魔法少女グレンテル
瀬戸内弁慶
(前編)
〈お前のそのデカイ図体にも見飽きたんでなっ、終わりにする! ネフィリムッ!〉
〈ははははは! ほざきおったなフォトンブレイバー! 良いだろうっ、この宿縁にケリをつけようかっ〉
街頭のテレビで、ダイナミックにして派手な戦闘シーンが放映されていた。
特撮の新シリーズ発表なのだろう。その構図はまるで遠方から隠し撮ったかのようではあったものの、だからこそ真に迫る。もっとも、駆け引きは多少古典的でチープではあったけれども。
だが興味深げにそれを見上げる人々は知らない。
そのフィクションでしかなかった脅威が、今まさに人知れず自分たちの足下に迫ろうとしているとは。
・・・
俺の名前は、アラト・ナイヴァー。
アース090『
だなんて聞こえの良いこと言ったけど、
「ガキのくせに守りに入りすぎ」
実態としては、ミもフタもない言い方をしてしまえばペーペーの雇われ者だ。
俺が生まれた頃には、俺の星は『地球』なんて呼び方を放棄していた。
ありとあらゆるアプローチであらゆる世界を食い尽くす組織、いや事象。それが『
その甲斐もあって今や守護者として『征服者』を討つことを使命として多重次元観測局を組織。今まで大小さまざまな脅威からあらゆる並行世界を守っている。
その大いなる組織はいくつものセクションに分かれている。
事前に『征服者』の発生を探知し、脅かされる世界のとの戦力差を査定する調査部。その次元の現有戦力で対応可能なら情報管理部がその世界に気取られないよう、電波や潜伏させた工作員によって忠告する。
そして俺が所属するのがメインとなる技術渉外部。
つまり、それぞれが持ちうる
そして力を貸与することを持ち掛ける対象は、政府機関よりも個人であることが望ましい。内政干渉になるし、軍事バランスを大きく崩すことになりかねない。
まぁ要するにだ。俗っぽい言い方でザックリ説明するならだよ。
俺たちは、ヒーローやヒロインを生み出すデザイナーであると同時に、営業でもある。
口八丁で霊的資質の高い少年少女をその気にさせて、もっともらしい大義名分をチラつかせて変身ヒーローや魔法少女に仕立て上げ、死地へといざなう
それが俺たちの仕事だった。
「なーんというか、デザインそれ自体は悪くないけど華がないのよね」
そんな俺の仕事を、わざわざ任務に出立する直前に捕まえてケチをつけたのは、姉弟子であるカナン・アクアリールだった。
シャギーに切り揃えたショートミディアムと引き絞った体躯は、いかにも年上の男連中にも怖じずキビキビと指示を飛ばす有能キャリアウーマンといった感じだ。
それでも十八そこそこだけど。
俺と三つしか違わないのに、彼女はおおよそ魔装技師として理想的な人生を送っている。
彼女が各専行のトップを独占して私塾を出たその翌年、設計した魔鋼艤装『
一方の俺は、ずうっと振るわずじまい。
部署になんとかしがみついてはいるものの、着任してから一年、誰ひとりとして英雄を生み出すにはいたっていない。
ついこの間も赴任先で誰もヒーローヒロインにできないままに小規模ながらも『征服者』が降臨してしまい、あわやの危機を、指導していたはずの学生インターンに逆に助けられた。
自分の世界における対『征服者』のマニュアルを作るために臨時でやってきていたらしい金髪碧眼の少年は、自分がデザインしたスチームパンクチックな装束であっという間に、バイト感覚でその世界をサクッと救ってしまった。
そして逆に、
「あんた、悩むのは勝手だが自分の仕事はちゃんとやれよ。
と説教さえされる始末だった。
話が逸れた。自分のコスチュームの話だった。
とにかく彼女が意外なことに、
「まぁ、けど実際はそんな悪くないかもね」
とポートフォリオを俺に聞き返した。
「多少防御系統にリソースを割きすぎるきらいはあるけど、ユーザーの扱い次第でどうとでもなるし……そもそもの問題はそこじゃないでしょ」
咎めるような視線が注がれる。
言わんとしていることは、分かっていた。
「……重いんだ」
公園のベンチに腰掛けて、俺は言った。
「その世界の命運を一人の手に握らせるなんて。その重圧に本人が耐えられるのか? 力に溺れるかもしれない。いや、そもそも戦いに身を投じさせるなんて、今まで彼らが送ってきた平穏な人生を否定し、捨てさせることだ。俺は」
「本当に重いわね」
「そうだ。重いんだよ。だから」
「いやアンタ自身がよ」
呆れたように言った彼女の指が頬を滑る。唇を撫ぜ、うなじをくすぐり、軽く身悶えする俺の姿をじっとグリーンの瞳に抑えながら、緩んでいた銀髪の結び目を縛りなおす。
「世界なんてそれこそ星の数ほど分岐してるのよ? こっちにしたってもう、半分以上はビジネスやゲームと化してる。肩の力を抜きなさいな。しょせん、他人事よ」
「うん。わかったけどあの、この行為になんの意味が……?」
「べつに? ただ触りたい肌してたからだけど……いつもながらイヤミったらしいぐらいの美少女フェイスね。アンタ、自分で魔法少女やったほうが良いんじゃない?」
「やっ、やめてくれよ」
女顔は自分のコンプレックスだった。見てくれで判断されては侮られ、イメージだけで女性部門……いわゆる魔法少女の担当に回されたし、多少治安の悪い路地に足を踏み入れれば「いくらだ?」と主に男から露骨なまでの値段交渉をされる。
それを刺激されて、俺は思わず振り払って立ち上がった。
さほど乱暴にするつもりはなかったのに、煩悶も手伝って過ぎた力が入ってしまう。
そんなうしろめたさもあって、俺はポートフォリオを抱きかかえて小走りに動き始めた。
「どこへ行くのよ?」
きつめに振り切られたことなど大した気にしていない様子で、カナンは尋ねる。
「次の任務だよっ、アース072。……どうせ優柔不断男にはお似合いの、平和な世界だよ」
「……ふぅん。でも気をつけなさいよー」
面倒そうに相槌を打ってから掌を拡声器代わりに姉弟子は、周囲に聞こえよがしに言った。
「迷いに迷った挙句に最悪を踏み抜くのが、アンタなんだからーっ!」
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