないビームを発射しながら、俺はぬぐいきれない悔しさと悲しさから、一筋の涙を零すのだった。

 

 

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