第57話 狩人ボンゴ

 イエローアイズ領の領主、ザンドルド・フォン・カム・イエローアイズは泥酔状態だった。

 その酒は魔王の使者である第六魔将アイエクスを迎えた会食にて、飲んだものだ。


 彼は一応、酒豪と呼べる男であったが、特にこの日は会食が有った為、普段より多くの酒を嗜んだ。

 愛娘の誘拐未遂に、自領でのギガンタン騒ぎ。

 それに伴う仕事量の増加に、魔王の使者の来訪等、最近の彼は多忙を極め、心身共に疲れ果てていた。

 そんな中で、少しだけ羽目を外して酒を飲める機会が訪れた。

 最近の自分は頑張っているんだ。

 アルコールに強い彼は朝には酔も抜けているのだから、仕事が終わった夜に、普段は行われない会食が有って、屋敷には元軍属のセリカだって居るのだし、結果ちょっと飲みすぎても、少しくらいは良いじゃないか。


 フラフラと飛翔するザンドルドは、夢うつつの状態にあった。

 今の彼がそのような状態で空を飛んでいるのは、シルビアにも一因がある。


 シルビアはケルベニを使い、ザンドルドの精神に「寝ている状態から起こす」事を重視し、実行した。

 ゆえに彼は眠りから目を覚ました訳だが、シルビアはケルベニに命令する内容を大きく間違えた。

 なぜなら、アルコールの過剰摂取から来た睡魔で泥酔しているのに、それをただ起こしただけでは、精神状態は泥酔のそれでしかない。

 この場合シルビアはケルベニに対して、ザンドルドを「起こす」事に着目するのではなく、「意識を覚醒させる」事に着目して、命令するのが正解だったのだ。


「やべぇ……気分悪ぃ……。

 俺、何で空なんか飛んでんだっけ……」


 ザンドルドは何故自分が飛翔しているのか、その目的も忘れ、気が付いたら街を通り過ぎてしまっていた。

 今ザンドルドが飛んでいる場所は、シルビアの誘拐未遂事件が起こった、旧道の切通しの近くである。

 彼はいつの間にか、見当違いの場所を飛んでいた。


「あん? 今何か光ったような、ひっく、気がした……うおっ!?」


 丁度、その時だった。

 その切通しの近くの旧道から、拳大の分銅がザンドルド目がけて飛んできた。


「い、痛ええええぇぇぇっ!? 

 な、なんだぁこりゃぁぁっ!?」


 飛んできた分銅はザンドルドの左翼を貫通して、分銅に付いていた鎖が翼に巻き付く。

 ほぼ無意識で飛翔していたザンドルドはその攻撃を躱(かわ)す事ができず、結果、鎖に引きずられるような形で、地上に墜落してしまう。


 唯一、不幸中の幸いだったのは、分銅が翼を貫通した時の痛みにより、ザンドルドの精神が完全に覚醒された事であった。





///ザンドルド視点///

「ぐお……痛ぇ……」


 なんか、全身に痛みを感じたと思ったら、川辺の砂利に寝っ転がっていた。

 口の中がジャリジャリする。

 って言うか、何で俺、こんな所に居るんだ?

 確か会食が終わって、そのまま就寝に付いていたはずだが、ベッドに潜り込んで以降の記憶が思い出せねぇ。


「クソ……意味がわからねぇ……。

 怪我の状態は全身打撲に……翼が一番ひでぇな……」


 左翼から激痛が走る。

 俺の左翼は何か固い物をぶつけられたのか、翼に穴が開いてしまっている。

 もうこれじゃしばらくは空を飛べねぇだろう。


「ここは……見た事がある川だな……?

 まさか、チャタレー川か?」


 何がどうなって俺が河原に居るのかはわからねぇ。

 空から落ちて、翼以外に対した怪我がねぇのは、木々が緩急材の役割を果たしたからか?

 イビキがうるさくて、ローザに森に捨てられた可能性も考えたが、流石に嫁も、吹雪の中に捨てるとか、そこまで極悪非道な事はしねぇ。

 じゃあ、何で俺、雪が降る河原で寝てるんだ?


