【第二章】◆そうです彼女が自称さいかわアイドルです

「──わたし、さいかわゆいっていいます! アイドルをやっています!」


 一難去ってまた一難。

 探偵のいる場所に事件は集まる。

 休日、夕方の駅前。どこで俺のうわさを嗅ぎつけてきたのか、新たな依頼人は俺となつなぎに向かってそんなことを言ってみせた。

 斎川唯──いま日本で注目の、歌って踊れる女子中学生アイドル。

 デビューは小学六年生の時らしく、その頃からたぐまれなる歌とダンスのセンスを持ち合わせ、なによりもその愛くるしい顔で老若男女問わず人気を集めている。CDの売り上げはウィークリーでは必ず一位を取り、そのルックスから雑誌の表紙やテレビCMでも、たびたび彼女の顔を拝むことができる。

 ……それにしても。斎川唯、か。

 なあ、シエスタ。これもまた偶然なのか? それとも──

 しかし、そんな葛藤も本人以外のあずかり知るところではない。

 アイドル斎川唯は、大きく息を吸い込むと、俺と夏凪に向かってこう叫んだ。


「時価三十億円のサファイアが盗まれるのを、未然に防いでほしいんです!」


 繰り返しになるが、今ここは休日、夕方の駅前だ。

 その人ごみたるや容易に推し量ってもらえると思うのだが、そんな状況下で女子中学生の口から「三十億円のサファイアが盗まれる」うんぬんなどという物騒なワードが飛び出せば、群衆の注目が一挙に集まるのは、これ自然なことである。

 よって次に俺が取った行動もまた、あまりに自然と言えるものだった。

「よし、ちょっと黙ってくれ」

 俺は目の前の、現役アイドルたる初対面女子中学生の口を──思い切り両手で塞いだ。

「んっ! ん~~~~~! んぐ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

「よーし、良い子だ。どーどー」

 俺は、暴れる斎川を腕で抱き留め、もがもがとわめく口を必死に押さえる。

 なにせたった今、俺は一仕事を終えてきたばかりなのだ。

 そう、疲れている。それはそれは、疲れている。

 ゆえに人気アイドルだろうが、年下の少女だろうが、その小さな口をもろで塞ぐことに関して、俺を取り締まれる法律などこの日本には存在しない。

「三十億円なんて言ってないよな? な? 痛っ……あ、こら、逃げるな!」

 しかし少女は、俺の手のひらをがぶりと一撃、素早い身のこなしでさっと距離を取った。

「な、ななな、なにをするんですかいきなり! わ、わたしを誰だと思ってるんですかっ! 世界一なアイドルさいかわゆいですよ! そんなわたしに対して、あなたは!」

「落ち着け斎川。確かになお前の唾液は俺の両手にべったりくっついたが、それをあとで楽しみつつ綿棒で採取したりなんてしない。俺はただ疲れているからお前に静かにしてほしいだけだ」

「うわああああ! 探偵さんかと思ったら変態さんでした! ……はっ! ひょっとして、あなたがあの予告状をした犯人ですか? うわああああ! 変態さんかと思ったら窃盗犯でした! 誰かおまわりさんを! お巡りさんを呼んでください!」

「はっは。悪いが、警察と俺は既に、ずぶずぶの関係だ」

「そ、そんな! すでにこの国は下から上まで真っ黒だというのですか! 警察も弁護士も政治家も、みんな下着泥棒さんの味方だと!」

「おいちょっと待て。変態と窃盗犯の合わせ技で、俺を下着泥棒犯に仕立て上げるな! よりにもよって刑務所に入った後も、それが原因で囚人たちにいじめられそうな罪を俺になすりつけるな! というか俺は変態でも窃盗犯でもない!」

「や、変態罪で懲役二千年でしょ」

 冷え切った声が、俺を冷静にさせた。

 気づくと、俺たち三人の周囲だけぽっかり穴が開いたように人がいなかった。

「……なつなぎ、俺は悪くない」

「罪人はみんなそう言うの」

 新しい相棒もなかなかどうして手厳しいらしい。

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