共同生活

 ある程度の距離を走った後、息を切らした僕とヴァルキュリアは喫茶店に入った。走って汗もかいたし、冬だと言うのに冷たい飲み物を飲みたくなったからだ。




「アイスコーヒー1つと、このチョコレートパフェください」


「パフェ!?わしも欲しい!」


「お前の分だよ、僕は要らないから」


「なんじゃ!気前がいいのう!」




さっきの銀行での出来事は忘れたかのように上機嫌になるヴァルキュリア。ひとまずはパフェで機嫌を取ってから話をすることにした。運ばれてきたパフェを食べる姿は少女そのものであり、先ほどの戦争の神の面影はどこにもなかった。




「なあ、ヴァルキュリア。お前、できることと言えば宙に浮くくらいって言ってなかったか?」


「ぬ、ヒデアキよ、それはおまえの勘違いじゃ。わしは事情がある、と言っただけじゃ」




もぐもぐとパフェをほおばりながらヴァルキュリアは答えた。そうか、別になにもできないと聞いたわけではなかったな…。




「それに、じゃ。わしは戦争の神じゃぞ。戦いにおいて人間ごときに遅れは取らんわ」




アイスコーヒーを飲みながらヴァルキュリアについて調べてみた。辞書サイトには北欧神話に出てくる神と書いてあった。書いてあることと多少のズレはあるものの、戦争の神ということ自体は間違っていないようだ。もっとも、神自身が戦うとか、そういう記述はなかったが。




「でもさ、今後はああいう大立ち回りは控えた方がいいぞ、全然人間に紛れられてない」


「え、そ、そうか?でもまぁ、今回は非常事態じゃったし…」


「今回のは忘れよう。次から気をつけてな」




あんな非常事態の次回になんて遭遇したくないものだが。




「わかった、わかった。手荒な真似は控えよう。じゃが、次またあんなことになったらどうすればいいんじゃ…」




ブツブツと文句を言いつつパフェをほおばるヴァルキュリア。いや、もうあんな事態になることなんてそうそうないから大丈夫だよ、という言葉は飲み込んでおこう。ただ一つ今回わかったことは、こいつを本気で怒らせるのはやめておこうということだった。






 店を出るとヴァルキュリアは上機嫌に言った。




「次は服じゃな!かわいいの選ぶぞ」


「なんでもいいけど、早く終わらせてな」


「しかしじゃな、順番で言うとランジェリーショップが先じゃ」


「は!?僕について来いって言うのか!?」


「当り前じゃろ、わしひとりじゃ買うことはできんからの。ぬ、もしかして恥ずかしいのか?」




恥ずかしいというよりは大丈夫なのだろうか。少女を連れてランジェリーショップを訪れるアラサー男性なんて、一歩間違えれば通報ものだが。




店の前まで来てもやはり二の足を踏む。




「やっぱヴァルキュリアだけで行ってきてくれ、カード渡しておくから」


「ぬ、そうかそうか、やはり恥ずかしいのか、このスケベめ」


「もうそれでいいから、早く行ってこい」




買い物一つも一苦労である。しばらく店の外で待っていると、両手に袋を携えて上機嫌なヴァルキュリアが戻ってきた。




「いやー、このカードさえあればどんだけ買っても大丈夫じゃの」


「どんだけ買ったんだお前…」




レシートは見ないで捨てることにした。続く服屋でも同じような事態になったが、こちらではお気に入りのシュシュが見つかったらしく、ついに輪ゴムを脱したヴァルキュリアはさらに機嫌がよくなったようだ。水色のシュシュで髪を結んだヴァルキュリアは、どこからどうみてもただの少女であった。




何度も試着に付き合わされ疲れたが、機嫌を損ねない間にスマホも買ってしまおう。服に比べてスマホにはさほど興味がないらしく、ヒデアキと同じのでいいと言ったきりショップでは退屈そうにしていた。そうして生活する上での装備を整え、最後に夕飯の買い出しをして帰ることにした。