「やったべっ! 

 なんか知らんけど、魔族を落としたぞっ!?

 今日の功労第一はオラだべっ!」


 なんか、聞いた事のねぇ声が聞こえてきた。

 痛む体に鞭打ち、立ち上がると、鎖 鎌を腰に巻き付けた、農夫のような男が俺の頭上である崖の上に立っていた。

 時季外れの麦わら帽子を頭にかぶり、雪が降る中、服装はいたって薄着だ。

 しかし腰に巻き付けた鎖鎌だけは、業物の光を見せており、蝋燭の光が反射する度に、キラキラと眩い輝きを見せていた。


「やったべ! やったべ!」


 無邪気にはしゃぐ男の姿を見ていたら、こみ上げる吐き気を押しのけて、だんだん怒りが湧いてくる。

 このボンクラ、人間か?

 俺がこんな所で寝ているのと、コイツがここに居るのは、関係がねぇ訳ないよなぁ!?


「ぐ……おいコラ!

 何で俺がこんなところに居るのか、説明してもらおうじゃねぇか!」


「んんんん? そんなのオラ知らないべ?

 オラはおめぇが飛んでたから、落としただけだべ。

 村に居た時も、この鎖鎌でよくカラスを落として遊んでたべ!」


「か、カラスだぁ!?

 テメェ、この俺をカラスなんかと一緒にすんじゃねぇっ!!」


「むむ? 気に障ったのなら謝るぞ!

 悪かったべ!」


「オウ……わかれば良いんだ」


「…………」


「…………」


 ……あれ?

 何で俺、こいつを許してるんだ?

 いろいろと腑に落ちないのだが、俺まだ頭が全然回ってないのか?


「……おい」


「なんだべ?」


「テメェ、何処の誰よ?

 街の捕虜には見えねぇんだが?」


「ん? おめぇ知らないのか?

 無知だなオメ。

 オラは冒険者だべ!」


「……そうか。

 捕虜じゃねぇのか……」


「おうさ。

 よく覚えておくべさ。

 オラ、冒険者の中では、ちょっとした顔だべ」


「…………」


「…………」


 ……あれ?

 捕虜じゃなかったら、何でこいつ俺の領地に居るんだ?

 こんな吹雪の夜に、純粋に狩りを楽しんでた……なんて有り得ねぇよな?


「……おい」


「なんだべ?」


「……その冒険者が、何でこんな所に居るんだ?」


「ロアニールで反乱を起こそうとしていたべ!

 すげーだろ!」


「……反乱だと?」


「おうさ!

 イエローアイズ領に居る捕虜を助け出して、領内をめちゃくちゃにするべ!」


 ふむ……なるほどな。

 俺の領で、反乱が起きたのか……。

 て事は、いち早く俺も軍の駐屯地に行って、指揮を取らねぇといけねぇなぁ……。


「…………」


「…………」


「は、は、は、は、反乱だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


「うおっ! びっくらこいたっ!?

 いきなり大声出すんじゃねぇよオメ!」


 はぁぁぁぁ!? ふざけんな!

 どういう事なんだよっ!?

 そう思い起こせば、シルビアに叩き起こされて、街にモンスターが溢れかえってる夢を見たような気もするが、あれって夢じゃ無かったのかっ!?


「そ、それで、反乱はどこまで進んでいやがる?」


「知らないべ!

 アイゼンってば、オラに計画の事、ほとんど教えてくれねぇんだ!

 川の水の堰き止めはオラが担当したけど、それ以外の事はまったく知らねぇんだ。てへ!」


 川の水をせき止めたぁ!?

 確かに、視察でやけに川の水が少ないとは思っていたが、こいつが堰き止めてたのか!?


「あ、でもアイゼンが言ってたけど、おめらの運勢、今極限まで低下してるべ。

 すげーなアイゼンは。

 他人の運勢を操るとか、そんな奴とは絶対に争いたくねえべ」


「う、運勢が低下してるだとぉ!?」


 って言うか、反乱とか言われたら、なんだか思い当たる節が次々と出てきやがる!

