神すら見通せないこの世界で 

春山

序章

第1話 変わらない日常

「今日から学校では新学期、社会では新社会人達が…」

ある場所に存在する病室の一角からテレビの音声が外へと流れ出る。そのテレビをベットの上から見ていた少年—神原隼人はそっとリモコンを手にテレビを消した。

外は満開の桜が咲き、新たな門出を祝うように天候もこれ以上ない晴天だ。しかし、彼の心の内は真反対といっていいほど曇っていた。

独自の服を着て、親に連れられ何処かへ行く子供を見ながら、つい思ってしまう。


「僕も外に…」

ふと出てしまった呟きに驚くも、納得もしてしまう。

ハヤトは生まれてから一度も歩いたことが無い。それも自らの足で。

今の姿というのも体には管が通され、動かせるのは首から上だけ。ベットの傍には使い古された車椅子が置いてあるが、ここ数年間使っていない。

そうこうして何分経ったであろうか。もしかしたら分なんて言う時間ではないかもしれない。

何時ものあの時間となり、この部屋にただ一つだけある扉へと隼人は視線を向けた。そうして少し経つと扉を開けて一人の看護士が現れる。


「神原さーん。お調子はどうですか?」

「特に変わらないです」

何回も交わしたか分からない会話をし、再び外へと視線を移した。


「桜、きれいですね。今年も満開で、見てるだけで気分が良くなってきますね」

「そう…ですね」

看護士が気を使ってくれた会話もあまり続かない。別に看護士が悪いわけでは無い、ただ隼人にはこの桜を語れるだけの経験がその身に備わっていないだけだ。毎年ガラス越しに見て終わる、まるで世界にはこの病室しかないのではないかと錯覚するぐらいには此処に居る。


看護士はやるべき事が終わったようで、広げていた者を集めて手元へと戻す。

「それではまた、何かあったら読んでくださいね」

そう言うと帰り、また部屋の中を静寂が支配する。

ただ静かで、他の音すらも聞こえない。

(何年もここにいる身としては、不都合なんてこの体以外なんてないんだけど…)

そんな事を内心で愚痴りながらも、隼人はウトウトと瞼を閉じた。


不思議な感覚に襲われ、目を開けると白く明るい空間にいた。

「なんだ…ここは?…ん?」

そこは先ほどまでいた病室ではなく、終わりが見えない辺り一面が白い世界。病室の備品以外は大して変わらないが、そこでは隼人を縛り付けていた管はない。

どうしようか、と考えてしまうのは仕方ない。不思議な事に隼人は夢を見た事が無い、そのため夢という言葉を聞いたことがあっても気持ちが高ぶってしまう。未知の体験で。

「いや、考えろこれはきっと夢だ。でも夢なら…」


夢はどんなことでも出来る。そう、隼人は知っている。それならと、動かせるようになった手を使って体を起き上がらせる。

「おおっと、とっ…」

立った。足の裏から伝わってくる初めての感触。その感触がたまらなく嬉しく、年甲斐もなく喜んでしまう。

夢でもなんでもいい、そんな気持ちが隼人にはあったかもしれない。ただ立てた事、飛び跳ねれた事それだけがとても嬉しく、隼人を着きなる衝動へと掻き立てる。

歩く。

その為だけに不安感から向けていた視線を下から上へと動かす。すると、


「クスクス。お気に召しましたか?」

目の前には椅子に座っている子供、それも片目を眼帯で覆い、残りの目でこちらを愛おし気に隼人を見つめる者がいた。

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