「わし!カレーが良い!カレー!」




ヴァルキュリアはカレーをご所望だったので材料を買って帰った。ごく自然な流れで僕が料理を作る担当になったのだが、




「わし?料理なんてできるわけあるまい。天界でもしたことないぞ、神を甘く見るな」


と言われてしまったのでもうそれはしょうがないものとして受け止めることにした。






 家でカレーを食べながら話し合うことにした。




「ヒデアキ!なかなか料理も達者ではないか!美味いぞこのカレー」


「それはどうも。でさ、明日からなんだけど、僕普通に仕事があるんだよね」


「仕事とな。ヒデアキは何の職に就いておるのじゃ」


「外科医だよ」


「なんと、医者か。人間は脆いからの。あれじゃろ?手術とか言ってお腹に刃物を入れて、中の臓器を取り出したりとかするんじゃろ?」


「まあそうだよ」


「恐ろしいのう、人間の考えることは」


「まあそういうわけだから、昼間は家に居てゲームでもしてろ。他にすることないだろ?」


「そうじゃの…そもそも研修手帳がない今、すべきこともないし、そもそもひとりじゃ何もできんし、しょうがないのう。ああ、しょうがないしょうがない」




本当にそう思っているのか。顔はニヤニヤしているが。




「ゲームでも漫画でも好きなように暇をつぶしてくれてかまわない。問題を起こされるよりはましだ」


「んほ~!人間界の娯楽にも興味あったんじゃ!楽しみじゃの」




こいつ、本当に神なのか。ただの遊び盛りの子供じゃないだろうな。




「課金だけはするなよ」


「肝に銘じておこう」


「掃除くらいしていてくれてもいいんだぞ」


「ぬ、気が向けばそうしよう」


「家事は?」


「手伝う、手伝う。わかっておる」




どうせ頭の中は漫画とゲームでいっぱいなんだろうな…。まあ家の外に出られるよりはましである。




「いつになったら天界に見つけてもらえるんだか」


「そうじゃのう。まぁそれまでは、居候を満喫させてもらうとするかの」


僕は大きなため息をついた。能天気な神との共同生活は、まだ始まったばかりである。








 「なぁ中野聞いたか?昨日駅前の銀行で強盗があったらしいんだよ」




同僚の森田だ。噂に聡く耳が早い。僕は一日の仕事を終え、カルテの最終チェックをしているところだった。




「へー、そうなんだ」


「それでさ、どうもお金は取られなかったらしいんだよ。それも女の子が強盗を撃退したって噂だ」


「そんな、まさか」


「まあ、噂だよ、噂。」


「だよなー」




ハハハと笑ってかわしたが、知っているどころの騒ぎではない。当たり前と言えば当たり前だが、あんな大立ち回りを演じたのだから、噂にならないはずがなかった。神が銀行強盗を撃退したなんて話、できるわけがない。僕は仕事を終えると逃げるように家に帰った。






 帰宅していつものように洗面所で手を洗おうとして扉を開けると、タオルで体をふいている風呂上がりのヴァルキュリアと目が合った。




「な!なんじゃおまえノックもなしに!」


「うわ、なんで風呂なんか入ってるんだよ!」


「とりあえず出ていけこの変態が!」




慌てて洗面所を後にした。うちの洗面所は脱衣所と同じであり、風呂場に併設されている。まさかそこに裸の少女が立っているとは思いもよらなかった。






 しばらくするとパジャマ姿のヴァルキュリアが不機嫌な顔で洗面所から出てきた。




「昨日は僕の部屋で着替えようとしてたくせに」


「それとこれとは話が別じゃ!あれはおまえをからかっただけじゃ!今回は完全に不意を突きおって!」




そんなこと言ったって、帰ってきて普通に手を洗おうとしただけなんだが…。




「またしても裸を見られるとは、一生の不覚じゃ…」




とブツブツ言っている。僕が悪いのか、これ。ひとまず手洗いうがいをしてから夕食の用意に取り掛かる。




「今日は賢くしてたのか」


「ぬ、なんじゃその扱いは。きちんと言いつけ通り家におったわ。ゲームというのはおもしろいのう!今日は一日『カルマの伝説』ばっかりしておったわ。見えるところ全部行けるなんてすごいのー!」




もう機嫌が戻ったようだ、嬉しそうにゲームの話をしている。




「それはいいけど、天界からの連絡はないのか」


「さっぱりじゃ。いつになることやら」


「こちらから連絡を取ることはできないのか?」


「無理じゃな。できるならとうにやっておる」




まあ気長に待つしかあるまい。天界との連絡が取れるまで、家の中でおとなしくしていてくれればいいのだが。しばらくはゲームと漫画でどうにかなるだろう。


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