 街に光が灯っていなかった気もするし、遠くからモンスターの雄たけびのような声も聞こえる。

 何でモンスターなのかは不明だが、マジで俺の領で反乱が起こってるのか!?


「ま、マズイ!

 今すぐ屋敷に帰らねぇと……って、危ねぇっ!!」


 俺が慌てて、崖をよじ登ろうとした時だった。

 ペラペラと機密を喋ってくれた頭の弱そうな男が、崖の上から鎖鎌を投げつけてきたのだ。


「おいこのボンクラっ!

 今はテメェに構ってるヒマはねぇ!

 見逃してやるから、とっとと消えろっ!!」


「そうはさせないべ!

 おめ、高そうなコート着てるし、名の有る魔族っぽいべ!

 ここでおめーぶっ殺せれば、この狩人ボンゴ・ルーペストの名声がまた上がるべ!」


「狩人ボンゴ……。

ボンゴ・ルーペストだとぉぉっ!?」


 知ってる。

 確かボンゴ・ルーペストたる人間は容姿こそ巫山戯たギャグみたいな奴だが、その中身はオリハルコン級の冒険者で、幾多の魔族を殺害した悪名高き犯罪者だ。

 ボンゴ・ルーペストは著名な魔族を優先して殺害していた事から、いつしか魔族にとって、人間の首狩り族、賞金稼ぎ、ないし狩人と揶揄され、著名ではありながら戦闘能力が低い魔族から、恐れられている人間だった筈だ。


 クソがっ!!

 何でそんなのが俺の領にいやがるっ!!

 戦力的には負ける気はしねぇが、名声的には俺よりこいつの方が遥かに上だぞ!?


「こんの……クソガキィっ!!

 優しくしてればつけあがりやがって!

 俺の弓を躱せるもんなら……」


 俺は背中に掛けられた弓を取る為に、腕を後に回す。

 しかし背中にあるのは、雪がつもり掛けた漆黒の翼だけ。

 ……あれ? 弓は?

 愛用の弓は、どこにあるんだ?


「丸腰でオラに挑むとは、おめ、死んだど!

 このままオラの鎖鎌の錆びにしてやるべっ!!」


「ちょ、待て!? はぁぁぁ!?

 俺の弓、まさか屋敷に置きっぱなしになってんのかっ!?」


 街の外に出る時は、必ず弓を持って出るのが常だったんだぞ!?

 なのに、今日に限って、丸腰なのか!?

 奴は鎖鎌って事は、遠距離攻撃メインだろ!?

 俺の腕力はヒグマくれぇなら持ち上げる事ができるが、近づく事ができねぇ敵に対して、流石にこれでは分が悪い。

 翼も怪我して飛べねぇし、崖の上に居る敵を、弓無しで倒さなくちゃならんのか!?


「狩人ボンゴ、行くべっ!!」


「マジかぁぁぁぁぁぁっ!?」


 崖の上で鎖鎌を振り回すボンクラと、崖の下で空も飛べない丸腰の俺との戦いが始まる。

 街で反乱とか寝耳に水なんだが、何がどうなってんだよっ!!


 ギガンタン騒ぎに、誘拐未遂。街で反乱が起こり、領主の俺様はアルコールに酔っ払ってそれに気付かず、挙げ句の果には丸腰で生命の取り合いだ。

 何故だか最近のイエローアイズ領は、悪い事続きだ。


「運勢を操る……そうか。

 テメェらが最初から、弓引いてやがったんだなっ!!

 このクソボンクラがぁぁぁっ!!」


 運勢が低下している?

 上等!!

 今まで死ぬんじゃねぇかって戦場は、山ほど有った。

 運勢の低下なんてナンボのもんじゃい!


 屋敷にはローザも居るし、セリカだって居る。

 街の様子がおかしいとわかるや、俺が居なくても、軍は行動を始めるだろう。

 それに頼りたくはねぇが、今日は魔王軍第六魔将のクソジジィも屋敷に居るっ!!


 ちっとくらい悪運を奪われたからって、俺達をどうにか出来るなんて、思うなっ!!

 オリハルコン級程度の冒険者にヤラれる程、堕天のザンドルドは弱くねぇんだよっ!!


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